10話 報せ
伯爵がいない、ダンもいない。王子達が村に来た日から二ヶ月、今朝の村は少し変だ。
「元気出せよエダマメ、ほらこれ持って」
ダンに置いていかれエダマメはしょぼくれている。鷹小屋の掃除が終わり、掃き集めた羽毛を渡す。
「アホ…」
いつも殴られたり怒られてばかりなのに、主人がいないのは心細いのだろう。エダマメは大きな耳を垂れ下げ、羽毛の詰まった袋を担ぐと機織り場へもっていく。
(伯爵がいなくなったら俺もああなるか?)
いやならんな、あんな爺さっさとくたばれ。そんでサラが後をついで、平和でよく稼ぐ領地にしてもらうのだ。今日は雨季で最後の新月、明日は最初の「涸れ」の日だ。これからこの村は本格的な乾季になり物資の入手が難しくなるので、今日は備蓄の確認をする。領館に近づくと、カイの声が聞こえた。
「だから!何かあったらどうすんだよ!」
うおっ、カイ怒ってる?ここはレタがよく領民の治療に使っている部屋だ。レタとカイが睨みあっている。レタは無言でカイをみつめ、何も言わない。
(うほっ)
「シュリ、」
「ひぇっ」
「いつからそこにいた」
「いっ今だけど」
レタと睨みあったままのカイがいきなり話しかけてきた。お前こそいつ俺に気づいたんだよ!
「…気付かなった…」
カイはレタから視線をはずし、うつむいた。なになにお前までしょぼくれてんの?レタが表情を和らげて俺を見る。
「ちょうどよかった、シュリ?」
「なに?レタ?」
「カイとメリリャ村までお使いしてきてくれない?」
「へ??何を?」
「解毒薬の材料でちょっと在庫が少ないのがあってね、これから鉄サソリがでるから心配で」
「そっか。じゃあ今日は他の物も在庫確認するから明日でいい?」
「早い方がいいんだけど…」
レタは少しこまり顔だ。鉄サソリは乾季に大量発生する。でも解毒薬自体の在庫はまだけっこうあった気がするけど?
「明日だ。どうせ行くなら他の人からも必要なものがないか確認した方がいい。」
俺がぼーっとしてたら代わりにカイが答えた。カイとレタが睨みあう。なんなの今日の二人??
「そう。わかりました。必ず明日お願いね」
レタがため息をついた。カイは廊下に出てくる。
「シュリ、在庫確認に来たのか?」
「あっそうそう!カイ手空いてる?一緒にする?」
今日のカイはなんか変だ。ぴりぴりしてる。俺はちょっと気をつかいながら話し、在庫確認はカイが、買い付け品の聞き取りは俺がすることになった。俺は炊事場からお湯をもらってサラへと向かう。サラは伯爵様の執務室にいた。
「サラ、今いけますか?」
サラはダンの机に座り額を抱えて書面を呼んでいた。机の上は書類の山だ。
「ん?はい。大丈夫ですよ~」
へらりと笑ういつものサラだ。でもその目の下には隈ができている。
「…ここ数日領宛てに届いてるはずの書簡がまるっきりなくて…。ダンってばなんでわざわざ今日視察にいっちゃうかなあ」
口をへの字に結び、手に持っていた書面を封筒にもどす。
「珈琲呑む?」
「たのみます!」
「はいはい」
ポットに入れたお湯を注ぐ。ちらりとサラを見るとサラは次の書簡に手をつけはじめていた。
(息抜きになってねえじゃん)
王子一行が村に来てからサラは変わった。前から勉強熱心だったけど今は熱心というより必死だ。これまでの教養に加えて、政治とか経済の資料もかきあつめて読むようになり、ここではできることが限られてるから太陽の帝国にある学院とやらに行きたいと話していた。
「はいどうぞ。サラ、メリリャ村で何か売り買いしてくるものある?」
「ありがと、今資料さがしてるとこなんだけど…売る物なら機織り連のおばさん達の所に確認してもらったら仕上がってるよ。村の共有物とか遠見隊の在庫の最終確認はダンがしてたから、数があってるか一度世話役の人達に聞かなきゃ…」
「それだけわかったら十分だよ」
「ごめんね、領主預かりなのに…」
「何言ってんだよ、ほんとはダンの仕事だろ?サラはべんきょーしときゃいいんだよ!」
にっと笑ってやるとサラは少し笑った。
「…そうはいかないけどね」
サラの首には族長の鷹笛がかかっている。族長の鷹笛は伯爵の物だが、自分が領地を離れている間サラに持っているようにと伯爵が預けた。その間、伯爵の代行はダンの役目でサラはそのサポートだったはずなのだが、今日に限ってダンがいないのでサラは朝から大忙しだ。
「早く連絡こないかな…父さん」
サラはかなり心労になっているのだろう、それもこれも一か月前に来た王都からの報せのせいだ。
第一王子が王都に帰った二週間後、辺境地に王都から報せが来た。
「第一王子アヒム・バルトル・ランスロット殿下 罹患
/国家回復師 祈祷ニカカワラズ グリフォンノ ノロイニヨリ 右腕欠損
/モンテ・クリストフ伯爵 騎士ノ責務 放棄
/因ニ 領地トリアゲヲ 申シ渡ス」
報せの最期には皇后陛下の認印がおされていたらしい。サラの話によると、王子は王城に帰還後あの時の傷が元で右腕を失うことになったらしい、偉い人がそれをグリフォンの呪いと言ったそうだ。
「領地とりあげって?俺らすめなくなんの?」
「ふつう領民はそのままだけど…今回はいろいろありえないっていうか…」
領地取り上げという決定が皇帝ではなく皇后の印で、使者もなく書面で来るというのはありえないらしい。第一王子は皇后陛下の御子だ、これはもしや息子が怪我をしたことで取り乱した皇后の強行で正式な決定ではないのかもしれない。もし仮に領地取り上げが真実だとしても、では誰が辺境地を治められるのかという問題がある。
先の戦争後、伯爵が先帝からこの地を賜ったのは武功のためだけでなく、この地に住むのが荒地の民であり、またこの地の風土が荒地の民でなければ手にあまるという理由でもある。伯爵はアグニと少数の戦士をつれ、皇帝に拝謁するため王都へとたったのだった。
「おつかれさん」
「おー、ムルチ、シュリ」
ムルチはシュリと共に、南の砦へ真夜中の見張りに来た。今日が終わろうとしてる。
「変わりないか」
「ああ、静かなもんだ。くあー眠ぃ、後は頼んだぜ」
「おう、ゆっくり寝てきな」
鷹人のヤムとロタは、解放されたように肩を回しあくびをしながら下へと降りていく。シュリは足元のランプに新しく火を灯してくれる。小さくなっていた灯りは息をふきかえし、足元でゆらめいた。
「南たのむな」
「うす」
砦の見張りは二人一組で行う。櫓の北には神殿と領館があり、西側には領民の居住地がのぞめる。今日は新月なのでいつもより闇が深い。
「明日、メリリャ村にいきます」
「そっか、シェリーちゃんによろしくな。」
なじみの店の看板娘のシェリーちゃん。あっちの国の娘さんらしく奥ゆかしくてかわいいんだよな。
「…うす。」
シュリはげんなりした様子で答える。声変わり前の声が闇夜によく響く。
「ポールにな、こっちへ来るように鷹をとばした」
伯爵がアグニと王都へ立ちもう一ヶ月だ。とっくに王都はついているはずだが今だに連絡がない。
「王都に行くんすか」
理解が早くて助かるわ。
「ポールと留守番たのめるか?」
「…うーん…ダンもいないし、」
「俺がいないと不安か?」
「…そうっすよ」
茶化したつもりが、案外素直な言葉が返ってきて笑ってしまう。吐く息は白い。
「もし、何かがあったら誰が俺らをしきるんすか」
「痛いとこつくねえ」
伯爵もアグニもいない状態では、戦士達をまとめるのは俺の仕事だ。二年前の荒神祭で俺はシュリに負けた。シュリは最近では、遠見隊で接近戦時の囮役を担っているらしい。末っ子のこいつが隊で一番危険な役をしてるとエッボから聞いた時は何やらせてんだと怒ったが、本人から買って出たらしい。
―俺は、ムルチに勝った最強の戦士だから、怖くない―
奴隷のガキが調子に乗ったら困ると役割を渡ししぶっていた周囲も、自負とも意地ともとれるシュリの言葉にやらせてみるかと思ったらしい。そしてシュリはその役目を果たしている。命がけだ、こいつは命がけで自分の居場所を守っている。そんな戦士が頼りにしてるのが俺とはな。まいったねえ。
「しょうがねえな」
正直アグニや伯爵の代わりに戦士達をまとめるというのはかなり重荷だ。一人で王都に飛ぶ方が気楽だろう。
「いっそみんなで逃げるか」
「えっ??」
「王様がとりあげるっつーなら、こんな何もねーとこくれちまってよ。みんなでルーメンで傭兵でもすっか」
エンベル山脈の向こうにあるクルヌギア人達の都ルーメンは傭兵業が盛んらしい。クルヌギアは亜人や人間が多く住んでいて俺達魔族でも小金をつんだら住民として認められるらしい。
「ここにいる全員って…一個師団ですよ」
シュリが唾をのむ音がする。
「おうよ。多いほうが喜ばれるだろ」
「ダンはどうすんすか」
「置いてく」
「…エダマメが泣く」
「伯爵とアグニにも教えねえ、帰ってきたらあんのは砂漠だけよ」
「へへっ」
俺がこどもの頃はまだ戦争中だった。この村には女と年寄りしかいなくて。その時は今みたいに木や石の建物もなく、うっすい布のゲルで毎日震えながら寝たのを覚えてる。女達に抱きしめてもらってようやく寝ることができた。あの時はなんでわざわざこんな場所で生きなきゃなんねえと空飛ぶ鷹が羨ましかった。男達が帰ってきてヤシューカが産まれてシュリ達みたいな弟分達ができた。この村は今、豊かだと思う。
「シュリ、毛はえたか」
「またそれっすか」
「どうなんだよ」
「…」
まだか~。大人顔負けの戦闘能力と仕事っぷりのくせにまだしっかり子どもなんだよなあこいつ。
「カイは生えてんのになあ」
「なんで知っ」
「馬人は成長が早いからな」
「…どうやったら生えんすかね」
「愛だな、愛。愛するんだよ」
「なんすかそれ」
ふてくされた声がする。わかんねえかなあ。
「お前サラとかどうなんだよ」
「へえっ??!」
「サラ可愛くなったじゃん。体つきもうまそうになってきたしな」
サラとシュリとカイの関係は見ていて面白い。ちょっと前まではサラお姉ちゃんで二人は弟という感じだったが最近はカイとサラの距離が近いように見える。カイは性格はちょっとあれだが見た目はかっこいいしな。
「うまそうって…サラのことそんな目でみてるんすか…」
「おれはね身分とか性別とかは関係ねえんだよ。愛があればいいの。お前から見たらサラってどうなん」
「綺麗だなとは思いますけど…」
「けど?」
「…わかんないす。」
こいつ考えるのやめたな。カイはこういう時割とさらさら言葉にしてくれる、いじわるな見方してんなと思う時もあるが面白い。シュリは駄目だな、脳筋で語彙力がねえ。
「だからよ、触りたいとか、ドキドキしたりとか、いい匂いがしたりとか」
「いい匂いはする」
良かったーその感覚はあったかあ。末っ子の人間らしい感覚が引き出せてほっと息を吐く。息をすうと空気が冷たいせいか肺がピリッとした。
「俺はさ、」
シュリに愛が何か教えてやんねえとな。深く息をすって続きを話す。
「そういう感か――」
肺が鞭打った。体に異物が入った。
ゲッエホッ ゲホッ ゲホゲホッ
口を抑える。ぬるりとした感覚がある。目がかゆい、目をかく。体が傾く
「ムルチッ?!!何っ??どうした??」
ムルチがいきなりせき込み、背後でしゃがみこんだのを感じ、シュリは慌ててムルチの肩をつかむ。
「シュッ―― ゲホッ 毒――。鐘を――…。」
ムルチは目と口から吐血していた。
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