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16話 荒地の空

ざわっ


風がふくと、砂埃と一緒に黒い灰がまって顔にあたった。痛い。神殿があった場所に俺達は降り立った。


「勇者像…」


石でできた勇者像はポツンと神殿の真ん中にたっていた。剣や鞘の部分はすすけていたけどそれは形をのこしていた。天蓋や櫓の燃え落ちた神殿はだだっぴろい。


「誰か」


絞り出した声に返事はなかった。領館の方へ向かう。みんなで祭りの準備をした竈場も、井戸も、便所も、どこにも跡形もない。井戸だった場所を見ると、白いものがみえて、俺は走った。


「あ…」

白く見えていたのは誰かの足だった。ふきとばされた足は地面にささり何か別の者にみえていた。


「………」


周りをみると、腕や胴体と誰かだったものが黒くこげた柱にひっかかていたり、地面におちていた。俺は領館の裏門だった場所にいく。炭化し真っ黒になった木の板、くずれおちた石レンガ。ドアを形なしていた金具。木の板をひっくりかえそうとする。それは重く、力をいれたところがざりざりと潰れそうになる。


「ふっ んん」


カイが手をかしてくれた。


ドサッ


木の板がひっくり返る。下には、こどもだったような何かが、黒焦げになって丸まっていた。その手は誰かの手らしきものを握っている。


「シュリ、これ」


カイが、近くに落ちていた石をひろいあげた。サラマンダーの骨でできたネックレスヘッド。俺がレタにあげたものだった。


「…」


俺達が消えた場所。そこには何もなかった。へこんだ地面は焼き焦げていて、風圧で吹き飛ばされたのだろう。すでにあの時焼き崩れていた残骸が消し炭の中に埋もれているだけだった。


「どこだよ」


足元には、黒い炭が広がる燃えた地面。炭化して固まっている塊。


「どこだよここ」


じりじりとした日差しが容赦なく降りかかる。


「レター!サラー!」


毎日うるさかったこの場所は、今静かで。


「誰か……」


空は快晴で、陽光にすべて照らされているのに、それが何かわからない。足元に断片的に落ち、固まっている黒い塊に手を伸ばした。


ボロっ カシャリ


肉だったのだろう部分は炭化していて、中からかすかすの白い骨がでてきた。それはびっくりするぐらい軽くて、いつもくってたアルル狼の骨付き肉と同じ軽さだった。骨を握ると、骨はたやすく割れてしまいそうだった。


「こっちだ」


カイが南門へと向かう道へいく。村の西側、村人たちの民家やゲルが、家畜小屋や倉庫や柵が密集して立っていたその場所には今は何もない。すべて燃えさり、あるのは黒い焼け跡ばかり。民家が何もないその場所はだだっ広くて、赤の峡谷へと向かう道がみえて、知らない場所の様だった。


「………」


あの日、俺が万全だと思った守護魔法はあっけなく通過された。なんで俺はあの日までにもっと魔法の練習をしなかったんだろう。あの魔法が万能だとなんで信じてしまったんだろう。


「シュリ」


立ちっぱなしでいた俺の手をカイが掴む。カイはふーっと息をはき。深呼吸をした。


「おれ、ひとりだと見れなく…て」


カイは強く俺の手を握り、また歩き出した。しばらく何もない村の中を歩いていると、南門の砦が小さくみえた。そこには小高い何かの上に何かが突き刺さってた。カイは一度たちどまった。カイは下を向いている、きっと俺が寝ている間にここまで来たのだろう。


「俺、ここから先…は…いけてない」


カイはもう一度前をみて、俺の手をひき歩き出した。


「おれ、ムルチに…一緒にいこうって言えなかった」


乾季の空だ、砂漠の空は青く、白い。日光をさえぎるものはなく、砂漠へと続く荒野を焼くように照らし、ひびわれた地面が目に痛くて、いつもは布で顔をおおって歩く。だから普段ならカイが歩を進めるごとにうつむいてしまうのは、眩しさからだと思っただろう。俺は、それから目がはなせない。南門の砦は、そこだけ線をひいたように無傷でたっていた。そして砦の前には小高い山ができていた。


「あ」


それは遠くから見ても何かすぐにわかった。


「ああ」


垂れ下がる翼は黒くかたまり、羽根をむしられて、片翼しかなかった。


「ぅ」


俺の手をにぎるカイの手はふるえていて、もう片方の手は口をおさえていた。いや、手の甲を噛んでいた。


「うぅぅうううぅ」


積み上げられていたのは、戦士達の死体だった。狂化し変態した戦士達の体は、無残な形にひきさかれ、心臓をぬきとられていた。


「ふぐっ うぅううううう」


積み上げられた戦士達の遺体の上には、ムルチの首のない体が槍に貫かれてささってた。その顔の部分には、空をとぶ鷹が突き刺されていた。見慣れたムルチの体は心臓をひらかれ、血は黒く、蛆がわいていた。


「うああああああああああああああああああああああああ!!!!」


俺は、山にかけよった。見知った戦士達の体をかきわける。エッボ、ヤム、ロタ、サム、この戦士にも、あの戦士も一緒に狩りをしたり、武器の扱いを教えてもらったり、怒られたり、殴られたりした。


「げえっ ひっぐ げえええええ」


カイは後ろで盛大に泣きながら吐いている。


「うあああああ、あああああああ」


俺はわけがわからず、でもこのままになんてできないから、ムルチの上に詰められていた鷹をひきぬき、ムルチの体を槍からぬき、おろした。手には蛆虫がいっぱいつき、ムルチの肉はくずれ、異臭がした。


「はあっ はあっ こんな」

こんな

「こんな」

こんな

「うそだ」


嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。ムルチは、最強の男なんだ。体が爆発しても死ななかった。死んでも生き返った。負けても笑ってた。ムルチに大けがさせた俺にだって、ムルチは笑いながら頭をなでてくれたんだ。他の戦士達が俺の扱いに困っててもムルチは、変な冗談をいって守ってくれたんだ。


「こんなの嘘だろ」


体がふるえる、俺の最強の戦士が死んだ。こんな風に馬鹿にされて、槍にさされて、さらしものにされて。


「ひえっ」


体がふるえる、目を開けてられない。唇をかむ。


「ひっ」


息を止める。我慢できなくて鼻をすする。息を吐くとぼろぼろ涙と鼻水が出てきた。


「ふあああ!!!うわあああああああ ひっく うわあああああ」


俺とカイは声がかれても泣きつづけた。



ぐーっ


涙も涸れはてた頃、お腹が鳴った。俺とカイは戦士達の横でころがって空を見ていた。


「喉、かわいたな」

「うん。」

「腹、へったな」

「うん。」


カイはよいしょと起き上がると、腰から水袋と兵糧袋をだし、水をのむとマイマイの実を口にいれた。そして俺にも一粒くれた。俺はマイマイの実を口にふくむ。マイマイの実の硬い皮を唾液と水でふやかせ、噛む。


きゅっ きゅっ きゅっ


マイマイの実はいつも通り、最初は無味だけどだんたんと甘い蜜の味がした。


「シュリ、みんなを送ろう」


 荒地の民には、荒地の民の葬送がある。俺達は、村人の遺体を拾って、赤の峡谷へ運んだ。体がのこってる人達の体を、カイと手分けしておぶって運んだ。カイは吐きながら運んでた。焼け跡で黒くなっていた人達の体は運ぼうとすると、体が崩れ去った。


焼跡を歩き回ってレタや、サラや、パイクや、グウェンや、ジェットや、メアリーや、ヨナさんや、…みんなをもう一度探した。誰かの腕や足だったものを拾い上げる作業は終わらなかった。もしかしたら灰の中に埋もれてるのかもしれない。でも見える体を集めるだけで、気がついたら陽が落ちようとしていた。エダマメらしき骨は最後まで見つからなかった。


「エダマメどっか行ったのかな」

「おう、ダンを探しに出かけたのかもな」

「そうかもな」


葬送の谷と村人たちがよぶのは、赤の峡谷にある底の見えない亀裂だ。俺達は誰かが死ぬと、その家族がこの谷へと死んだ人の体を運び、葬送の谷へと落とす。死体はそこの見えない亀裂へと落ちていく。


死者の体は、亀裂の底で地面に抱かれ、荒神や魔獣達の糧になる。死者の魂は亀裂の底にあるという冥界への道をとおって過去の人生を振り返り、亀裂を通り過ぎる風に乗り、荒地へと帰り、この世界をめぐり家族を守る。


朝から遺体を亀裂に放り込んでいるからか、上空には何匹もの鷹が旋回している。カイは、これだけはと決めた、領館のあった場所ですくった灰を葬送の谷へとまく。



ヒュウウウウウ



骨は重力のままにこぼれおち、灰は吹きすさぶ風にのって飛び散り、落ち、いくらかは逆流した。村の西側にある赤の峡谷は沈む太陽がよく見える。空の上は濃い紺色になり一番星がみえた。空の中間は乳色になりにごった桃色になっている。


峡谷の土は、夕陽に照らられ朱色にそまっている。そして地平の先、波打つような峡谷と空の境目は燃えるように赤い。夕陽の反対側には、村だった場所が広がっている。黒い焼け跡はだだっぴろくて、静かで、不気味だ。


「おれさ」


カイがつぶやく。


「うん」

「みんな、嫌いだったんだよ」

「うん」


俺も、カイも村人が嫌いだった。俺達は伯爵の奴隷で、ゴミと言われていて、周りのこどもが遊んでる時も俺達は糞尿の片づけをして、馬小屋は寒くて。


「俺も、嫌いだった」


好きだなんて一度も思ったことはない。


「っ」


灰が目に入る、瞬くともう涸れたと思っていた涙がでた。


「痛ぇ」


カイも、目に灰がはいったせいか、赤くなる目をふいていた。


胸にひっかけていたサラから預かった族長の鷹笛を出す。キラーレオンの牙を彫って作られたそれは手にもつとしっとりとしている。唇に笛をあてる。


俺達は砦にさらされていたムルチ達をおろしてここに持ってきた。村人の遺体もここに運び込んだ。だからたぶん、竜王国は領地に生き残りがいることに気が付くだろう。カイとも、多分黒い髪の娘を追っている奴らがペガーソスなら、すぐに追われることになるだろうと話していた。竜王国の兵士たちは砂漠の中を旅する遠見隊の元には、行けていないようだ。


空を仰ぎ、聞いているかと旋回する鷹を見る。すっと息を吸う。




―――ピィーーーーーーーーー




息をつめろ、気配をけせ。

この笛が聞こえたら、荒地の民は姿を隠す。「機を待ち沈め」の合図。鷹笛の音は葬送の谷の亀裂を通り、峡谷の合間を抜けていく。薄闇の広がり始めた谷間に遠く広く響いた。しばしの静寂があたりを包んだ。



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーーーーーー



―――ピィーーーーー…



いくつもの鷹の音がはるか遠くからこだまのように呼応した。薄闇に旋回する鷹は増えていき、ぐるりぐるりと空を舞うと、空のかなたへと消えていく。


「行こう」

「おう」


俺達は、荒地の空に別れをつげた。



























***


――半数以上だと?夜間に奇襲を行ったと聞いたが?


まるで水の中にいるような心地がずっと続いている。遠く聞こえるこの声はルベンだろうか。


――…アレの試験運用の結果はまとめてあるか?


心優しいペーガソスには苦労ばかりかける。この体が自由にさえなれば、お前一人に抱えさせることもなかろうに。バルトルは、フィバナはどうしているのだ。


――馬の調教はどうなっている?


晴れやかな空、翡翠の海、ふりかかる花弁。結婚装束に身を包んだフィバナ。


――それだけか。馬は殺せ、鳥はすべて駆除せよ。


フィバナがこちらをふりかえる、灰水色の瞳は私を見ない。濡羽色の髪の毛に手を伸ばそうとした。手を伸ばした瞬間、空は闇に包まれ、ここは、ここはどこだ?この手を掴んでいるのは誰か。


――陛下?聞こえていらっしゃるのですか?


聞こえている。ルベン、どうしてお前はあの時。


(眠れ、お前は答えを誤ったのだ)


光の奔流の中、語り掛ける双眸に抗えず、私はまた意識を手放した。


竜王国・辺境砂漠編 は一旦これにて完結です!

しばらくシュリ・カイ君の物語はお休みになります。

シュリ・カイ君の今後がどうなるのか読みたい!と思ってくださったかたは是非是非、スクロールして広告の下の星を★★★★★にしてあげてください!

これまで毎日読んでくださった方、本当にありがとうございます。

ムルチさんを一瞬でも好きになって下さった方、本当にごめんなさい、私はこの話で一番ムルチが好きです。そして二番目に好きだったゴブリンのエダマメに至っては地にかえせませんでした。うう

これからも小説家になろうファン兼書く人(底辺)としてがんばります。


ぜひぜひご感想・評価お待ちしております。


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