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9話 悪神

 突如ふきあれた砂嵐と雷鳴に、近衛兵はある者は飛ばされ、ある者は子グリフォンを縛り付ける縄に逆にしがみついた。


「殿下っっっ!!!!」


巻き上げられる王子に降りかかる黒い塊。アンジェは転移し王子をかき抱く。黒い塊は魔法の縄を引きちぎり、自らの嘴にわが子を取り戻した。その嘴は赤く濡れている。


「っ――ぁっ!」

「アンジェ!」


地にたつハーゲンの隣へ戻ってきた王子とアンジェ。アンジェの左肘から下は食いちぎられ、赤い肉と骨をみせ力なく垂れ下がっている。


ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ

《勇者の子孫共かっ わが子に手をかけたな 生かしてはおかぬ!!!》

ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ


広げられた両翼はゆうに十m、王子たちを見下ろす荒神は怒りでその羽根を逆立てている。子供を助け出したグリフォンは、尻尾にわが子を巻き付けると自らに害をなする者達を恫喝する。


(来た―――)


シュリ達四人は息を潜めて荒神から一定の間合いをあける。伯爵、アグニは目をみあわせる。


(隙をみて王子とグリフォンを引き離すぞ)

(こうまでお怒りになられては…手遅れやもしれん)


ムルチは二人の指示に頷きつつも小さく舌打ちする。神を怒らせてしまった。間に入るのが遅すぎたのだ。


「魔物のくせに!兵よひるむな!」


王子に指揮をされ竜人たちはグリフォンにむかって攻撃魔法や攻撃補助魔法を行使する。ハーゲンが両手で魔方陣を描き、グリフォンに向かって放つ。


「メア・ブラストン〔重力負荷・中級〕!!」


ギュルルルルルルルルウウウウウ


しかし、砂を巻き込みあたりを暗くする風のうなりは、ハーゲンの魔法をも吹き飛ばす。


「くっ、近衛兵!行け!!」


遠隔攻撃魔法が効かないと解ったハーゲンは、巻き上がる砂嵐も気にせず近衛兵を突入させる。


(馬鹿な、こうなって荒神の支配下だというのに)


戦法も考えない愚行にアグニは顔をしかめる。


「「「うっうおおおお!!!」」」


兵達は雄たけびをあげ風の渦にとびこんでいく。


《愚かな…》


ドオオオオオオオンン

ガッシャアアアアアアンンン


砂塵嵐は、砂は身を切る刃となり、渦の中いたるところが放電している。雷撃は兵士たちにふりかかり、刃が露出している肌を傷つけ、鎧を砕く。なんとか嵐を耐え忍ぎ中心へと入り込んだ兵士たちも、


ひいいいいぃいいぃ!!

やめてくれええええぇえええっっ!!


ひきちぎれた血しぶきと肉塊、誰かの腕や足が吹き飛ばされていく。中には顔の断片のようなものもある。


「あの中には入れんな…」


嵐を前に、シュリ達は息をのむ。罪のない雛を巣から追い立て翼を傷つけた者達への神の怒りは深い。


「お前ら!!何をのろのろとしている!!奴をどうにかせんかあっ!!」


ハーゲンが唾を飛ばし、顔をゆがめて叫ぶ。近衛兵がほぼ壊滅してしまい、グリフォンに遠隔魔法が効かぬことに気がついた王子側は伯爵たちに指揮を放り投げた。


「砂塵嵐を起こされてしまってはかの者の天下です!いったんこの場は離脱したほうがよろしいかと!!王子を囲んでこちらへ!!」


そもそもは王子たちが起こしたいらぬ災いである。シュリ達はアイコンタクトをとると、王子たちがいる地上へと一旦おり王子をダイアモンド型に囲い砂漠へと飛ぼうとする。しかし、王子に狙いを定めたらしいかの者は子供を台風の目の中心におき、急降下して来た。


「アンジェッ助けてッ」

「殿下…すみません…もはや転移する力が…」


王子は瞳に涙を浮かべてペーガソスに抱き着く。アンジェ自身もかなりきついのだろう、肩で息をし王子を抱きしめる。これはまずい。ムルチは変態をとき両腕で刀をかまえる。


ギアアアアアアアアッアアアアッ


「ぐうううううううッ」


荒神の嘴をムルチの湾刀が受け止める。村に伝わるグリフォンの嘴から削り出した湾刀である。


《荒地の民が我に刃をむけるかっ》


目と鼻の先での鍔迫り合い、血走った神の瞳ににらまれる。


シャァアアアアアッ

ッガッ ッガキィイインン


振り下ろされるかぎ爪をアグニと伯爵が両サイドから受け止める。


「シュリ!!上を守れ!!!」

「はいっ!!」


アグニに命じられ、シュリは上空にあがる。暗雲たちこめる空が白く明滅した。


(やばいっあれか!!!)


シュリは咄嗟に、ハーゲンが王子に守護魔法を施していた瞬間を思い出す。悩んでいる暇はない。空はもう一度白く輝いた。シュリの瞳が赤く変わる。とたん、シュリは自分の周囲に星のように発光するエネルギーが存在していたことに気が付いた。


――――周囲のアルケーを回収、最適解演算、上空に直径十五m円形で展開。対アルケーとエレメンツ風雷反射――――


周囲に浮かんでいた発光するエネルギーが収束し、青く光り輝く魔方陣が、傘のようにシュリの頭上で広がる。その大きさは、ハーゲンが王子に施したものをゆうにこえ、より複雑な紋様を表していた。


ガッシャアアアアアアアアアアアアンンン


明滅する空、雷撃が伯爵もろとも王子を襲おうとした。しかしその傘が雷撃をはじき返した。雷撃は上空に霧散した。


(やばっ)


シュリはあわてて刀身に自分を移す。瞳は元の色に戻っていた。この高さなら自分の瞳の変化に気づく者はいないだろう。シュリは足元のアグニを見る。アグニ達はシュリの方には注意をむけず、グリフォンの猛攻を変わらず受け止めている。グリフォンとアグニ達三人は互角の争いをしている。頭上からの攻撃を恐れないならば、シュリ一人分の勝機がある。


(どうする??グリフォンをやれるかもしない…)


シュリは正直、他の領民たちほどグリフォンへの信仰心はない。自分の生殺与奪の権を握っているのは伯爵であるし今まで生きながらえたのはシュリ自身の努力やカイやレタという家族のおかげだと思っている。


(でも…)


シュリはグリフォンの背後からアグニにアイコンタクトを送る。アグニ、伯爵、ムルチと目をあわせる、アグニはちらりとシュリの向こう砂漠に視線をとばす。


(作戦実行か…)


このままじりじりと鍔迫り合いを続け、どうにか王子たちから引き離し、怒りを治めてもらいたい…そんなに上手くいくだろうか。シュリは焦燥感に駆られながらも、囮役となるため長剣の鍔に手をかける。ふと王子たちの方へ目をむける。


(ん??)


王子の傍らには、いつのまにかアンジェを抱く何かがいた。詰襟の黒い軍服、2m近い体躯に褐色の肌、黒い髪をオールバックにしているその者はまるで影のようだ。アンジェのうなじに顔をうずめていた男と目があった。


「何を遊んでいる。」


その言葉は間違いなく、シュリに向けられたものだった。ハシバミ色の瞳と目があった瞬間、ぞわりと悪寒が走った。


「まったく」


男はゆらりとゆらめくと、次の瞬間にはグリフォンの背後にいた。ムルチは突如現れた黒服の男に目を丸くする。


「いかん!!!ムルチ、距離をとれっ」


アグニはとっさに状況を理解し、叫ぶ。男はぶすりとグリフォンの背中から、心臓のある位置に適格にロングソードを突き刺した。


ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


剣は半分ほどグリフォンの体に刺さったようである。しかしグリフォンの強靭な革はたやすくは剣を通さない。中途半端に串刺され、グリフォンはのたうちまわる。


《きっいいいいい まがいものがああああああ》


ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッギアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「五月蠅い。―――ディアブロ〔火葬〕。」


ブチブチブチブチ


グリフォンが膨れ上がる。肌はマグマのように赤く光り、否、マグマそのものへと変化する。


ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッツツツツツツ

《ゆるさんんん ゆるさんぞおおお…》

アアアアアアアアッギアアアアアアアアアアアアアアアアアアツツツツツッッッ


絶叫をあげ、グリフォンは内部から焼きあがった。巨体が焼ける異臭が周囲に放たれる。膨れ上がり、血管から流れ落ちるはずの血は溶岩のそれである。グリフォンはもっとも最初に火がついたのであろう、心臓から徐々に灰となり、炭化し体の形を崩していく。そして、


バサバサバサバサッ  ドサッ


もはや飛ぶ力をなくしたグリフォンは地に墜ちた。



 「くそっこのっ!この化け物が!!」


 両翼をもがれた子グリフォンを王子は目を血走らせ何度もきりつける。


「殿下、お情けを…、まだこどもです」


目の前で親を焼かれた子グリフォンは虫の息である。抵抗もできず声もでなくなり反撃もできない。王子のむごい仕打ちにアグニが思わず声をかける。しかし王子の耳には入っていないようだ。


(いっそあの時ひと思いに殺しておけば…)


シュリは、自分をけりあげる皇帝を思い出した。人形のようだった王子の瞳は常軌をいっし、興奮している。子グリフォンに傷つけられた傷口から血が流れている。


(え??)


シュリは目をみはる。王子の血は、黒色をしてた。


(竜王族の血は黒いのか?)


したたりおちるそれは、血のようにみえる。その色は異様なまがまがしさを秘めていた。


「殿下、よろしいでしょうか」


動かなくなったグリフォンを凝視していた王子に、あの男が声をかける。


「なに?」

「応急処置はほどこしましたが、アンジェの状態が危険です。」

「あ…そうだ!アンジェ、大丈夫??」


男の言葉に我にかえったようで、王子は子グリフォンを放ってアンジェによりそった。


「はい…。この度は、ふがいなく…。お手から血が…」

「これはめいよの傷だよ。ここにはハーゲンとダビがいてくれるから、アンジェは先に帰ってて」


王子はアンジェに抱き着く、すると二人の体が光り輝き、光の粒が王子からアンジェへと流動する。アンジェの欠損していた右腕が再生した。アンジェを見つめる王子の目は優しい。


「殿下、もったいなきことを…申し訳ございません…」


アンジェは涙を流し、血を流す王子の手に口づけると姿をかき消した。

アンジェが消えると、空気がいくらか落ち着いた。ハーゲンは残った兵達と共にグリフォンの巣へ向かう。


「貴様、一体どういうつもりだ」


ダビ、と呼ばれた男が伯爵ににじり寄る。アグニは膝をつく。


「サン・ダビ…ヴィ・アンジェはわざわざ聖剣を呼ばれたのか」


シュリとムルチはアグニに習い男の前に跪く。伯爵は立ったまま会話している。


「わざわざとはなんだ、貴様グリフォンに魔法が通用しないことを知っておきながら黙っていたのではないか?」

「…まさかそのような。かの者の討伐は王子自らが望まれたこと…我々はお諫めしましたが…。王族の懐

刀である聖剣の方にご足労願うほどの事であったかどうか…かの者をくい止めていたのは我らであること、目にされていたでしょう?」

「あの程度の魔物を一瞬でしとめられんほど脆弱なのか??辺境伯も落ちたものだ」

「…あの程度の魔物?」


伯爵は唇をかむ。後方では、グリフォンの巣をあさる兵達の歓喜の声が聞こえる。ムルチの拳が震えているのがシュリの目に入った。その視線の先には、黒くやきこげ骨をさらすかつてのグリフォンと、地にふす子グリフォンがいる。ものいわぬ遺体となってしまった荒地の神。


(…荒神が…)


どうしてこうなってしまったのだろう。鷹狩りを見せるだけの話だったはずなのに…荒地の民が何をしたというのか。


「ダビ、伯爵をおこらないで。」

追及を止めたのは意外にも王子であった。


「私も知らないで失敗して怒られることはある。アンジェはそんな時こういうぞ、下がまちがえに気が付かない時は、上が正しいことをすればいいって」

「それは…ご立派なことです。殿下。では何を正されますか?」

「そうだね、ハーゲン!そっちはどう?」


王子は、巣の様子を見てきたハーゲンに尋ねる。


「金や火石、光石などかなりの魔石をため込んでましたね。兵の補充に使えそうです。これでグリフォンの心臓があれば完璧でしたが」


ハーゲンはちらりとダビを見る。ダビは涼しい顔で何も言わなかった。


「そっ、よかった。みんな疲れたでしょ、もうもどろ?」


陽はすっかり落ち、時刻は夜である。


「それはそれは…、すぐに晩餐のご用意を…」


ダンは王子の無邪気な言葉にほっとする。


「うん、お願い。みんなでこれ食べよ」

「え…?」


王子は子グリフォンの元まですすみ、乱暴にその頭をつかむ。


「食べれるよね?」

「つっ!!!」

「ムルチ!!シュリ!!」


二人は思わず王子に詰め寄りそうになった。しかし、アグニが二人を止める。


「素晴らしい案ですね」


ダビが王子の言葉に片頬をあげる。


「おっ、王子それだけは…わっわが村は…その者を神とあがめる者たちもおりますので…」


伯爵は顔面蒼白となって懇願する。


「神?神って…あはっあははははっ!」


王子の楽しそうな笑い声が峡谷にこだまする。ひとしきり笑うと、王子は伯爵の手を握る。


「かわいそ、よほどこれが怖かったんだね。もう退治したから大丈夫だよ?」


その声は赤子に語り掛けるかのように慈愛に満ちていた。


 

 荒神が死んだと聞いた村人たちはそれぞれ家の扉をしめ喪に服した。領館だけはひっそりとした闇の中、宴の明かりをともしていた。客間では王子を中心にハーゲンとダビが両脇に、伯爵とダン、アグニが席についた。食卓にはグリフォンを食材としたもも肉の揚げ物、胸肉のソテー、脳髄のスープ、腸の肉詰め、内臓の煮物が並べられた。王子はグリフォンの血を満たした杯をかかげる。


「竜王国の繁栄に」


 赤い液体で唇を濡らし王子は微笑む。鉄の味が口いっぱいに広がる。伯爵はグリフォンの巻き起こした暗雲が、今まさに領館の空を覆っていくように感じた。


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