8話 鷹狩り
宴も終わり、王子一行と伯爵、ダン、アグニ、ムルチ、シュリ、そして数人の戦士は村東の放牧地に来ていた。
「こいつがわたくしの鷹、マタルでございます。」
「でかいな!」
マタルは村でもっとも大きい自慢の鷹だ。両翼を広げた姿は2mほどもある。マタルは王子が触ると胸をふくらませ、丸い目をぱちぱちと動かした。
「ハーゲン、お前が連れて帰った鷹の倍はあるな」
ハーゲンと呼ばれた軍人の男はにこりと笑ってこたえる。
「さすがにこのサイズの者を連れて帰りますと城のものが驚いてしまいます。」
「はっ、貴族たちは軟弱だからな!」
アンジェとハーゲン、その後ろに近衛兵たちが、王子の上半身ほどもあるマタルが王子を傷つけはしないかと緊張の面持ちで見つめていた。護衛兵や侍女たちは少し離れた場所から見守っている。王子は腕に革張りのグローブをはめ、マタルを腕にとまらせようとする。
ヒューーーーーーーーーー
ムルチが口笛をふくと、マタルが翼をはためかせながらゆっくりと王子の腕へとおりてくる。
「重たいので、両足で踏ん張って下さい」
「うむ。」
マタルの重さに王子がふらつかない様、ムルチが後ろから王子を支える。無事マタルを腕にのせることができた。王子は喜々としてマタルの背をなでている。いとおしそうに鷹をめでる王子の姿に周囲も少しほっとする。
「では、さっそく鷹狩りを見られますか?」
「見せてくれ」
ムルチはマタルを左腕にのせ、前方1キロほど先にいるシュリに手をふる。シュリはこの日のため捕獲して檻に入れていたアルル狼を引っ張り出した。アルル狼は1m半ほどの体躯をもつアルルカン砂漠にすむ体毛の短い鼻の大きな狼だ。狼がグルルルルと周囲を威嚇している。
シュリは滞空して縄をつかみ、ムルチのサインを待つ。ムルチはシュリが狼を檻から出したのをみると、あげた手を右にふった。シュリはサインをみて、紐を離し狼から離れる。アルル狼は自由になると、しばらく周囲を警戒していたが、脱兎のごとく砂漠へ逃げていく。
《行け》
ムルチは、左手を前に送り出しながら、マタルに話しかける。マタルはムルチが生み出した小さな反動にのってふわりと浮かび上がると緩やかな放物線を描きながらアルル狼へと向かっていく。最初は重さを感じさせない静かな飛び出しだったが、ぐんぐんとスピードをあげ、アルル狼を追いかける。狼は上空からの殺気に気が付いたのだろう、吠えることもせずに背中をしならせ必死に逃げていく。
バタバタバタバタッ
ワウッウワゥッ
ついに追いついたマタルと狼の一騎打ちとなった。ふいに手に入れた自由を失ってなるものかと必死に食って掛かるが、マタルは接近したかと思うとばさりと距離を開け、かぎ爪を狼の首元にくいこませた。
ウォン ウオンッ ウオッ
狼はつかまれてなおしばらく抵抗していたが、マタルがムルチ達のもとへもどってくるころにはぐったりとしていた。
王子たちはもどってきたマタルを拍手で出迎えた。
「おお!すごいな!なかなか見ごたえがあったぞ!なあハーゲン!アンジェ!」
喜ぶ王子にお付きの二人も満足そうである。後は王子にも一度体験してもらって、最後に少し大きめのアルル狼を捕まえてもらったらムルチの任務は完了である。
(よっしゃーなんとかなりそーだわ)
つついただけで傷つきそうな王子にマタルを近づけるだけでムルチは普段の千倍気をつかっていた。おかげで隣にいる極上の美人を鑑賞する余裕もない。
「では王子―」
「この鷹狩りでは何を捕る?」
いきなりの王子の質問にムルチは手をとめる。
「…大毒ネズミやサラマンダー、そしてこのアルル狼などを捕らえることができます。」
「さっきの食事の材料か…お前たちは戦士だろ?」
「獲物が多い時期であれば警備の間、鷹に狩りをさせ、私たちは周辺の警戒にあたっております。」
「ふーん…」
ムルチの返事に納得ができなかったのか、王子は顎を手でさわりながら何か試案している様子だ。王子はチラリとハーゲンを見る。ハーゲンは王子の真意をくみムルチ達に説明する。
「殿下は、お前たちの本物の“鷹狩り”をご所望なのだ」
「あっ!そっちー…ですかー。」
予期せぬ発言にムルチは思わず素が出てしまう。ムルチの無礼な言葉遣いにアンジェの片眉があがる。
「お前達は戦争ではほんとの姿で鷹狩りをするそうじゃないか」
「はは…」
荒地の民は、有事の際には馬人と鷹人の力を発揮する独特の戦技をみせる。馬人の肩にのり加速度をあげた鷹人が敵にむかって滑空しながら突撃するその姿を一部のものは“鷹狩り”と呼ぶ。しかし鷹人と馬人の技を融合させた戦技は門外不出のものであり、見世物ではない。ムルチはちらりとアグニに視線をおくる。
(どうします?)
(殿下の命であれば無碍にはできまい…。)
「型であれば…エッボ」
アグニはため息をかくし、馬人のエッボに指示を出す。
「われらの技に興味をもっていただけるとは光栄です、やろうかムルチ。」
「承知いたしました。では…」
ムルチは“鷹狩り”をするために王子たちから距離をとる。しかしその背中をハーゲンが止めた。
「型とはなんだ?王子の希望であるぞ、実際に魔物を捕まえて見せよ!」
染み一つない軍服を着こなした軍人の言葉にムルチはいらっとした。
「ハーゲン様、このあたりには下級の魔獣しかおりませぬゆえ、見ごたえもなかろうかと思います。まことに準備不足で申し訳ございませんが…。明日アルルカン砂漠の中へ一緒に参りましょう。」
会話の主導権をとりもどそうとダンが提案する。しかし、ペーガソスの特性を考えるとダンの提案はとんだ愚策であった。アグニが思わず、ダンの腕をにぎるがすでに遅い。ダンの一言は王子の純粋な好奇心に火をつけてしまった。
「え?ちゃんとたしかめたの?アンジェ、上級の魔物がいないかみてみてよ」
王子の言葉にアンジェは目をつぶる。
ペーガソスは血に弱く心優しい築城にすぐれた生物だ。しかしペーガソスは竜王族に軍事的に飼われている。それはペーガソスが竜を支える精霊であるという抽象的な理由以外に、二つの力のためである。一つは触れた存在の物理的な理を変えうつろめかす転移という力。そしてもう一つ、千里眼と呼ばれる索敵の力である。アンジェは閉じていた目をゆっくりと見開いた。アンジェはものの数秒で範囲四百キロメートルの索敵を完了した。
「おります」
「ほら!!」
王子は満足そうに、アンジェの背中をなでる。
「さて、どんな魔物かな?」
ムルチ達は、懇願する瞳でペーガソスをみた。このあたりにいる上級魔族といえば存在は一つしかない。しかし荒地の者ならけしてその名を口にはしない。
「あちらの峡谷に、グリフォンがいるみたいですわ。」
「グリフォンか!初めて見るぞ!いいな!鷹とグリフォンの戦いか!」
「…」
伯爵たちは不穏な話の流れに油汗をかいた。グリフォンは荒地の民の主神である。この地にもっとも始めから住む魔族であり、荒地の民たちはグリフォンたちがつむいできた悠久の時代の末端に住まわせてもらっているにすぎない。グリフォンを襲うなどありえない。
「かの者だけは…ご容赦ねがえませんでしょうか」
「なぜ?魔物をほっておくなんて危ないじゃない」
「かの者は…思慮深く、そうそうここに来ることはございません。かの者はこのあたりの生態系の頂点におわす者、いたずらに捕らえてしまってはかえって中級魔物や他の上級魔物が増えることにもつながりましょう…」
伯爵は慎重に言葉を選んだ。しかし
「魔物がかしこい?!!貴様、それでも竜王国の戦士かっ!!!」
「―――…」
親と子ほどに差のある伯爵に激高する。低姿勢の伯爵を見据え、自分こそ正しいのだと力説する構えだ。この王子にはなんと説明したらいいのか…伯爵は言葉に迷った。その時興奮気味の王子の隣でハーゲンが言葉を加えた。
「この者達は翼が生えているので、グリフォンを自らの親のように考えているのですよ」
(は?)
荒地の民たちは、グリフォンを信仰している。しかしそれは間違えても親としてではない、自らとグリフォンが全く別の存在であることぐらい見たらわかる。ハーゲンの浅はかな理解はムルチ達を唖然とさせた。しかし王子は奇妙に得心がいったようである。
「うそでしょ…。そっかそう思っちゃうんだ…」
あからさまに馬鹿にされムルチも怒りが表面にでそうになる。怒りを抑えていたために、王子の突拍子もない動きにおいつけなかった。
「わかった。ここが野蛮なのもきっとあの魔物のせいだ!勇者の子孫として私が退治する!アンジェ、グリフォンのところに連れていけ!皆の者ついてこい!!!」
「「「いけませんッ王子―――!!!」」
伸ばした手もむなしく、王子とアンジェ、ハーゲンはゆらめく光となって転移した。そして控えていた近衛兵達がグリフォンの住まう赤の峡谷へと飛んでいく。伯爵達は顔面蒼白になり、王子たちをおいかけた。
バサッバサッバサッ
ギャーッギャーッッギャアアーーーッッ
シュリ達がかけつけた頃には、王子たちはグリフォンと戦闘状態になっていた。夕陽に照らされ、朱色の断層地帯である赤の峡谷は名の通り赤く染まっている。王子は近衛兵とともに咆哮をあげるグリフォンを滞空し睨んでいる。グリフォンは王子と同じほどの背丈であり、翼をひろげると王子の三倍ほどの大きさがある。
「こどもだな…」
アグニが小さくつぶやく。巣で休んでいたところを襲われたのだろう、シュリ達は周囲を警戒する。
「囲めえええ!!」
王子は近衛兵に命じて滞空して逃げ惑う子グリフォンを取り囲む。
ギャーッギャアアアアーッ
子グリフォンは逃亡先を阻まれ、鳴き声をあげて反撃をする。両翼をはためかせ風魔法を起こした。シュリ達は顔をかばい、風で巻き上がる細かい石や砂煙から目を守る。子グリフォンの風魔法は中程度の威力。耐えられないほどではない。ハーゲンが地上から王子の周りに魔法の防御結界を構築する。
「シャーラ 〔守備力上昇〕」
王子は子グリフォンの風魔法が自分に効かないことがわかると俄然調子にのりだした。
「たいしたことないぞ!!魔法で援護しろ!!」
子グリフォンを包囲していた近衛兵達が魔石をはめた手甲を子グリフォンにむける。
「「「タルベタイト 〔混乱〕!!」」」
「「「フォーリガト 〔命中率減少〕!!」」」
騎士たちが放った魔法は子グリフォンに命中したらしく、子グリフォンは鳴き声をさらに高くし、飛行を危うくさせる。
(あんな魔法もあるのか)
攻撃補助魔法といわれる魔法を集団でしかける竜人たちの戦法をシュリはこの日はじめてみた。実際に魔具を使い呪文を唱えている姿も荒地の民の中では見たことない。
ギャアアアアアアアアッッッギャアアアアアアッッ
暴れる子グリフォンは苦しそうである。
「もらったああああ!!!フォアシュルットオオオオ」
王子は真正面からレイピアを振りかざした。王子の剣は炎を放っている。
(なんで真正面から?!!)
暴れる子グリフォンに真正面から火魔法で切りかかった王子に、さすがの子グリフォンも無我夢中で四肢を使って暴れる。
「ぅああっ!!」
グギャアアアアアアアァアアアアッ
身を焼く剣におそわれ、子グリフォンはのたうち叫ぶ。暴れる翼がもろにぶつかり、守備力をあげていた王子もすり傷を負った。
「この怪物がああああ!!!」
王子は目を異様に輝かせ、もう一度子グリフォンにむけて炎の剣をふりかざす。
「フォアシュルットオ!!!」
キァアアアアアアアアアッァァ
翼を焼かれ、切り裂かれた子グリフォンは泣き叫ぶ。混乱の魔法も効いているため今にも落下しそうである。
「しばれええええ」
王子は何を思ったのか、子グリフォンの墜落を許さず、近衛兵たちに魔法の縄で縛らせた。
「「グファント〔捕縛〕!!」」
緑色の縄上の光が、焼き切れた翼をえぐる。近衛兵たちは魔法を多重にかけ、子グリフォンはますます泣きさけぶ。
ギャアアアアアアアアアアアッギャアアアアアアアアアッギャアアアアアアアアアアア
「あははははっ、よわっちいかいぶつめ!連れて帰ってペットにしてやる!!!」
近衛兵たちは魔力を行使するのに真剣な面持ちだが、王子は喜色満面である。ふと、弱ったグリフォンを間近で見たいと思ったのか、王子は騎士達の元をはなれ、子グリフォンのもとへ飛んでいく。
(無防備すぎだ)
のんきに子グリフォンへ近づいていく王子に、シュリ達は嫌な予感がした。その時であった。
突然空が曇天となり、雷鳴がとどろいた。
ガッシャアアアアアアアアアアアンンン
ギイイイイイイャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
暴風がふきあれ、突然の上昇気流に王子と子グリフォンが巻き上がる。轟音とともに上空から黒い巨大な何かが降ってきた。
「殿下っっっ!!!!」
血相を変えたアンジェが王子のもとへと転移する。
竜王種 王子・ハーゲン 全属性 詠唱で上級までの魔法使用可能
竜人 近衛兵・護衛兵 全属性 魔具+詠唱で中級までの魔法使用可能(魔具なしだとカス威力)
ペーガソス 全属性(精霊式の補給方法なので威力十分)千里眼 転移 ※大量出血すると消滅する。
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