2話 荒神祭(一)
荒神祭の一週間前。村には戦士達が集いたくさんのゲルが領館を取り巻いている。
「ひっぱれえええええええええ」
祭の間は巨大な櫓が二頭建ち櫓の間には大綱が張られる。これは荒地の民の主神であるグリフォンの神座の象徴であり、すばやく櫓をたて鷹人の戦士達の足場を作る訓練でもある。大綱は勇者の像よりもはるかに高く掲げられる。
築城にすぐれた馬人達は高く櫓をくみ上げることに心血をそそぐ。大櫓の主軸となる大木を基礎におとし、片側から柱を押し上げ、もう片側からひもをかけて柱を引く。櫓の周りでは見物客たちが声援をあげる。柱に群がる馬人たち、大木がゆっくりと直立していく。
「止めろーーー!!!」
立ち上がった大柱を支える柱持ち。その中にはカイがいる。他の馬人たちが土魔法で土台をかためる間、柱持ち達は大柱を体で受け止めなくてはいけない。
柱が勝つか、馬力が勝つか、大柱を立ち上げるこの瞬間は祭りの前夜祭とも言える。今年は過去に類を見ない高さの櫓が立ち上がった。
「メショミ山からあの木ひっぱってきた時、ダンの叔父貴とグウェンの親父が喧嘩したって?」
「うん、親父が勝ったな!」
鼻息をあらげて胸をはるグウェンを賞賛の目で見るジェット、パイクは二人を胡乱な目でみる。
「そんなよろこんで、叔父貴ににらまれてもしんねーぞ?」
「はいはい、三人とも、手空いてるなら手伝ってくれてもいいんだよ?」
いつもの子供達に、サラが声をかけると子供達はそそくさとどこかへ逃げて行った。女組は、終わらない食事の準備でいそがしい。
「あーあ。皆で食べるのに女ばっかりこんな仕事させて…」
ぶつぶつと言いながら、積み上げられた芋を磨いていく。
「そうねえ、それにお嬢さまがする仕事じゃないわよねえ」
頭上から、懐かしい声がひびき、伸びてきた足がひょいと芋をつかむ。
「ヤシューカあああっ!!」
深紅のベールから妖艶な瞳をのぞかせて笑う友人を見て、サラは目を輝かせ抱き着いた。抱き着くとその体は硬い筋肉に覆われており、存外硬い。
「ただいま。会いたかった!サラ!バカ兄貴の話が長くてさ」
美少女の戦士は足から手へと芋を持ち替え、なれた手つきで芋の皮をむいていく。
「久しぶりに会えた妹だもんね、心配してたんじゃない」
「女の尻おっかけまわすのが生きがいの変態に心配されてもはーってかんじだし。調子に乗ってんじゃねーっつうの。あんなんじゃ痛い目みるよ、今年は」
ちらりとヤシューカが竈の方を見る。竈では立ち歩く女達にまぎれて、シュリが灰をかいていた。
荒神祭当日、コロッセウム場の神殿は人であふれている。太鼓の音に管楽器の音、荒地の民特有の鷹笛を吹きならし、踊りに長けた戦士達が神衣をひらめかせ舞っている。
神殿の一番高い位置、色とりどりのタッセルをふちにゆらした美しい天蓋が伯爵のテントである。伯爵の隣には一人娘のサラのためのクッションが積み上げられているが、当人は席をはずしている。カイは天蓋のすみで主人の命をまっている。
「王がサニスに来るらしい。参勤せねばならん」
モンテ・クリストフ伯爵は杯を飲み干し、隣で給仕をするレタに杯を渡す。
サニス島は辺境地の北側に位置する魔の海に浮かぶ竜王国魔族領、火山列島の主島である。レタは静かに葡萄酒を注いでいく。
「ふむまあ。砂漠の方は特に変わった動きはないらしいがな。魔工具のキャラバンを狙う盗賊どもはあいかわらずだが」
遠見隊から報告を受けていたアグニは予想していた通りの話の展開にさして驚きもない。
「あちらの使者とはいつ合流を?」
守護と参謀をかねる馬人、ダンは、参勤で動かす備蓄の数を計算する。
「ない。田舎の魔物どもなど、頭数には入ってないらしいな」
「…言いにくいのですが、指令をうけている砦の増築には補助を頂かないと――」
杯が飛ぶ。葡萄酒がダンの顔にふりかかる。
「だから行くのだ、無能が。」
「…もうしわけございません」
ダンの脇に控えていたエダマメが主人の顔をふこうとするが、ダンは乱暴にその手を打ちはらう。
「はんっ、まだそのゴブリンの方が気が利くな。アグニ、ゴミのガキはどうだ。」
「並みの竜人以上かと…、魔力も体力も…」
「…並みの竜人以上か…母親ゆずりか?」
伯爵は舐めるような視線をレタに投げる、レタは無言で新しい杯を満たし、伯爵の前におく。
「なに、金の心配はいらん。祭をたのしもうじゃないか?戦士達よ――」
伯爵は杯をあげ、よどんだ瞳をゆがませた。
「シュリ~」
兵舎の裏、サラはすぶりをするシュリに声をかける。
「サ…お嬢さま!」
サラが兵舎から出てきた。十五歳になり成人したサラは、大人の女が着る神衣を着ていた。黄金色で露出の多いその服にシュリは手を止める。兵舎から出てきた戦士達は、シュリとサラを一瞥すると物言いたげに去っていく。
「シュリ、はい。これどうぞ」
サラはシュリに手編みの足飾りを渡す。革製のそれには、美しい飾り紐がついている。
「すげえ! あ、…でも受け取れません。」
シュリは遠慮気に足飾りをつきかえす。
「戦士のみんなにあげてるものだから」
これは贔屓ではないのだと、サラは押し返された手を押しかえす。
「そうだぞー!シュリ!お嬢の手作り品をうけとらねえなんて罰があたるぞ!」
後ろからサラに抱き着いた青年は、突き返そうとしていたシュリの手もろとも二人の手を分厚い手で包み込んだ。
「きゃっ」
「まあ贔屓するには、もすこーしばかり技術が足りてねえみたいだけどな」
サラとシュリの手をすりすりと撫でながら、お手製の飾り紐をみる青年の褐色の腰や足には、村娘たちがあみあげた超絶技巧の飾り紐がどっさりついている。
「変態じじい、私のサラに触るな!」
ムルチの三つ編みを、ヤシューカが遠慮なくひっつかんで引っ張る。
「いててっ」
「行くよっ」
涙目のムルチがひきずられていく。苦笑するサラにシュリもつられて笑ってしまう。
「受け取り、ます…」
「良かった。よしっつけるね。」
「うへ?!」
しゃがみこんだサラをシュリは立ち上がらせようとする。が、むき出しの肩がやわらかそうでつかんでいいものか逡巡した。
「シュリの足は戦士の足だね」
とんできた言葉にシュリは固まる。サラは飾り紐の結び目がほどけないように、しっかりと結び目をひっぱっている
「がんばって。でも」
結び目を確認すると、サラは立ち上がってシュリの瞳をみつめる。
「あまり怪我しないで、シュリ」
まっすぐなサラの瞳は、少し心配そうで、でも自分をまっすぐ見つめてくれていた。
戦士達の戦いがすすみ、賭けに負けた者たちはやけ酒をあおり、勝ち札をにぎった者たちが歓声をあげる。戦いはのこり準決勝と決勝のみとなった。
ッガガアッン
パイクの父親、ポールは上半身を弾丸の様に丸め大楯を突進させる。相手の姿はみえない。
「やったか?!!」
ポールの札を握った観客が声を上げる。当のポールは油断せず、大楯を軸にして体を反転させるとふりむいて頭上後方に槍を突きさす。
ッキイインン
右肩を貫こうとしていた槍の先端を、シュリは短刀で滑り受ける。
ビキキキキッ
突如地面から生え伸び出た鋭い杭をシュリは体をのけぞらせてよけポールの頭上に滞空し、間合いをとる。
「卑怯だぞー!!ちょろちょろ逃げんじゃねえ!!」
観客から怒号が飛ぶ。竜人のシュリは変態はできないが空をとぶことができる、そしてその飛び方は翼を使う鷹人の飛翔に慣れている荒地の民にとっては次の動きがよみにくい。
しかし接近戦に縛られる荒神祭の土俵は、鷹人や馬人の戦い方を想定したものであり、魔法による遠距離攻撃にたける竜族にとっては本来あまり有利ではない。
馬力に秀でる馬人に接近しては力負けする。シュリは慎重に相手の体力を削っていた。が、体力馬鹿のポールにはその戦法も通用しない。
「逃げてばかりでは勝てんぞ、シュリ。」
審判のアグニは腕を組んで二人の戦いを見定める。荒神グリフォンに勇を捧げる荒神祭には時間制限が設けられており、勝敗が付かなかった場合、観客がより勇を示したと思った方が勝ちになる。
ゴオオオッ
ゴオオオッ
ポールの手から放たれる炎が滞空するシュリを後方に追い詰めていく。
「もう後はないぞ!!がきがあ!!」
ゴオオオオオオオオッ
土俵の隅を焼き尽くす業火、ポールは背後から何かが来ると察知した。振り返ると、後方から先ほどポールがしたような土の杭がつきだしている。しかしそこには誰もいない。
ゆらり
業火の中から水魔法で体を濡らし、烈火に耐えたシュリが真向から飛び出した。反射的に盾で押しつぶそうとするポール、シュリはくるりと盾の上を側転し、ポールの体に水をまくと、トンッと体を離す。そして
ッヴァチバチバチバチバチッツッツッッッ
業火からその間2秒。
ドサッ
電流に貫かれたポールが、土俵に崩れ落ちた。