12話 無力
シュリ君不在、辺境伯サイドその後
勇者、魔法使い、聖女、ペーガソス。竜王国の起源となる物語が描かれたステンドグラスから薄暗い光が差し込む、壁には精美な木組みのタイル。玉座の間よりも一回り小さなシャンデリア。控えの間には皇帝が椅子に座って待っていた。
「陛下、まいりました。」
アグニを後方に従えて臣下の礼をとる。部屋はしんと静まり返っている。どうやら部屋には自分達と皇帝たち以外は人払いがされているようだ。皇帝の膝にはヴィ・ハンスが腰かけ皇帝にだきついており、皇帝は肘置きに肘をついて座っていた。
(まったく…馬鹿にするにもほどがあるぞ)
お二人は睦言の最中なのかぴったりとくっついたまま動く気配がない。人を呼び出しておいて、礼もくずさせないつもりか。しばらく待ったが一向に声がかかる気配はない。
ドサッ
背後で何かが倒れる音がした。
「?」
足元に流れるだくだくとした赤、そして年老いた手。
「アグニッ?!!!」
アグニが、倒れていた。その喉はすぱりと切り裂かれ、心臓は剣で刺し貫かれている。目は驚愕で見開かれていた。護身のネックレスが壊れている。この間で2回、殺された証だ。
「なっそんなわけが」
ヒールを施すが、胸を貫いている剣のせいか回復できない。アグニ程の手練れが喉を切られた瞬間まで気が付かないなんて。周囲には誰もいない。こんなことができるのは“聖剣”のみ。
「誰か!誰かきてくれ!!」
声をはりあげたが、妙に声が吸収される。
(防音結界か!)
反射的に突風を扉そしてすべての窓に放つがびくともしない。
(鍵がかかっている??!)
「陛下!!これは一体どういうことですか?!」
前方をみやるが、陛下はヴィ・ハンスを膝に抱き、頬杖をついた状態から動かない。
「……」
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩、十歩、十一歩、十二歩、十三歩。
(微動だにされぬ)
眼前の陛下は物言わぬ人形の様。膝の上に座り込んだヴィ・ハンスはうつろな目をしていた。陛下の胸には荒地の民による意匠が施された短剣が突き刺さっている。赤い布地が張られた椅子とその下の絨毯には時間が経過したのだろう赤黒い染み。
「……」
言葉が出ない。これは、この刀はなんだ。これではまるで
「辺境伯!!」
ドアが開け放たれ通り抜ける風。
「貴様、陛下のお側で何をしている!!!」
先ほどは頑としてもあかなかった扉から、数十人の近衛兵が押し入っていた。
竜王国の王都は城壁に囲まれた城塞都市である。王都は周囲を崖と河岸で囲まれた小さな山を基にして作られており、頂きに王が住まう王宮、皇后が住まう皇后の宮、側室が住まう別宮、そして星の使徒が研究施設を置く英知の塔がある。
町を見下ろすことができる広場には、王都にすむ竜人たちが集まっていた。城下町の食堂や鍛治屋、洋服店、宿屋、様々な職業につく普段は温厚な竜人達は、今日に限っては怒声をあげ台座にむけ石を投げつけている。今日は唯一彼らが怒りを面に出すことが許されている日だ。
「あれを見ろよ」
「悍ましい…」
「あんな奴が伯爵だったのか?」
先ほど飲まされた薬のせいか体は自分の意志を無視して歪に変態している。体中、顔面まで斑に羽毛で覆われ、目は半分瞼を猛禽類のそれにしている。不自然な筋肉の変化に顔がひきつっている。羽毛は血で汚れかたまり、顔も血とやにがこびりついている。
一糸まとわぬ姿で鉤爪に足枷をつけられ、両翼を鎖で広げられる。今のこの姿は、竜人たちからすればさぞ魔物らしいのだろう。投げられる石や両翼を貫く拘束具の痛みはない。ただ中途半端な変態とこの3日間うけた拷問のせいか聴覚と視覚がまともに働かなくなっており、妙に周囲が歪曲したり、明るすぎたりする。台の下には、人、人、人の顔。
「騒々しい…」
英知の塔、最上階の一室からは、広場を見下ろすことができる。昔は光の塔と呼んでいた八階だてのこの塔は一見簡素な石造りだが、竜のブレスにも負けぬ様何重にも結界が張り巡らされている。
「すみません…遅くなりました…」
肩をまるめて入ってきたのは黒いローブに身を包んだ男だ。神経質そうな目をぎょろぎょろとして自分の席を探し、末席を見つけるとそっと座った。
「全員そろいましたし、始めますか?」
切りそろえられた白髪が涼やかな男は柔らかな物腰で宰相を促した。
「そうですね」
イニ・ルベンは杖を動かし体を回すと、ぐるりと長方形の机を取り囲む面々の顔を見る。王座をあけて右から皇后、自分、財務大臣、副将軍、星の使徒主席が座っている。今日はみな、竜王族の喪服である白い喪章をつけている。王の死から3日。内々での葬儀を済ませ、残るは罪人の処刑と処罰、そして国葬の前にこれからのことを決めなくてはならない。
「皇帝陛下が崩御されたばかりではありますが――、国法では、王の死後1年間は喪に服し、その間の執務は次期王位継承者が御前会議で審議をし、取り仕切ることとなっています。次期王位継承者とは、皇帝陛下が指名された場合をさします。」
そういって着席する。
「皇帝の指名がなかった場合は?」
桃色の長髪が麗しい男が尋ねる。
「亡皇帝の御前会議が直系の血筋の方の中から審議します。」
「でっでも将軍は先帝と辺境伯のお二人がいらっしゃった事で実力に見合う方がいらっしゃらず空席、賢者と法務大臣は宰相様が兼任されていますねっ」
最後にやってきた男が確認する。そう、御前会議の席に着くべき役職を持つ者は宰相と財務大臣の二人しかいない。
「賢者の席は本来星の使徒の主席と同席です。私が宰相をしているので空席にしていましたが。将軍にかんしては副将軍をお呼びしたのはそのためです。」
「ふーん、俺じゃなくてサン・デボラでも良かったんじゃないの」
桃色の髪の男、副将軍のレイス・ファン・オーエンは聖剣の筆頭騎士の名をあげる。
「まあまあ、今回のメンツは、実情を照らし合わせてということでしょう、わたくしは構いませんよ。」
場をとりなすのは白髪の財務大臣、ジュゼ・エメルダ・アーヴァイン伯爵だ。
「…異議なし」
星の使徒主席サプ・コクトーも同意を述べる。皇后クラーラはにっこりと笑って頷いた。
「次期王位継承権を持つアヒム殿下とルードヴィヒ殿下はまだ若い。アヒム殿下の成人まで最低4年ある。その間の御前会議、次期王位継承者の代行をどうするか。」
魔物の本性を露わにした辺境伯の手により、皇帝陛下は次期継承者を指名しないまま崩御されてしまった。ふさわしい者がいない以上、代行の席は空席のまま御前会議が執務執行する事となるだろう。これまでもあの皇帝はお飾りにすぎなかったが。
「少々確認があるのですが。」
「何か?」
ジュゼは、目の端を細め、穏やかに切り出した。
「次期王位継承者の方はおらずとも、皇帝陛下の代理権限を持つ方、公印を持つ方ならいらっしゃるんじゃありませんか?先帝陛下ですが」
「…そうですが、先帝陛下は病床に就かれて長く難しいかと思われます。」
先帝陛下はこの十一年間、夢と現の境をさまよっている。
「そうですか…」
「でも、同じく公印を持たれている方なら皇后さまもいらっしゃいますよね?」
コクトーが事実を補足した。
「確かにそうだな、王様が空席の間は皇后さまの主導でもいいんじゃねーの」
レイスが机に身を乗り出し、クラーラをにこりと見る。クラーラは扇子を広げ口元を隠し、ルベンに視線を送る。
「公印を持つ方を次期王位継承者が決まるまで、代行の代行とするという事ですか…」
それはこの先4年間はクラーラが皇帝の代行を行うということ。ジュゼがそれを許すはずがない。貴族院の代表でもあるジュゼは側妃側の人間のはずだ。会議は一時沈黙に包まれた。
「よろしいでしょうか。」
クラーラが開いていた扇子を閉じた。一同がクラーラに注目する。
「私は隣国から嫁いだ身。今は竜王国国民ですが、このように皇帝陛下が崩御された中でわたくしが代行を行うとなれば、妙な詮索をされる方もいらっしゃるでしょう。それに私自身、それに見合う器とはいえません。」
クラーラは少し言葉を切った。
「わたくしは、公印を持つ者として印を押すかどうかの決定は致しますが、その過程では私たちで御前会議をもち皆さまから知見をおかりする、というのはいかがでしょうか?」
皇后は儚げにしなをつくり、4人に視線を配る。
「いいですね、賛成です」
「俺も賛成。」
ジュゼとレイスはまるで分っていたかのように賛成の意を表した。コクトーはルベンの意見を待っているのかちらちらとこちらを見ている。
「…よろしいかと」
「ぼっ僕も、賛成します」
「無力な女ですので、皆さんどうかお力をお貸しくださいませ」
(どういうつもりだ?)
これまで政治は実質皇帝を通してルベンが取り仕切ってきた。しかしこれより先、決定権は皇后クラーラのものになる、それも決定権だけの中途半端なものだ。全員が同じ立ち位置となれば、ルベンの力のみが弱まり、貴族院の指示する第二王子派、軍部と星の使徒に権威が分配されたようなものだ。側妃派の力を強めるようなこの状況を皇后は何故作り出したのか?
「それじゃあさっそく、アルルカン砂漠に面する領地の扱いですけれど」
クラーラはジュゼ、レイスの方をたっぷりと見た。
「次期領主は、アーキエフ・ファン・ユルゲン伯爵に委任されてはどうかしら」
「異議なし」
「異議なし」
クラーラが名前を挙げた伯爵は貴族院の中でもヒュッター家に次ぐ家名である。副将軍のレイスの親戚でもある。
「…あちらに住んでいる民たちはどうするのです?アーキエフ伯爵が彼らを上手く扱えるとは思えませんが」
「それがアーキエフ伯爵の最初の仕事になりますわね。」
聖女、と呼ばれる皇后の提案に意を唱えるものはいなかった。
「モンテ・クリストフ、何か言い残すことはあるか」
耳鳴りのせいで声が妙に遠くから聞こえる。黙っていると首を上からひっぱられ、視界が上にあがった。ざりと粗目の木枠が首にはまる。
「この男は領主として、贅の限りを尽くしていたにも関わらず、凶悪な魔物をあがめていた!そして第一王子陛下に怪我を負わせたのだ!情け深い皇帝陛下は恩情をかけられた。しかし、その陛下を側近のペガーソスとともに誘い出し、監禁し、残虐にも刺し殺したのである!」
「気狂いめ!」
「首をおとせ!」
「化け物を殺せ!」
「魔物め!」
「本性を現したな!」
人々の怒声はおさまらない。ゴミや石が顔や体にぶつけられる。嘲笑する目、狂喜する目、憎悪する目。興奮した者達が早く首をおとせとはやす。
(首か)
首が落ちる瞬間を今まで何度も見てきた。何人もの首を落としてきた。兄と父を殺した時、早く自分も死にたいと思った。ついにその番がまわってきたのかとどこかで安堵している。
処刑人が一枚の紙を受け取り、手をあげる。群衆は静まり返った。
「王城からお達しがあった。この男の罰は死罪!首を落とし、城門にさらし首とする!」
人々は喝さいをあげ、拍手をする。
「魔物をあがめ、王子を傷つけ王を殺した者を竜王国は許しはしない!王城は国軍を送り、辺境地にすくう魔物どもを粛清する!」
(粛清だと?)
首をねじまげ、処刑人の男を見やる。男はゆっくりと斧をふりかぶっていた。その顔には何の感情もない。荒地に住まう者達のことなど何も知らない。サラ、サラが待っているというのに。
「やめっ――――――
抵抗の言葉は最後まで発せられることなく。ひときわ高い歓声があがった。
書きながら辛かったです。
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