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4話 サニス島への参勤

 出仕の隊に自分が組み込まれていることを初めて知った時、シュリは大いに喜んだ。

荒神祭の後、精鋭に加えられたとはいえ、武具の管理や兵舎の掃除荷物持ちなど、シュリの仕事はやはり雑用であった。だからこそ、初めて戦士として働ける仕事にシュリは心を浮き立たせた。


 サニス島、サニス。火山が隆起してできた島の南西部、火口からもっとも離れた沿岸にある街がサニスである。サニスは魔族領全体を統括する大宰府が置かれている行政の街であり、竜寝台と呼ばれる火口から採れる魔石を近隣国へ輸出する竜王国最大の港でもある。産まれてこの方、辺境地から出たことがないシュリは、街というものを初めて見た。


「にいさあん、忘れ物してるよお―!」


 垂れさがる色とりどりの下着や洗濯物、構造不明な2階3階建ての建物からふってきた声に驚いていると、前から来た半裸のミノタウロスの群れとぶつかりそうになった。巨体に汗をひからせ荷を船にはこんでいる。バジリスクが地面に布をひき用途のわからない品物をならべ、ゴブリンやスライムなどの魔族が隙間を走り抜けて何かを売っている。


竜王国の公用語や聞いたこともない異国の言語、馬のいななき、荷を下ろす掛け声。遠くに翼のレリーフをかかげた尖塔が見える。石造りの精緻な建物をみて目を丸くしていると、ポールが横から教えてくれた。


「あれば皇后様の慰問病院だな」

「病院って何ですか」

「体が悪いのを治す場所らしい。病気になったら寝床も貸してくれんだと」

「皇后様は顔も心も美人ってなあ、貴族の女は肌が絹の心地らしいぞ、舐めまわしてみてえ」


ムルチらしい最低の発言だが、綺麗なお姉さんの手当てを想像し、シュリもちょっといいなと思った。


シュリ達は今、竜王国の紋章が刺繍された厚手のマントを目深にかぶり隊列を組んで宿にむかっている。飛んでしまえば一瞬だが魔海域内は竜人以外、飛ぶことを許されない。荒地の民がマントで姿を隠さねばならない理由は二つある。一つは前の戦争で魔族を裏切り竜王国側に付いたという理由だ。


サニス島にむかう道中、先の戦争について教わった。元々魔の海に浮かぶ火山列島からアルルカン砂漠までの荒地は、竜寝台に住む古竜を生態系の頂点とした数百の魔族が部族毎に暮らしていた。しかし勇者の子孫と呼ばれる竜人の国、竜王国が台頭した後の数百年間は、火山列島を支配したい竜王国の侵略行為と、縄張りを守りたい古竜達魔族の間で列島は緊張状態だったそうだ。


バシっ


荷運び中のケンタウロスとすれ違いざまにぶつかった。背面で荷を担いでいたバジリスクは、シュリのマントを見るとしばらく身を固め、何事もなかったように去っていく。その肩には掌ほどの大きさの魔法陣がみえる。魔族は本来、弱者には決して屈しない。竜人は、下僕に必ず奴隷紋を刻むらしい。


「シュリ、ぼーっとしてたらすられるぞ」


前を歩くムルチの笑い声に、シュリは気をひきしめる。軒先を突合せる屋台の路地裏では、魔族の女や裸の子供達が生気のない目で地べたに座り込んでいた。


 潮風漂う沿岸から離れ、いくつかの坂を上ると勇者像を中心としたすこし開けた場所にでた。衛兵が道の両脇に立っており、往来にいる人々もみな服を着ている。宿がある区画まで来たようだ。無事伯爵を宿に送り届けたら、シュリ達の仕事は終わったようなものだ。貢物はダンを護衛する別動隊が今頃大宰府に届けている。伯爵とダン以外は港近くの安宿に泊まり二人が参勤している間買い付けなどの用事はあるが自由に動ける。ムルチとポールはしょうかんという場所にいくのだと息まいていた。


「シュリ」


伯爵に名前を呼ばれてシュリは固まった。


「お前はこっちに泊まれ。」

「ここですか?」

「毎日風呂に入れ、絶対宿の部屋からでるな」


突然の命令を反芻する。風呂とはなんだろうか?宿からでるなというのは一体?


「わかりました。」


意味はわからないがすることは明白である、風呂については後に誰かにきこう。自分だけ自由行動がないのは少しがっかりだが。




 風呂上り、半端に油がぬけ鳥の巣のようになった髪をダンにみせると、苦虫をかみつぶしたような顔でこれを濡れといい香りの油を渡された。


「何か料理するんですか?」


真顔で聞き返したシュリに、隣でムルチが吹き出した。


「これは料理につかうんじゃない…、髪にぬって滑りをよくするんだ。あとで宿のものに言っておく」


まさか貴重な油を髪にぬるなんてと掌に置かれた瓶を見る。ダンはいきなりシュリの顎を掴み、ぐいと上にむけた。


「?!」


ダンは眉根をよせ、数秒間何かを確認するようにシュリを眺める。その目に浮かぶ感情は冷たく背筋がゾッとした。


「いいだろう、風呂の入り方はわかったな?族長に呼ばれるまで何回も入れ風呂以外は部屋をでるなよ。それからムルチ、後で街に行ったらな…」


ダンはムルチに小声で何かを伝える。ムルチは一瞬目をみはったが、すぐに態度をただすとわかりましたと言って去っていった。


 ダンに言われて自分の部屋にいくと、宿のお姉さんが大きな鏡をもって待っていた。レタと同じくらいにみえるけど、人型だからどの魔族かはわからない。竜人か?俺の顔をみるとちょっとびっくりしたみたいだけど、机に鏡をおいて椅子を引いてくれた。椅子にすわれってか?


「…自分でできます!」

「いいつかっておりますので」


お姉さんは爆発している俺の髪をゆっくり引っ張り出しながらさっきの油をぬっていく。やりかた教えてもらえれば自分でするのに…めっめちゃくちゃ居心地が悪い…静かすぎてつらい。なにか会話のネタはないかとあたりをみるとペーガソスの置物があった。


「たっ高そうですね!まっ街で見たペーガソスとそっくり!」


ペーガソスは見たことない、竜とペーガソスの物語は竜王国の子供なら必ず聞いたことがある昔話だ。サニス島にはペーガソスが住んでるらしいし、お姉さんならよく知ってるよな?


「ヴィの方々は町では人型をとられています。」

「ぶほっ、人型…ヴィのかた??」

「竜王様方の側近の方々です。お名前の敬称にヴィがつくので街の者はヴィの方と呼びます」

「そうでした、そうでしたね!」

「人でないのは恥ずべきことですから。ヴィの方々は主に命じられなければ人型をされています」

「…」


 荒地の民がサニス島でマントを被るもう一つの理由がこれだ。竜王国では人でないことは恥ずべきことだとされている。竜人たちは自分達の先祖が勇者であることから、自分達を進化した人間だと考えており、魔族達を「半獣」や「魔物」と見下していた。シュリは別の質問をとばした。


「ヴィのかたってどうやって戦うんですか?」

「ヴィの方達は戦いません。血が流れるのを嫌われますので」

「血をみると死ぬってほんとですか?」

「…―――はぁ」

(えっ?!!ため息ですか??)

「ヴィの方々は精霊ですから、血が魔力そのものだとか。出血されると、姿をとどめおかれるのが難しくなるので、血を流す恐れがある戦場には出られないそうです。」


はじめて聞くペーガソスの正しい情報にシュリは衝撃をうけた。


(ペーガソスって魔族じゃなかったのか…)


カイとサラに大宰府で戦うペーガソスの姿を話してやろうと思っていたのに、シュリの夢は見事打ち砕かれた。



 三日目の早朝、伯爵に同行するように言われた。風呂に入る事しかすることがなかったおかげで肌はつるつる、髪の毛はかなり抜けたがしっかり櫛がとおり艶がでるようになった。最後のしあげにもう一度髪を香油でとかし、ムルチが街で調達してきたらしい服と靴を身につけて鏡を見た。


「…女じゃん」


 鏡には竜王国の一般的なワンピースに身を包む、濡羽色の髪の少女がたっていた。


「用意できたか」


 部屋にダンと伯爵が入ってきた。伯爵はシュリを一瞥すると、「ふん」と鼻を鳴らす。


「これで身をかくせ、誰にも見られるな。名前をよんだら出てこい」


投げ渡されたマントに身をかくし、息をひそめて伯爵の後ろに続いた。


(なんで女の姿なんか…)


この格好をさせるために風呂に入らされたのか、自分は何をさせられるんだろう、本当に戦士の仕事なんだろうか。不安がふつふつとわいてくる、シュリは深呼吸して腹に力をこめ、がにまたで伯爵を追いかけた。




大宰府は床も道も石だった。顔をあげないように注意していたため足元しかみえない。


「ここに立ってろ」


門を通り兵舎をぬけ、一番大きな建物の裏口らしい扉の脇にある柱の陰に連れてこられた。それからかなり経った。東側にあった陽が移動し、もう夜だ。その間何度も扉が開き、誰かが出入りしていた。そして今一度扉が開き誰かが部屋を出ていく音がした。そして伯爵のものらしき足音がシュリに近づいた。


「皇帝陛下、お目通り願いたく参じました。」


シュリの隣から伯爵の声が響いた。扉から出た者達の足音が止まる。


(皇帝だって?!!)

「無礼な…貴様死にたいのか?」


若い男の声が聞こえる。


「ハンス、良い。これはモンテ・クリストフ伯爵、顔は今朝見たと思っていたがまだ用事があったか?」

「ヴィ・ハンス。申し訳ございません。砦へのご出資、どうかもう一度お考えいただけないかと」

「その話はすでにすんだであろう!魔物風情に金を渡しても無駄と言っている!」


声を荒げているのは先ほどの男だ。ヴィと呼ばれているということは皇帝付のペーガソスなのだろう。


(まじで人っぽいな)


「申し訳ございません…。しかしわが領地には荒くれ者の魔物が多くおりますれば、金もかかるというもの。シュリ。」


様子を観察していたらいきなり名を呼ばれた。シュリは意をけっしマントをぬぎすてると皇帝と思われる人物の前にひれ伏した。地面に額をつける。


「何のつもりだ!」


頭上からヴィ・ハンスと呼ばれた男の殺気を感じる。おそらく彼が望めば一瞬で殺されるだろう。


「良い。面をあげよ」


おそるおそる、顔をあげると、皇帝たちの腰が見えた。見たこともない光沢を放つ生地の服をきている。ぶ厚いマント、腰飾りは黄金、腰にかけている剣は―――


 するといきなり腕をひっぱりあげられた。耳をつかまれ間近に顔を見られる。痛い。


「っ!!!」


 皇帝の瞳は紫色をしていた。息をとめて自分の顔を見ているのがわかる。


「ぅ……イグニス…」


うめくような声でぽつりと誰かの名をつぶやいたかと思うと、今度は髪をひっぱられる。


(ぃったたた)

「ハンス、灯りを」


青年が小さな火をおこし、皇帝の手元を照らす。皇帝の手はふるえ、握られた濡羽色の毛髪は闇にとけあうようにゆらめいている。


「大きくなったな…」


髪を掴んだままの手で頬を包まれる。皇帝の瞳は灯りに照らされているにもかかわらず、まったく光らない。深淵に数秒間見つめられる。不気味だ。


「奴隷の生活はたのしいか?」

「え」

「お前が聞かれてるのだ」


と伯爵に言われ、何とか返事をしようと、顔を掴まれたまま口を動かそうとする、しかし皇帝の手の力が強く、口内に歯がくいこんでうまく話せない。


「ひゃへっ」

「はははははははははっ」


無様なシュリをみて、皇帝の瞳に歓喜の色が浮かぶ。そして、


「ぐえっ」


抜き身の短刀で横切りに切りつけられた。抵抗もできず地べたに投げ出される。


「へ…?うっつ」


傷口を強く蹴られる。


「ぐえっ、えっ、ぅあっつ うえっ ぐぇっ」


何度も、何度も、何度も傷口を蹴られ、浅い切り口だったにもかかわらず傷が開いて血が衣服ににじみはじめた。目から水がこぼれる、その間皇帝はずっと笑っていた。息が切れると、皇帝は動きをとめ嗚咽しているシュリを踏みしめた。


「あの淫乱にそっくりだな」


ふってきた声には愉悦がにじんでいた。


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