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14話 十一歳、最初の涸れの日(二)

 「ポーションこれが最後だ」


 倉庫からもってきたポーション瓶の入った木箱を、居間の椅子の上に置く。床も机も汚物だらけだ。


「ありがとう」


サラは立っているのが不思議なくらい顔色が悪い。


「飲みなさい」


レタがサラにポーションの瓶を渡す。サラは一口口をつけると、残りは介抱している人にのませた。領内に満ちていた毒は収まり、今は毒が抜けない者達に順番に治療を施している。俺もげっそりしている年配の村人を抱き上げヒールを施す。


「……」


おじいちゃんの村人は俺を見て当惑するような恐れるような顔をした。さっき魔法を使った時に目が赤くなってしまったのだろう。


(それどころじゃねえ)


追い風の後から何人か来たけど村人全員じゃない。エダマメもいねえし、外に見にいかないと。


「俺外見に行ってくるよ」


裏口から外に出たら、レタが追いかけてきた。


「シュリ!」

「どうしたの?」

「…逃げなさい」

「は?」

「今すぐ、あなただけでも逃げなさい。」

「何言ってんの」


レタは俺の腕をぐいと掴んだ。無理やり引っ張ろうとする。


「今すぐでるの!ここはもう助からない!」

「やめろよっ」


思わず、レタの腕を振り払う。


「助からないなんて!」


なんてこと言うんだよ!ムルチもカイも、みんな頑張ってんのに俺だけ逃げろなんて!


「毒魔法を使うのは竜王国の魔法使い…ダンは知ってて逃げたんだわ!」

「え…」

「あなたの事もばれたかも…一人が嫌なら」

「黙れよ!」


ダンが知ってただと?


「レタは知ってたのか?」

「…知らない」

「どうかな、レタは隠すのが好きじゃないか!」

「シュリ!今はそんな場合じゃ」

「逃げたいなら一人で逃げりゃいいだろ!」


レタを突き飛ばす。こんな時に自分だけ逃げようなんて。ここを守れるのは俺しかいないのに。


(レタの卑怯者)


憎悪をこめてレタをにらむ。


(逃げたきゃ一人で逃げろ!弱虫の裏切り者!)


「……―――」


レタは、何か言いたげだったけど、何も言わなかった。俺は領館の上に範囲守護の魔法を使う。青い魔方陣が俺を中心として円形の波紋のように大きくなり、領館の上にあがっていく。旋風魔法と二重でやると魔力を持っていかれる感じがしたけどそんなのどうでもいい。地べたに座り込むレタを放って俺は村人の居住地域へと走った。


急いで皆を避難させて、それからムルチ達の所に追いつくんだ。領の守護は今の奴で二重になったし、多少離れても大丈夫だろう。


「ひでえ…」


領館の門を出て神殿をぬける道の途中、たどり着けず倒れている者やその者が連れてきた家畜が倒れていた。鷹小屋の中は静かで、みると鷹小屋の床に鷹たちが落ちていた。


「た…す…」


茫然としていると、倒れている人の中から声が聞こえた。


「しっかり!」


道にはいつくばっていたその人の背に手を当て、ヒールを施す。


「ぜえ ぜえ ぜえ ぜえ」


だいぶ毒に侵されたのだろう、暗闇の中触ったその人の服はべっとりと濡れていて冷たかった。

内臓の修復に時間がかかりそうだ。背中に抱き上げ、回復魔法を使う。


「う、うちのが…」


後方ではその人の奥さんらしき人が倒れていた。


「……」


呼吸してない。頸動脈に触れると脈も止まっている。いつ?どれくらいたってる?指先をさわり確かめる。指は冷たく、皮膚は張りがなかった。蘇生魔法で蘇生できる範囲内だろうか。


「うっっしょっっ」


背中に村人を抱いたまま、倒れている人の脇から腕をいれて持ち上げる。体格のいい大人二人を持ち上げるのはちょっときつい。


ふーっ ふーっ


くそ、これくらいカイなら余裕で持ち上げられるのに。それでも必死で膝に力を入れる。大人二人の中で小さく腰をまげてよたよたと歩く。


(レタ、…レタが悪いんだ)


レタに蘇生魔法を施してもらおうと領館の裏門まで来た。そこには誰もいなかった。レタ、逃げようなんて行って本当に逃げたりしないよな?


はあ はあ はあ


「わ…りぃ…」

「だっ だいじょぶ」


背中にのっている村人の体はどんどん重くなるように感じる。肩からぶら下がっている腕が視界を防ぐし、もう一人をひきずってるので後ろ向きにしかあるけない。


(なんで、レタ、逃げようなんて)


そんな追われるようなこと、俺達してないだろ?


はあ はあ はあ


裏口から居間へ通じる石畳を歩く、足が何かにひっかかり、もつれた。誰か休んでたのかな。


「うわわっ」


上にのっていた大人の人は横にずれおち、俺は誰かの体と俺がひきずってた人の間に挟まれる。


「すいませっ」


のっかってしまった誰かを見る。その人の体はやわらかくて、少し恰幅がよくて。その顔はつぶらな瞳の優しそうな目で。


「レタ?」


レタは動かない。俺がにらみつけた瞳は、今はうつろな色をしていた。


「へ?」


俺はレタの肩に触る。触れようとした手はべちゃりとそのままレタの中にふれた。


「へ?」


レタの肩から腹にかけて穴があいていた。


「―――レ…」


こんな、毒とはちがう、どうしてこんな。


「きゃああああっ!」


居間から悲鳴が聞こえた。サラの声だ。俺は半ば茫然としながら、レタ達をおいて居間へと走る。


「サンシオヌシュレット〔制裁の剣〕」


ヴンッ


詰襟の黒い軍服。居間の半ばに立ったその男の手から青白い熱線が発射された。


「ひっ ぎゃあああああ」


壁際には村人たちが固まり、震えながら熱線に貫かれる村人をみていた。毒から回復したばかりの村人たちは泣きながら突然の来訪者に恐れおののいていた。


「お前なんだ!」


黒い軍服に風刃を放つ。男は風刃をみると姿を消した。急いで村人たちの側にいるサラの下へかけよった。


「あらららら」


姿を消したはずの男は距離をとってもう一度姿をあらわした。この動き、ペガーソスか。


「君、黒髪だね?」

「お前誰だ!」

「僕?僕は竜王国の聖なる剣。サン・モーフィだよ!」


男は有徴に手をひろげ、変なうごきで頭をさげた。竜王国だと。


「なんで竜王国のやつが俺らを襲う!」

「え??しらないの?」


男は顎に指をあて、きょとんとしている。


「君たちは謀反人だから、一斉粛清されるんだよ?」


むほんにん?いっせいしゅくせい?


「難しー言葉つかってんな!わかりやすく言え!」

「えっ?ははっなに君!こんな時に!バカなの?!!」


男は腹をかかえて大爆笑し始めた。俺は男の首めがけて風刃をふるう。


「馬鹿じゃねえよ!」


男はもう一度姿をけし、


シュキイイイン


間近から俺の首にロングソードを振りかぶっていた。俺は咄嗟に短剣で受け止める。


「へえ」


男は飛び退り、間合いを取る。


「やるじゃん」


にやりと笑う。こいつほんとにむかつくな。


「まだ子どもなのにやるね、いいよ。わかりやすく教えてあげる。君たちのモンテ・クリストフさんはね、王様を殺したの。だから君たちは悪者の魔物なの。竜王国は正義のために君たちを皆殺しにすることにしたんだよ?」


笑いながら男は首をかしげる。


「父さんが…王様を殺した?」


サラが眉間にしわをよせて男を見る。男はにやにやとした表情を崩さない。


「あら君モンテさんの娘さん?」


「嘘よ…父さんはここを守るために嘆願にでたのよ!」

「あーそこね」


ははははっと男は笑う。


「嘘かほんとかなんてどうでもいいね。」


男はすっと掌をサラに向ける。


「それに僕の任務は、黒髪の娘を連れ出す事だから。サンシオヌシュレット〔制裁の剣〕」


やばいと思って、そいつの掌とサラの間に守護魔法を施し、サラをこちらにひっぱる。


ヴンッ


熱線は守護魔法を通り越し、サラの右の腰を貫いた。


「ひぃああああっ!」

「うわあああああああああああ」

「サラがああああ」

「ひいいいいいいいいいいいい」


村人たちは這いつくばって部屋の出口へとむかう。俺は倒れたサラにかけよる。サラの右の腹はレタと同じように穴が開き内臓がちぎれていた。サラはぴくぴくと痙攣している。


「…」


俺は無言でヒールをかけるが、どこから修復すればいいのか、ヒールは腕のかすり傷を治した。


「ふーん今の小規模だけど、ダラン・スペクルム〔竜の鏡〕だよね。」


男が何かをほざいている。


「君、女の子じゃないよねえ?」


サラは口からごぽりと血を噴出した。


「君の方が綺麗な黒髪だし、君なんじゃないかなあさがし者」


男ははぶつぶつ言い、腕をあげようとする。何言ってんだこいつ。


「ざけんなよ」


男の腕がふくれあがる。


「へ?」


男の体がふくれあがり、その血管が燃えるように熱くなる。


「いっあえっぎぃ」


燃え滾る溶岩なった血液が血管をひきちぎり、男の体は灼熱ににひび割れる。


「いぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


男の体はやぶれ、割れ目からマグマが煮えたぎる。


「ディアブロって言っていたか。その技」


俺は掌をそいつに向ける。わかる、お前がレタとサラに何を打ったのかわかるよ。


――――最適解演算。垂直方向のアルケーを回収し発進。エレメンツ雷――――


俺の掌から青白い熱線が燃え滾るそいつへと向かう。


ヴンッ


すでに炭化しつつあったそいつは消し炭になった。


「サラ…」


俺はサラをだきかかえ、裏口へ向かう。居間の裏の廊下には、変わらずにレタが倒れていた。俺がひきずってきた大人の人は、倒れたままぴくりともしない。


「………」


これからどうしたらいい?


「シ…」

「なに?」


サラが俺の目をみる、俺を労わるような目だった。


「サラ、大丈夫だから。」


カッ


領館の上にひろげていた守護魔法が、割れ、空が明るくなったようにかんじた。


「え?」


ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ



バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンンンンン



あたりが昼間のように明るくなり、爆風が巻き起こった。


「うわあああああああ」


爆風に飛ばされ、視界がぐるぐるとまわった。


はあ はあ


体を起こす。


ミシミシミシミシミシ


サラを、サラを担いでいたはずなのにサラがいない。


「サラ?」


ミシミシミシミシミシミシ


兵舎が、馬小屋が、領館が燃えている。建物が燃える音、叫び声、星が空からふってきていた。サラの手を放してしまった。サラ、どこだ?眩暈がする中、膝をつかんでたちあがる。視界は、炎に燃えている分少しあかるくなった。


「サラ!」


サラがいた。さっきいた場所だ、俺だけ飛ばされたようだ。サラ、サラの下へ走ろうとするが、足が思うように動かない。みると、右足の先が変な方にまがっていた。


「サラ!」


足をひきずっていこうとした。その時。


ドオオオオオオオオオオ ズズズッズズズズズズズ ドドドドオオオオオオオオオオオオオオオ


領館が、崩れた。


「―――――――」


俺達の育った領館は、いくつもの星がふりかぶさり、炎に呑まれていて、柱が燃え切ってしまったのだろう。ふきとぶ火の粉といっしょに何かが俺にふりかかる。俺は思わず自分の周りに守護魔法をほどこし、吹き飛ばされた破片から身をまもってしまった。鳴りやまない轟音と燃える炎の音。俺は、足をひきずって燃え盛るもくずの側にくる。水魔法でサラがいるはずの所を消火する。


ガタッ


「そこか??」


木の壁と石の壁がたたみ重なるように崩れている所から物音がした。魔法で壁をどかそうとする。


「っ」


声が聞こえてやめる。いたずらに動かすとまずい。一枚一枚どかすしかないのか。馬力をだしてふんばるけど、思うように持ち上がらない。木の柱をひっぱってきててこの原理でもちあげる。


「んっくううううううう」


持ち上げられなくても、ずらすことはできた。ずれた壁の下へ駆け寄り中に空いていた空間をのぞく。


「サラ!」


中ではサラがあおむけになってはさまっていた。木に触れている部分は焼けどし、やけた所から異臭がする。サラの綺麗な顔は変わり果てていた。


「    」


サラはぐったりして、かすかに開いた口から音はでなかった。その目は自分の胸元に向けられていた。


「なに?」


おれは空いた隙間からサラの足元をのぞきこむ。サラの下半身は倒れた壁や木でつぶされていた。


「大丈夫だ…サラはまだ大丈夫だ。」


慎重に一枚一枚、今度は魔法で動かす。焼けどした部分に、ヒールをほどこす。


ひゅーっ ひゅーっ


サラはかすかに呼吸をする。


「ぅ…」

「なに?」

「ぇ……」


俺はサラの首にかかっている笛をはずす。サラは、差し出された笛と、俺ををみる。


「ぃ……て」

「な」


サラはどこにそんな力が残ってたのか風魔法で俺をつき飛ばした。


ドオオオオオオオンンンンンンン


サラがいた場所は、さらに崩れ落ちた領館のもえかすにつぶされた。


「サラアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン


青白い炎をまとった隕石がせまってきていた。熱源がせまり、灼熱につつまれる。

サラ、何で俺を突き飛ばした?


「なんで…」


星は距離を縮め、視界を覆う。まばゆい光の中、肌が焼けていくのを感じる。終わりは目の前まで来てる。


「…んでだよ。」


生きて。と聞こえた。


「逃げろとか生きろとか…」


無理だって。俺だって逃げられねえよ。逃げるところなんてねえよ。

降りかかる星が視界いっぱいにひろがった。


(死ぬのか)


死を覚悟した、その時だった。周囲が発光し、光が収束していく。それはまたたくまに流体となり、銀色の何かになり、翼となり、そして俺の体に密着するように溶けだし、俺に混ざりあった。


「――――――っ!」


琥珀色の目をしたそれと目があった時、俺はそれと一緒にゆらめく光となった。


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