5話 帰路
ッキン
ッキンッ
「ほらっ、右、左、右だ、ルウ!!」
「うん!右、左、あぁ、お兄様ゆっくり!」
レイピアのはじきあう音がかろやかに響く。ここは竜王国王城、皇后の宮。寸分の狂いなく整えられた生垣、竜王族の色である水色のグラデーションで咲きほこるよう計算された花々。もえぎ色の芝草。
「ルードヴィヒが剣を持つ姿も様になってきたわね」
竜王国皇后、クラーラは白磁のカップに唇をつける。桃の果実のような唇、輝くアッシュブロンドの髪。透き通るような青白い肌、伏せた瞳をふちどる繊細なまつ毛。
「まだまだですわ、アヒム様のご指南があってこそ」
「ふふ、兄弟仲が良いのは国が平和な証よね。」
第一王子と第二王子の稽古を見ながら、皇后と側妃は優雅にお茶をしている。
「イニ・ルベンが先ほどいらしていたみたいですね」
「耳が早いわね、エリーザ。ええ、おいそがしい宰相殿は先ほどお茶ものまずに帰られたわ。」
「まあ。お国との交易のことですか?」
竜王国の貴族令嬢である側妃エリーザ・ヒュッター・ユルゲンの密偵達はこの城のいたる所にいる。しかし、太陽の帝国から輿入れしたこの皇后の周囲だけは、どうにも詮索がむずかしい。
「ええ、魔石や魔具の輸出利益は算師の計算を上回ったみたいね。役立たずだとお怒りだったわ。うちへの武具の輸出ではダンケルトのシェアを上回りそうよ。」
「まあ、このような田舎の国の品がお国で受け入れられるなんて、本当にお姉さまの後押しがあってこそですわ」
「もうエリーザ、わたくしももうこの国の国民なのよ。そんな風に言わないで」
皇后と側妃はくすくすと笑う。
「本当に先の戦後の我が国の復興と発展は夢のようですわ。先帝陛下がメドゥーサをわが君に下賜された時はどうなることかと思いましたが」
「彼女は気の毒な方だったわね…」
「とんでもない、毒婦です。大宰府長官の座と正妃という、皇帝陛下につぐ権威を与えられたというのに…口に出すのも汚らわしい。先帝陛下がまだふせっておられるのが、涙ぐましくて」
「欲に忠実というのは、魔物の本能ですからね。結果的には、ヒュッター家のように信頼のおける家臣にあの地を治めていただくきっかけになり良かったでしょう。」
「光栄ですわ。それに魔物と夫を同じくするなど、ぞっとしませんもの」
自分がまだ側妃であったころの正妃の姿をクラーラはよく覚えている。先の戦争で太陽の帝国と竜王国の密約により、クラーラは竜王国に入籍することが決まっていた。しかし先帝が捕虜の彼女を正妃にすると決めた時は、安堵というか腑に落ちたものだった。
「平和が一番、よね。」
城中の男達との姦淫罪で彼女が処刑された瞬間が目にうかぶ。血溜まりに落ちた正妃イグニスの首、濡羽色の毛髪は血にまみれて動かず、死んだ蛇のようだった。
シュリが気を失ってからしばらく、皇帝は蹴り上げていた足をとめた。
「ハンス」
美しい青年は、血のはねた皇帝の足にクリーンアップの魔法をかける。
「新しい靴をすぐ用意いたします。」
「うむ、それとあれを」
「はっ」
青年は懐から、ジャラリと音のする小袋を取り出し、伯爵の足元に投げ捨てる。伯爵は片膝をつき袋を受け取ると中身を確認する。金貨だ。
「あと少し」
「強欲な奴だ。」
皇帝が顎で指図すると、青年が異空間から中くらいの袋を取り出し、伯爵に渡した。ずしりとした重みがある。
「たしかに。」
跪いたまま、伯爵は首を垂れる。
「ふん、貴様もどこまでも卑屈になれる奴だな。親兄弟を切り捨てられるだけのことはある」
そういうと伯爵は青年の腰を抱く。ペーガソスは薄く笑い、二人は揺らめくように転移した。
帰路の道のりをシュリはよく覚えていない。目を覚ましたころには、傷は癒えておりダンと同じ馬車に乗っていた。判然としない意識下で、シュリは自分の母親が誰なのかを聞いた。ダンから告げられた事実は信じがたかった。
自分は魔族領の運命を握っていながら、肉欲にふけり城中の男と交わって処刑された正妃の落し子だという。自分の存在は現皇帝のみが知っており、生かしておく意味などないが
「砦の増築費がまかなえてよかった。ゴミもたまには役にたつのだな」
シュリは何故自分が伯爵の奴隷なのかを知った。ゴミと呼ばれる所以も。
飛翔隊と共に領地へ着いたのは夕刻の頃だった。シュリの様子がおかしいことは隊の皆気づいた様子だったが、触れはせずそれぞれ家路についた。ムルチがカイ達の分もサニス島からのお土産を買ってくれシュリは土産をもってカイとレタを探した。
(どれだけ強くなってもゴミなことは一生変わんねえんだな)
帰り道に何度も浮かび上がった真実が、一人になったら突きささる。
「おいー!!シュリ!!!」
下から呼び声がきこえる、カイだった。南門の周りでは馬人達が砦の建設作業をしていた。
「カイ!」
カイは大きな石材を三つ積み上げて運んでいた。近くに降り立つと石でカイの顔が見えなくなった。
「お帰り」
カイは石紛まみれの顔で笑うと、建材置き場へとどしどし歩き、石材を置いた。建材置き場には明日積み上げていくのだろう石材が山のように積まれていた。
「終わりましたあ!」
砦の門のあたりで話し合っていた築城組の親方であるサムに呼びかけるとサムはふらふらと手をふった。
「シュリ、帰って来たのか」
「あ、ただいまもどりました。」
「ダンも帰ってるな。よしみんな今日はもう終わりだ、かいさーん」
サムが声をかけると馬人達はみな仕事道具を片付け始めた。サムはダンに砦の増築費用について話をしにいくのだろう。カイは、石材の数をかぞえながら体についた粉をはらい、向き直るとにやにやしながらこちらへ来た。ムルチから貰った土産が入った麻袋を渡す。
「どうだった??」
麻袋をうけとったカイは上機嫌だったが、青筋を浮かべているシュリを見て手を止める。
「あれ?どうした?」
ぎこちなく固まるシュリ。
「なにが」
(あ、やべ。)
なんて説明しよう、どうごまかそうと考えた。
が、いきなりわしゃわしゃと髪をかき混ぜ、ぐいと頭を胸元にひきよせられた。
「さらさらだな!!」
「わっ、っちょ、ちょっと!」
「風呂なんか入って!ショウカン行った?!」
「やめろよ!どこだよそれ!」
遠慮のない距離感に少し心をほぐれる。ちょっと泣きそうだ。この髪の毛のせいでひどい目にあったんだぞ俺は!と思い切りののしってやりたい。
「一緒に来いよ」
カイに腕を引っ張られながら、薄闇のなか居住区へ歩いていく。日のおちた村はみな、外の竈場で料理の準備をしたり家の中で内職をしたりしている。村人たちはカイと目をあわせると何故かにやにやとしている。民家やゲルの隙間をぬって進む。いつもの馬小屋にもどってさっさと寝たかった。
「なんだよ、おれは疲れてんだ、はやく帰りたいんだよ」
どんどん歩いていくカイ。村のはずれに向かっている。そっちは荒神祭でシュリが受け取った土地がある方だ。
「んだよ、そっち行っても何もねえだろ」
土地をもらったものの、手を付ける暇もなく放っておいたままだ。
「見て」
立ち止まったカイにぶつかり、つんのめりそうになりながら前を見る。
「うへっ」
そこには平らな地面に木造の家がたっていた。屋根があり、扉があり、窓がある。外には簡単な机と竈、井戸まであった。
「なんっじゃこらああああああ」
村の誰かが自分の土地を勝手につかってしまったのか。しかしこんなに早く家が建つわけがない。
「おれが建てた」
「え???うそ、これ全部カイがたてたの?だってこれ木造だぜ??」
この地で木を手に入れるには馬人が走って三日はかかかるメショミ山まで行かねばならず、家をたてるほどの量を伐採してくるなど複数人で1週間はかかる作業だ。他の家財道具もそろってるし1か月ほどで建てれるわけがない。
「へへーん、俺、神だから。中入ってみろよ」
鼻をかくカイの手は爪がつぶれ細かい傷がいっぱいついている。信じられない普段の仕事だけでも大変なのに。
「え?寝ないでしたの?」
にやりと笑うカイ、あまりの驚きに頭を真っ白にしながら灯りのもれた家の扉をあける。
「おかえりなさい、シュリ」
家の中ではレタが竈でスープを温めていた。焼き立てのノンもあった。
「帰途の鷹笛が聞こえたからね、しこんどいたよ」
ふわりと肉とスパイスと豆の香りがただよってくる。
「肉じゃん!」
「ふふ、ここの完成をみた人達から柵修理の仕事たのまれたから、かわりに肉をもらった」
そりゃこれを見たらみんな驚いただろう。間違いなく村一番の造手だ。
「すげー…家だ…」
昔から、ちゃんとした屋根と壁がある家で温かい飯を食べている村の子供達がうらやましかった。
「ばーか」
呆けたままでいるシュリの頭をもういちどカイがぐりぐりとする。
「すげーのはお前だから」
(あ、やばい)
涙腺が崩壊した。なんちゅーかもう我慢の限界だった。なれない旅路も心休まらなかったが、期待していた戦士の仕事はなかったし、綺麗な服を着せられたら女の恰好で、国の一番えらい人にぼこぼこにされて。腹から血が流れて痛くて。それも全部あったこともない産み親のせいで。なんでこんな目にあうんだよーもうさっさと死にてえよーと思っていた。
「うっ ひっく ひっく し、しあわせだっ カイ、かあちゃん」
号泣するシュリを見て、カイとレタは目を見合わせた。
「なんだよ、かわいいなあ」
そういってカイとレタが抱きしめてくれた。
「おっ、おれの、めしっ いえっ」
「あったけえ飯があったら最高だよなシュリ。ありがとな。」
「うんっひっひっ ぶひっ」
嗚咽しすぎて鼻水があふれ出た。
「あらあら」
レタが小さな子にするみたいに手で鼻をふいてくれた。レタとカイの腕の中は暖かかった。
カイとシュリの家、爆誕。
ノン=ナン の理解で間違いないです。
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