15話 名前
一瞬のことだった。気が付くと、水気のしたたる岩場にいた。ずっしりとした重さを感じる、かすかに呼吸をするそれは
(ペーガソス?)
馬のような首、翼の前縁と翼角が腕にのしかかっている。どうやら座り込んでしまっていた俺の上に倒れているそれはペーガソスみたいに見えた。けど、こいつは…。俺は周囲を見渡す。
「洞窟か?」
この湿度と岩場の感じ…メショミ山の洞窟に似てる。領地からずっと北東、エンベル山脈の始まりにある標高三九〇〇mほどの山だ。さっきまで領館にいたのに。
「助かった…のか?」
俺は空から降ってくるあの星に焼かれて死ぬはずだったのに…。でも、意味が解らない。村のみんなはどうなったんだ。本当に一瞬でここに来たのか?なぜこいつがこんな姿でここにいるんだ。
「おいっ」
腰を掴んで揺らす、その肌はべっとりと濡れている。
「おいっ!」
もう一度強くゆするけど反応がない。光のささない洞窟の中は真っ暗だ。俺は掌をかかげ、小さな炎を灯す。炎の光でゆらりと俺にのしかかるそれは白金のペーガソスだった。
「起きろ」
蹄から頭の大きさは一八〇㎝位あるがその足は、右前足がほぼ焼き切れ、体の右側は焼けただれ後ろ脚から血を流していた。
「なあ…な?しっかりしろよ…」
ペーガソスなんて知らない。でもこいつは知ってる。こいつのこと、俺は知ってる。
「おいっ、起きろ、起きろよ」
激しく揺さぶる。ペーガソスはぐったりとしたままひしゃげた足から血を流していた。
―…は精霊ですから、血が魔力そのものだとか。出血されると、姿をとどめおかれるのが難しくなる―
転移をした時に星の炎に巻き込まれたのだろう。二年前に聞いたペーガソスの話を思い出した。
(死んじまう、死んじまう)
こいつがいない世界を想像してぞっとする。そんなの俺が俺じゃなくなってしまう。
「おい!何やってんだ!おきろよ!」
ムルチやエッボ達はどうしたのか。なんでこいつはわざわざこんな姿で俺の所にきたんだ。手がふるえ、目から涙がこぼれる。
「死ぬなっ」
ペーガソスを揺さぶるが、呼吸はどんどん細くなりはいっこうに目覚める気配がない。
(お前がいないと)
独りになってしまう。サラもレタもいないのに、お前まで死ぬなんてそんなのひどすぎる。
「おい…もどってこい」
涙と鼻水がとまらない。回復魔法を施そうとした。でもヒールは何故か素通りするように通り過ぎてしまう。
(こいつにヒールしたこと一回もなかった…)
っひっく ずず ひっく
ずっと一緒にいたのに、こいつが治療しないといけないような怪我をした所一回も見たことがなかった。こいついつからペーガソスだって隠してたんだろう。
「ごめん、ひっく おれ、 ひっく ぜんぜん気づかなくて」
北から攻撃を受けてるって言った時、お前真っ青だったもんな。すげえ怖そうだったよな。
「ひっ ごめん、かえってこい」
まだ生きてることを確かめるように、抱く腕に力をこめ、中に流れているエネルギーを感じようとする。ふわりふわりと俺達の周囲が光っていく。
「うっ ずずっ、消えるなっ ひっく」
ペーガソスの血潮はひどく冷たくなっており、それが流れ出してしまっているのをかんじた。
「帰ってきて、ひっく 説明…しろっ ひっく」
俺はぎゅっとその首を抱きしめ、俺の中にある魔力をすべてこいつにむける。目を閉じ、あたたかい命の光を感じようとする。自分の鼓動とともに、こいつの鼓動に耳を澄ます。
(カイ!)
溶け合うエネルギーが川のように流れをもち、カイの中に流れ込む。俺の魔力、俺達をつつむエネルギー、カイの中を流れる血液。凍えた血をもう一度あたためるように、目を閉じる。光に包まれるように、俺は意識を手放した。
「……う」
冷たい水を感じて、目が覚める。いつものカイが、そこにいた。
「シュリ」
カイは、水袋を横におく。
「カイだ」
肩をつかんで確認する。ところどころ服がやぶれてるけど、最後にあった時のカイだ。
「良かった…」
助かった。カイが生きてる。カイを抱きしめて、その肩に顔をうずめる。
「鼻水つくだろ」
頭をポンポンと叩かれた。
「うっ ぐす カイだ」
睨むと、カイも泣いていたのか、目が真っ赤だった。
「お前が、起きないから…怖かった」
ぼそっと下を向いてカイはズボンの布をつかんだ。俺と同じだ。
「ここは…メショミ山の洞窟だ。お前、三日も寝てたんだぞ」
「三日も…」
あれから三日も経ったのか。
「村は…」
カイはうつむいて首をふった。
「竜王国の兵は、ひきあげてた…」
竜王国の兵。カイから水袋をうけとる。
「あいつら…俺たちが謀反人だから皆殺しにするって言ってた。」
「そんなんどこで?村に兵がきたのか?」
「…ペーガソスが来たんだ。殺したけど」
洞窟の中は静かで、領館での出来事からすると、今が夢なのか、さっきが夢なのか。おれはゴクリと水袋から水をのむ。
「カイ、ペーガソスなんだな」
カイはびくりと体をふるわせた。
「そいつ、村を襲うのとは別の任務って言ってたよ。黒髪の娘を連れ出すって」
そいつに打たれたサラとレタを思い出す。レタの最期の顔。
「シュリに、言わなきゃいけないことがあるんだ」
カイはいきなり膝をおると、俺の前に膝まずいた。俺はびっくりして姿勢を動かそうとし、自分が治療されていたことに気が付いた。
「なんだよ」
「シュリ、俺がペーガソスなこと黙っててごめん」
「………」
カイがペーガソスだったことを黙ってたことには怒ってない。
「ペーガソスってどこに誰がいるか見つけられるんだよな?」
「…個体差はある…らしいけど、俺はできる。」
「朝から気づいてた?」
「うん」
カイは俺の目をまっすぐ見た。
「敵かわからなかった。俺の力は姿がみえるんじゃなくて、個体の持つエネルギーを感じるんだ。あの日は変な魔力をもった個体が北山に集団であつまってた」
「なんで言わなかった」
「それは、俺がペーガソスだって隠すためだ」
「ちがうだろ」
カイは目をそらす。俺はカイの肩をつかむ。
「こっちみろよ。本当のこと、話してくれるんだろ」
カイは、涙をながしてた。
「…俺が…俺がペーガソスだってを隠すためだ。」
「なんでペーガソスがここにいるんだよ」
俺はカイの胸倉をつかんでゆする。ペーガソスは竜に仕える。カイはぐっと口を引き結んでいた。拳が震えてる。お前が自分のために黙ってたわけなんてねえだろ。俺は拳をにぎると、カイの頬を打った。
「いえよ!」
カイの頬骨と歯にあたる感触。
「…―――ってえな!」
カイはしばし目を丸くして歯ぎしりすると、俺をぶった。
「お前だよ!」
俺はしりもちをつく。カイのやついいパンチしてんな。
「へっ」
こんなのちっとも痛くねえ。痛くねえのに、涙がでる。
「なんで俺なんだよ…」
俺がなんだってんだ。俺の目も、俺の本当の母親も、俺にはやっかいな者でしかない。
「俺はお前に仕えるためにいたんだ!シュリ・ジークハルト・ヤヴィシュタが俺の本当の主なんだよ!」
シュリ・ジークハルト・ヤヴィシュタ
「じークシュタ?」
「ジークハルト、ヤヴィシュタ!」
「ジークヤッシュタ?へっ 変な名前!」
名前が長すぎて笑ってしまう。かまずに言えたカイすげえな。
「お前の本当の名前だって。」
突然ふってわいた本当の名前っていうのに俺はかわいた笑いをこぼす。
「ははっ へんな名前」
「…たぶん苗字だろ。お前竜王族の貴族なんじゃねえの」
カイは荒げていた息をただすと、俺の手をひき、おこした。
「お前も知らんのかい」
「また聞けるとおもって」
そういうとカイはぽろりと泣いた。
「レタは…、俺にその名前を覚えさせたよ。シュリ以外には絶対に教えるなって言ってた。ばれたら命をねらわれるって意味も教えてくれなかった…。俺は自分が本当は馬人じゃないってことを知ってたけど、レタはずっと俺がなりきれるよう暗示をかけてくれてた。第一王子が来ることになった時に、はじめて俺がペーガソスで、俺の本当の主はシュリだって教えてもらったんだ。…シュリの本当の名前もその時レタに言われた。」
そういってずずっと鼻をすすった。
「レタはお前の母ちゃんじゃなかったのか」
「…俺達の母ちゃんはレタだろ!」
レタの事を思う。俺、レタを睨んだんだよ。
「レタは俺の事ばれたんじゃないかって言ってた」
「えっ?」
俺は首をふり、今考えないといけないことが何かを考える。あの時のことを思い出すとつらい。
「でもなんでだ?…ダンも伯爵も俺の親の事知ってたけどゴミだって…」
「シュリはゴミじゃない、俺の弟だ。」
カイの言葉にはっとした。
「ムルチに言われたんだ」
カイはまっすぐに俺を見る。
「俺はお前が主人だって言われてもよくわかんねえけど」
そこで言葉を切った。
「俺は荒地の民だから。お前を守るよ」
カイの顔はまじめで息が止まりそうだった。俺達の母さんに、最期に俺がしたことを言ってもお前そういうかな?
「ムルチは…?」
俺はムルチのことを聞いた。
「………」
「うそだろ」
「………」
「連れてけよ…」
俺の顔を見ると、カイはきゅっと口をむすび、俺の腕をつかんだ。ゆらりと視界がゆがんだ。
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次回 竜王国・辺境砂漠編 完結です。