この前世の記憶は、いつか役立つ日がくるのか?
サクッと読める異世界転生ものを書きたくて書いてみました。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
私の頭には角が生えている。
耳の上に左右対称にぐるぐると巻いた羊のような角だが、なんか前世の漫画で見た悪魔みたいで気に入っている。
顔は前世とさほど変わらない。が、この世界の美醜感覚は前世とは違うため、案外モテたりする。
……前世て。
そう、私は不本意ながら前世の記憶があるのだ。
前世の私は大して特筆することがない、しがないサラリーマンでしかなかった。
齢58にしてガンで他界。原因がたばこの吸いすぎかどうかは今でもわからない。
結婚して子供もいたが、離婚していたので死ぬ間際は一人で病院の天井を見ていた。
そんな、つまらない前世の記憶。持っていても今の今まで何の役にも立っていない。
なぜそんな記憶を持ったまま生まれてきたのか、それに意味はあるのか……考えたこともないことはないが、それもすぐにやめてしまった。
元来私はめんどくさがりなのだ。
ところで、この世界の話をしよう。
この世界……ダイダーニャには魔法の概念がある。
世界は基本的に大陸と周辺の小さな島国で構成されており、まだ見ぬ地を求めて海の外へ繰り出した者たちが帰ってきたことはない。
故に、天動説がまかり通っていて、私も含め、海の向こうは広大な奈落になっていると思っている。
行ったことがないので確かめようはないが。
そして、このダイダーニャ大陸の真ん中に、魔王の城がある。
城は大きな湖の真ん中に建っており、行き来するには船か泳ぐか飛んでいくしかない。
この世界には魔法があるので、科学は発展していないが魔力を動力にそれに似たものを形成して人々は暮らしている。
魔法があるだけに魔物も存在するため、前世の日本よりは治安は悪い。
その治安の悪いダイダーニャの、幾分かマシな王城を囲む湖に面した城下町に私は住んでいる。
「人の嫌がることはやめろ!!」
「えーそんなこと言って、本当は嬉しいんでしょ?」
「私を勝手にツンデレにするんじゃない!」
この目の前で口をアヒル口にしてニヤニヤしている男は、ラディアンという。
私は今、研究施設に毎日詰めかけるこの迷惑な客人に怒り心頭である。
いつの間にか自分の角にくくり付けられた赤いリボンをむしり取り、床にたたきつけ……ようとしたがそれはやめ、テーブルの上に置いた。
「あーあ、リボン型もだめかあ~」
「ダメに決まっているだろう。私は男だぞ?こんなかわいいもの付けて街中を歩けるか」
「ほら、ゼクスが率先してファッションに取り入れることによって一大ムーブメントを……」
「起こせるほどの知名度はないわ!……うぅ」
なぜ自分で放った言葉に心を抉られなければならないのだ。解せない。
私は、この城下町「ティターニア」で魔法を使わない魔道具、いわゆる便利グッズの研究をしている。
魔法が当たり前に横行し、誰もが大なり小なり行使することができるこの世界で、魔法を使わない道具などナンセンスだと後ろ指をさされることは多い。
だが、たとえ少数派であろうと魔法が全く使えない者たちも確実に存在する。
そんな生きにくい者たちに喜んでもらうため、懸命に研究を続けている健気な学者、それが私、ゼクス・サイドウォールである。
そしてそんな私に感銘を受け、助手になりたいと毎日詰めかけているのが、目の前の男、ラディアン・ミミリ。
こうして今日も自分の開発した便利グッズを見せに来ているというわけだ。
「……で、このリボンは一体なんなんだ」
「これは、自動追跡機能の魔法が縫いつけられた迷子用便利グッズ、名付けて『教えてリボンちゃん』です」
「…………自動追跡機能か」
壊滅的にセンスの悪いネーミングを華麗にスル―して、私は目の前の赤いリボンを改めて掴みあげる。
確かに、リボンの裏面にびっしりと追跡機能魔法の陣が縫い留められている。
発想は悪くない。だが……
「ダメだな、この陣には追跡の行使についての制御機構が入っていない。これでは付けているものの居場所が垂れ流しだ」
「……あ、わすれてた」
「魔法陣を作成する際に最も必要なのは、その力を安全に制御するための機構をどれだけ過不足なく組み込むことができるかだ。それくらい君も学校で習っただろう?」
盛大なため息が漏れる。ラディアンはいつもそうだった。やりたいことはわかるし、発想も悪くはないが魔導士としての基本的なことがまるでなっていない。
これでは到底助手として仕事を任せられない。
「それに、こんなかわいいリボンにしてしまうと、私のような大人や男の子には使えないだろう。どうせならもっと……そうだな、ブローチなんかにして付けやすくする工夫をするべきだ」
「おお!なるほど!」
まったく落ち込んだ様子もなく、青天の霹靂だともいわんばかりに目をぱちくりさせて両手を打ち合わせるラディアンに思わず脱力してしまう。
こいつのこの楽天的な思考だけはいっそ尊敬に値するほどだ。
「わかった!また改良して次こそはバッチリ成功させるから、その時はゼクスの助手にしてね!」
そう元気に言い残して、あっという間に去っていく。
また明日もこれに付き合わされるのかと思うと、際限なくため息が漏れた。
「……雨が、降るわ」
「うわあああっ」
突然、後ろから耳元で囁かれ思わず飛びのく。
振り返るとそこには漆黒の長髪をさらりと揺らした美女が立っていた。
「驚かすなよ、ラビオリ」
「ふふ、ごめんなさい。あなたの反応が面白くて、つい」
「心臓に悪いから本当にやめてくれ」
またため息の種が一人現れた。
この涼し気な目元の美人はラビオリ。王城にある魔法研究機関に所属する魔術師だ。
彼女とは学生時代に何度か共同で研究を進めたことがある、旧知の仲というやつである。
「で?今日はまた何の用だ」
私は玄関を開け、そのまま外に出て洗濯物を取り込んでいく。
彼女はそれを眺めながら、椅子に腰かけてその長い足をゆっくりと組んだ。
「用がなくちゃ来ちゃいけないの?」
「そういうわけじゃないが、君がここへ来る時に厄介ごとがなかった試しがないからな」
「まあ」
コロコロと笑う彼女を白い目で見つつ、洗濯物をたたみ終えた私は台所へ向かう。
この研究施設は私の自宅も兼ねているので、手の届くところに生活できるすべてが置いてあるのだ。
私が彼女の好きな紅茶をゆっくりと入れている間、ラビオリは静かにそれを見守っていた。
琥珀の液体がティーカップにゆらゆらと揺れる。
「おいしい」
「それはどうも」
彼女にしては珍しく、言い淀んでいるようだった。いつもは要件を告げるのにお茶を待つなどしたことがなかったのに。
ラビオリはティーカップの紅茶を半分ほど飲み干してから、ゆっくりとこちらを向いた。
「実はね……」
「ツーステップの呪い?」
「そう。この呪いにかかったものは、必ず一日2時間はツーステップを踏まないと寿命が縮まってしまうという、恐ろしい呪いよ」
「……はあ」
「訳が分からないって顔してるわね」
「訳が分からない」
「……そうよね、私も事実を受け止めるのに二日かかったわ」
この世界には、呪いというものが存在する。
それは、歪んだ魔法の成れの果て。……正しく組まれることのなかった、歪なまま完成してしまった魔法が呪いと呼ばれる。
魔法はある意味プログラミングに似ていて、自然界に揺蕩う魔法の基、魔素に細かな制約を与えて実体化するのが一般的だ。
そのプログラミングが、途中で捻じれてしまうことがある。大概はそこでエラーとなり何も起きないのだが、稀にそのエラーを抱えたまま起動してしまう魔法が存在するのだ。
「……で、そのステップの呪いが」
「ツーステップの呪いよ」
「…………で、そのツーステップの呪いにかかったのは一体誰なんだ?」
「魔王様よ」
「魔王様」
あまりの衝撃に5秒ほど費やしてしまった。
よりにもよってこの大陸を統べる魔王様がそのけったいな呪いにかかっていようとは。
「……わ」
「助けてちょうだい」
食い気味に来られた。ラビオリはたまにそういうところがある。
「私たちの力では、この魔法を解析することができなかった。だからあなたに頼みたいのよ」
「君たち王宮魔導研究員達で解析できなかったものを、私が解析できるとは思えないのだが……」
「ふふ、謙遜はよしてちょうだい。学生当時、あなたは誰よりも優秀な魔導士だった。そして同時に柔軟さを兼ね備えていたわ……誰よりもね」
それはそうだろう。なんせこちらは前世の記憶がある。
こちらの世界で常識としてまかり通っていることでも、前世の記憶のお陰か別の見方ができたのは事実だ。
もっとも、前世の記憶についてはとるに足らなすぎて誰にも話したことはないのだが。
「とにかく、一度呪いを見て欲しいの。それから引き受けるか決めてくれてもかまわないわ」
そんなわけにいくか。魔王様が呪いにかかったなど国家最重要機密だ。
この話を聞いてしまった時点で私に選択肢はないとも言える。
「あなただけが頼りなの」
「本当は伝えるつもりはなかったのだ。こんな……」
立派な角が左右に揺れる。長くのばされた美しい御髪もそれに合わせてゆらめき、いっそ芸術品のようだ。
「こんな醜態をさらすなど……っ!」
今代の魔王様は、ヴェノムという名の響きにふさわしい、麗しい容姿を兼ね備えた美貌のお方だった。
齢10歳にしてその才覚をいかんなく発揮し、当時混乱の最中だったこのダイダーニャ大陸を平定した類稀なる鬼才。
その後300年の平安をこの世界にもたらした、正に魔王の名にふさわしいお方である。
その魔王様が、左右に軽快なステップを踏みながら苦渋の面持ちで言葉を漏らした。
「魔王様に置かれましては、ご機嫌麗しく……」
「これが麗しいように見えるのか!」
「は、申し訳ありません」
しまった。普段王城に行くことすらしないので緊張してしまい、先ほどまで練習していた口上をついうっかり使ってしまった。
「ああ、なんと忌々しい……!この呪いにかかってからというもの、すべてが思い通りにいかぬっ」
でしょうね……心中お察しします。
「それで、ラビオリ。この者ならばこの忌々しい呪いを解けるというのか」
「は。必ずや解いてみせるでしょう」
「え?は?」
私を置いて二人の会話は進んでいく。まだはっきりと呪いを見たわけではないというのに、ラビオリはまるで私がいれば百人乗っても大丈夫!とばかりに自信満々で魔王様に答えている。
これでは万が一ダメだった時に私の首、飛んでしまうのでは……?
魔王様の漆黒の瞳が、私に縋るような目線を向けてくる。
「そなた、ゼクスと言ったな」
「は」
「頼む、この呪いを何としても解いてくれ」
まるで、300年もの永き時を平定したお方とは思えないような頼りない瞳を左右に揺らし、魔王様は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「こんなかっこわるいのは……いやだ……」
数日後。
私はS字フックを片手に王城に来ていた。
応接間で待つことしばし、公務の合間を縫って魔王様の執務室へと通される。
「お待たせしました、魔王様」
「おお……!ついに解析の目途が立ったのだな!?」
「はい、つきましては魔王様に置かれましては……」
「……わかっておる、踏めばいいのだろ……ステップを」
「申し訳ございません」
「まあいい、幸い今日のノルマ分はまだ終わっていないから……」
そう言って、魔王様は立ち上がるとしぶしぶとツーステップを踏み始めた。最近はこの左右に揺れる魔王様を見慣れつつあるせいか、愛着すら湧いてきている気がする。
そうしてツーステップを踏み暫くすると、ゆらゆらと地面に歪な魔法陣が浮かび上がった。
綺麗な正円を描き損ね、途中からねじ曲がってしまった魔法陣。
解析していて分かったことだが、この魔法陣は本来は魔王様への祝福を願ったものであったらしい。途中まではそれは見事に完成されており、このまま正円を結べば半永久的に魔王様に渾名すものが現れなくなるという、とんでもない代物であった。
きっと当時この魔法陣を作成した魔導士は、並々ならぬ情熱を燃やしていたに違いない。祝詞に当たる魔法文字のそこかしこに、装飾文字である王を称える冠が付いており、ある意味それが捻じれの発生の原因ともなっていた。
一度発動した魔法陣を書き換えることは非常に難しい。それこそ何年もかかる上、膨大な、それこそ命に係わるレベルの魔力や精神力を消費する。故に魔導士の間では、禁忌とまではいかないが、推奨されない行為となっていた。
ましてことは魔王様のご容態にも大きくかかわること。
生半可な書き換えで手を出して、自分のみならず魔王様にまで影響を及ぼしてしまうことを恐れた王宮魔導研究員達は、手をこまねいていたらしい。
だが、私は違う。
なんせ私には、前世の記憶があるのだから。
私は、歪んで具現化された魔法陣の端にS字フックを引っ掛けると、もう片方のフックを、魔法陣の反対側に引っ掛けた。
「まさか、前世の記憶がこんなことに役立つとはな」
私は自分の研究室で、紅茶を片手に休憩していた。
この新しい研究室は自宅と兼用になっていないため、給湯スペースへの移動が面倒なことが不満である。
「え?なんか言いました?」
「いいや、なんでも。……それより、君はいつからここの研究員になったんだ?ラディアン」
「まあいいじゃないですか。このローブ、似合うでしょ?」
確かにラディアンのクリーム色の髪に臙脂のローブはよく似合っていたが、癪に障るので言わないでおく。
「でも、さすがゼクスだよね!魔王様からあっという間に引き立てられて、今やこーんな立派な研究施設も王宮に立ててもらってさ。ソファーだってふっかふかだし」
そう言って、さも自分のものであるかのようにラディアンはソファーに陣取り大の字に寝そべった。
あれから。
私の秘策は成功した。S字フックを利用した魔術機構の循環参照システムを構築したところ、これがうまくハマり、めでたく魔王様はツーステップの呪いから解放された。
その代わり、一日一回は笑顔を作らなくてはならないという代償はあったが、ツーステップ2時間に比べればなんということはないと魔王様は泣きそうな笑顔で私を労ってくれた。
どうやらこの魔法陣を作った魔導士は、どうしても魔王様に笑いかけてもらいたかったらしい。捻じれて歪んだ部分を循環させ外に発露しないようにしたが、そのお陰で根幹とも言える部分に組み込まれた本来あるべき条件……『民に笑顔を向けること』が発動したのだ。
お陰であのとてつもない美貌から繰り出される笑顔に、王宮内ではちょっとした混乱が起きているようだが、そこは私の管轄外である。
魔法陣を書き換えるのではなく、そのまま無理矢理循環させるという発想はどうやらこの世界にはなかったようだ。
私の行った行為は魔導士の歴史を変える偉大な功績だとして、褒章にこの王宮内の研究施設と、名誉魔導士の勲章を受けることになった。
それまで不本意ながら地を這うような知名度だった私が、今やその武勇轟かせとばかりに一躍時の人となったのである。
世の中、一体何がどうなって有名になるか本当にわからないものだ。
「あ!ゼクスなに一人でバナナ食べてんだよ!僕にもちょうだいよ!」
「いいぞ」
「えっいいの!?南部の一部しか取れない高級品だからって、今まで一度もくれたことなかったのに」
「いいんだよ。なんせ俺は」
今やバナナも食べ放題の、筆頭王宮魔導士となったのだから。
これは、そんな俺のサクセスストーリーの一部である。