1話 辺境伯の村
はじめて投稿します!生ぬるい目でお楽しみください。
作者は豆腐メンタルです…
蒼穹の空の下、遠くに見えるは砂漠。
赤い地層をさらす渓谷と雪を抱く連峰。
ひびわれた荒野にぽつぽつと低木が生え始めるその場所に、竜王国辺境、モンテ・クリストフ伯爵の領館がある。
鷹人の戦士達が両翼をひろげ足に装着した湾刀をふるう。
馬人の戦士達は筋骨隆々としたその蹄で砂利をはねあげ大楯でその刃を受け取める。戦士達が訓練をする隣では、女房達が大毒ネズミの解体をしながら、子供達に昔話をしている。
「勇者はペーガソスの背にのって、眠っている古竜様にしのびよると…すぱりと首を切りました。」
「はいはーい、おかしい!ペーガソスって血を見ると死ぬんだろ?」
聞き飽きた話に子供達は尻尾をふるふるゆらせ、笑いながら樽で臓物を洗っている。
「だあよなあ、そんなんでどやって竜の首なんか切るんだよ」
「そうだよ!あっ!」
カイとエダマメだ!うんこ!
こどもたちは息をひそめ、便所にやってきたひょろりとした子供とゴブリンに喜々とした目をむける。
「…」
ぼろ布に身を包んだその子供は、巨大な大樽を地におき、これまた巨大な柄杓でザックザックと便所の底をさらいはじめた。
彼の背丈よりも大きな大樽に小気味よく汚水をさらうと、樽はあっという間に満たされた。彼はちらりと隣のゴブリンも汚水を手桶ですくったのをみるとそのまま天秤棒に桶をひっかけてやる。天秤棒に二つの手桶をつるし、自分は大した緊張感もなく大樽をもちあげた。
(ひょー!)
重力を無視したその光景から目を離せないこども達。
カイとよばれたその子供は自分を見つめている子らの方を見ると、眉間にしわを寄せ、「ぺッ」と唾を吐いた。すごまれた子らは尻尾をちぢめて目をそらす。カイは奥で剣をふるう戦士たちの顔ぶれをギロリと睨んだ。
「シュリならレタさんがどっか連れてったらしいわよ」
カイに話しかけたのは、黒髪の娘。子供たちの仕事を点検していた領主の娘サラは自身も両手両足を樽につっこんで仕事をしている。
「今朝は戦闘訓練とききましたが」
「もう終わっちゃうねえ、見かけたら戻ってきてって伝えてくれる?」
「わかりました。」
短く返事をしてさろうとする彼をサラは呼び止める。
「カイ‼」
ばっと血みどろの小腸を足の指でつまみあげるサラ。その足は鷹人特融の硬い足で踵に鉤爪がついている。
「うっ…」
カイは後ずさると、うっぷと口を結び急ぎ足でその場を立ち去る。ゴブリンのエダマメもふらふらと後を追う。
「ふふっ」
いたずらに成功した少女はご機嫌である。カイは子供の癖に人相は悪いが、血をみると吐気を催す小心者なのだ。
「なーサラあ」
こども達のリーダー格である馬人の子、パイクがサラに話しかける。
「なあに?」
「なんでカイって怪力なのに戦闘訓練しないの?ゴミのシュリでもやってんのにさ」
「パイク、ジェット、グウェン。」
サラは半眼になって悪意のない子供たちをにらみつける。
「シュリはゴミじゃない!ムルチと張り合えるってアグニ爺が言ってるのよ!」
「うっそ⁇!」
戦士達の長による予想外の評価に、子供たちはあんぐりと口をあける。
「えーでもゴミだろー⁇」
「ちびっこ君達さ、言葉の意味わかってるの?」
「ちびじゃないし!サラこそ奴隷の味方すんな!ぶす!」
「あんたら…ちょっとこっち来なさい?」
バサリと両腕を翼に変えサラは子供達を追いかける、キャッキャと逃げる子供達。女達はきまりの悪い顔をしていた。
畑へと歩いていくカイとエダマメ。
この辺境地には定住集落といえるものは領館周辺のここにしかなく、領民の半分以上は境界警備をかねた遊牧生活を送っている。この村は、中心に勇者の神殿を配し、西に住民の民家、北に領館、東門の向こうに畑と放牧地が続いている。南には櫓があり、砦を建設中だ。南方アルルカン砂漠の果てにある太陽の帝国と、北東にそびえるエンベル山脈の向こうクルヌギア人達に対する要所であるこの地は、とても貧しい。
神殿を通りすぎたカイは神殿の階段に座り込んでいる探し人を見つけた。置物のように動かないその姿にはいつもの覇気がない。カイはエダマメに視線をやると、エダマメはにやにやとしながらそのこどもに近づいた。
「ワアアアアアアア!!」
エダマメの大声にその子供は濡羽色の髪を逆立てた。
「ぎゃっ!!」
濃い眉にばさばさとしたまつげ、三白眼気味の、しかしこぼれるような大きな灰水色の瞳の少年は、泣いていたらしく、鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「エダマッ!臭っっ!」
「なんで泣いてんだ、サラがよんでたぞ」
「うんこ持ってる時に近づくなよお」
ぐしぐしと上着で顔をぬぐうシュリ。白くて小柄な後ろ姿といい、睫毛のこい顔といい、義弟は女の子みたいだ。まあ髪の毛は一度も櫛を通していないので獣のようだが。
「うんこじゃねえ、肥料だ。」
「ウコヤロッ!」
「はあ?うんこはエダマメだろ!うんこうんこうんこ!」
エダマメとシュリの会話は阿保すぎて終わりがないのでカイは本題に入ることにした。
「レタになんか言われた?」
レタはサラの乳母であるニンフの奴隷だ。生後すぐから伯爵の奴隷になった竜人のシュリと馬人のカイはレタのお乳で育った。今も領館の馬小屋に三人で暮らしている。村の大人はシュリのことを無視し、「ゴミ」と呼んでいる。
シュリが何故そこまで暴言を吐かれるのかはわからないが、カイは村人達が嫌いだ。しかし自分もこの村では底辺の人間である。反抗して手をとめる時間があれば、一つでも仕事をこなしたい。自分が殴られるのは我慢できるが、レタが殴られるのは我慢できない。心を鈍磨させて耐えていた。しかし感情がすぐ顔にでるシュリは心無い村の大人や、こどもたちの言葉を真に受け、毎回、目の端を震わせている。
それでも念願の戦士の訓練に参加することができたこの1年は無視されることも減り、アグニ爺という権威のおかげか面と向かって「ゴミ」と呼ばれることもなくなり、悪化はせずとも膠着していたのだ。
「ん、ちょっと。」
目を合わせずにそっぽをむくシュリにイラっとしたが、何か秘密にしなくてはいけないことなのかと理解した。義兄弟とはいえ、お互い秘密はある。それでもやはり心配なので無難なところから質問することにする。
「荒神祭はさ、出さしてもらえるんだろ」
「おう」
荒神祭というのは、この領地にすまう荒地の民の伝統で三年に一度、村で最強の戦士を決める催しだ。前は十三歳上のムルチが優勝した。しかしシュリは練習試合でムルチを追い詰める戦いぶりをみせている。荒地の民は根っからの戦士だ。
物心ついたころから汚泥をなめるような仕事を担ってきた二人だが戦士達を観察し、寝る間をおしんで鍛え、自力で訓練してきた。去年、シュリはアグニ爺に土下座をして戦士としての訓練に参加を申し出た。シュリの目標は、戦士として生計をたてレタを連れて自立することだ。奴隷であっても人並み以上の才能がある事をシュリは証明しつつある。シュリはカイ達の誇りであり、希望なのだ。
「勝てそう?」
「…集中できれば。勝てる。…ゴニョゴニョ…」
「シュリマケロ!ウコ!!」
「負けねえよ!うんこじゃねえし!」
「わはははっ」
二人のかけあいに、糸目をつぶしてカイは笑うと、納得したように息をはく。そしてエダマメと一緒に意気揚々と糞の詰まった樽を持ち村の南門へと降りて行った。
信じられないペースで肥料を運ぶ義兄とかわいくない弟分を目で追い、領館へ走り出したシュリは今朝のレタとの一部始終を思い出す。
夜明けの静けさの中、戦士達が集まる戦闘訓練の前にシュリは馬小屋で一人特訓をしていた。自分にはまだ力や重さは足りないがその分竜人の特性で全属性の魔法が使えるし、なぜかはしらんが底知らずの魔力がある。そして、一度見た人の動きを真似するのは得意だった。よく集中していれば、ただ真似するのではなく次元を超えた“何か“を掴めそうな時がある。
荒神祭でムルチに勝つには、その“何か“をこえないと駄目だろうとシュリは考えていた。
集中して、ムルチ対策のアグニ爺の動きを思い出す。刃がきたらパッとして、風魔法でブワッとして、その後何かの魔法を使ってカウンターを決めるという動きだ。うまくブワッとできても、普通のカウンターでは簡単にはじかれてしまう。アグニ爺は隻腕だがこの技でムルチから一本とっていたから、何かあの動きの最中に秘訣があるのだろう。
何百回もしては失敗したアグニ爺の動きを、頭をからっぽにして今一度再現しようとする。
集中しろ―しゅうちゅうだ―…心を静め、空気の振動に耳を傾ける。
カチリ
時計の針があわさるように、その瞬間は予告もなくやってきた。
―振りかぶられた刃を飛びかわし、体を後方に捻りながら、敵の刃を風魔法で撹乱。敵は咄嗟的に 風をとめ シンクウにして 撹乱をいなし、急所を守ろうとするから フェイントをかけつつ ハンイフカの魔法を展開して 重さをかけて下段に切り込む―
真空も範囲負荷も、シュリは聞いたことはない。しかしその瞬間、シュリが下段に振り下ろした短刀は、仮想ムルチの真空までも再現し、地面にするどい亀裂を刻んだ。
ハアハア…
息があがる。
「シュリ‼」
悲鳴のように名前を呼ばれて脇をみると、顔面蒼白のレタが居た。そしてシュリがつけた亀裂に跪き、指を地面にめりこませ、爪がはがれる勢いで土をかいている。シュリは呆気にとられていたが、自分が達成した信じられない瞬間に興奮して目を輝かせた。
「レタ!見たっ??!すっ…」
すごくない?!という言葉を言う前に、レタの泥に汚れ、年老いた手で瞼を覆われ、胸元に引き寄せられた。レタはガタガタと震え、シュリの頭をさすっている。
「シュリ…シュリさま…シュリ…目が…瞳の色が…血の色…。」
「モゴ…マっ…⁇かあさん⁇!くるしっ」
シュリを胸から離し、しかし瞼から手は離さずレタは震えながら嗚咽を流した。
「大丈夫…誰にも…誰にも見られてない…」
(震えてる?)
シュリは「信じられない瞬間」という認識が、自分の思い違いである事をヒヤリと自覚した。
「ユ…シュリ⁇め、目の色が変わったのは、はじめて⁇」
「目?!わからないけど…。さっき、アグニ爺の動きを、見て真似したけど…むずいから、今日も練習してて、そしたらさっき“解った“って気がして…今日がはじめて―」
話している内に、膨らんでいた自信と期待は、困惑と不安に変わる。あれ?俺何はなしたらいいの?
「アグニ様の理を見切ったのですね…」
「ことわり?ム、ムルチのも“解った“と思った」
腕を痛いほどつかまれ、シュリはすっかり委縮してしまう。
「いっ痛いよっ」
瞼を抑えんでいたレタの手から少し力が抜ける。シュリは半泣きになりながら、うっすらと目を開ける。悲愴な面持ちのレタと目があう。
「は…よかった…いつも通り…」
そのあまりの安堵の様子。伯爵にぶたれた後でも、レタがここまで悲愴から安堵へと変わる様子は見たことがない。シュリはもしや、と思った。
「シュリさま、いえ、シュリ。こっこのっ瞳のっ力はっ、にっ二度と、、使わないで―――隠して、おねがい。」
(なんで?)
という言葉は呑みこんだ。自分がゴミと呼ばれる度、レタが泣いているのをシュリは知っていた。レタの年老いた手がシュリの目元をぬぐう。自分にすがり泣いているのは彼女の方だというのに。
シュリはただ脱力し、自分の存在がまた一つ、この村で家族の立場を悪くしたらしいと受け止めた。
「シュリ!こっちこっち~」
領館の前で、洗い終わった臓物を干しながらサラが待っていた。サラの笑顔をみるとほっとする。シュリは笑って手をふりかえし、負の感情に蓋をした。瞳の力がなくても勝てるはずだと、自分に言い聞かせた。