女の霊が毎晩一段ずつ階段を上がって来るので、とりあえず一段上に盛り塩してみた
※連載作品『廃校の管理者 ~俺の管理地で吊り橋効果なんて期待するなよ!!~』の外伝的な短編になります。そちらを読んでいなくても楽しめますが、そちらの1話目を読んでいた方がより楽しめると思います。
「あの、最後にもう一度伺いますけど、本当にいいんですか?」
「はい、僕そういうの全然気にしないんで大丈夫です」
心配そうにしている親切な不動産屋のおじさんを見送り、背後を振り返る。
「さて……」
駅から歩いて5分の古びたアパートの201号室。ここが今日から俺の部屋だ。
鍵を開けて中に入ると、中に荷物を運びこむ。と言っても、荷物などギターを除けばボストンバッグ2つに入るくらいの量しかない。
「よっと」
角部屋の古ぼけた8畳間。だが、小さいがテレビは付いているし冷蔵庫と洗濯機もある。これで家賃たったの月1万円。売れないミュージシャンが住む家としては、十分過ぎるほどの好物件だろう。
「ま……出るらしいけどな」
そう、この物件が異常に家賃が安いのには当然理由がある。この部屋は事故物件でこそないものの所謂いわく付きというやつで、なんでも、この部屋のすぐ隣にある1階から2階に上がるアパートの階段(なぜか全部で13段)に霊が出るらしいのだ。そのせいで、今まで何人もこの部屋に住んだが、誰もが2週間と保たずに引っ越したらしい。
「まあ、出たらその時はその時だよな」
一応盛り塩用に小皿と粗塩も買っておいたし、万が一何か出てもなんとかなるだろう。
そう考え、俺は隣部屋の住人にあいさつだけすると、部屋の掃除を開始した。
* * * * * * *
「ん……」
不意に、畳の上で目が覚めた。
どうやら掃除と荷解きを終えて畳の上に寝転がったら、そのまま眠ってしまったらしい。もうとっくに日も落ちているようだ。
(今、何時だ……?)
近くにあったスマホを手に取り、時刻を確認すると夜中の2時。なんとなく嫌な時間だ。と……
カゥン
部屋の外で、何かの音が響いた。何か、というか……今の音は、明らかに階段を上った音だった。古びて赤茶けた金属製の階段を、靴底が叩く音。しかし奇妙なのは、その音が室内まで異様にはっきりと響いたこと。そして、音が1回しか鳴らなかったこと。
「……」
なんとな~く嫌な予感がしながらも、俺は部屋の側面、アパートの階段側に付いている窓を引き開けると、下を覗き込んだ。
「うわぁ、いるし……」
やはりというかなんというか、長い黒髪で顔を隠した白いワンピース姿の女が、アパートの2階に繋がる階段の一番下の段に立っていた。
付近には街灯もなく、今日は月明かりもないのに、その女の姿は暗闇の中で妙にくっきりと浮かび上がっていた。
「……まあ、まだ幽霊と決まったわけじゃないしな」
もしかしたら、他の住人かその知り合いか何かかもしれない。
俺はそう自分自身に言い聞かせると、布団を敷いて再び眠りに就いた。
* * * * * * *
翌日、俺はまた昨日と同じ時間に、ふと目を覚ました。
すると、ほどなくしてまたカゥンと、昨日も聞いた階段を上る音が聞こえた。
「……やっぱりいるなぁ」
窓から階段を見下ろし、階段の下から2段目に、昨日も見た女が立っているのを確認する。
すると、それまでずっと俯いていた女が、不意にゆっくりと顔を上げ始めた。顔を覆い隠していた黒髪が流れ落ち、その隙間からわずかに女の顔が覗く。
青白い顔、血走った目。その目が俺の顔をはっきりと捉え、その口元にニヤリとした笑みが浮かぶ。
「……」
俺は無言で窓を閉めると、布団の中でしばし考え……
「うん、とりあえず明日、あの女の一段上に盛り塩してみるか」
* * * * * * *
翌日、俺はまた夜中に目が覚めた。しかし、今日はいつまで経っても階段を上る足音がしない。
(これは、まさか……?)
少しの期待と共に窓から見下ろすと、女が昨日と同じ位置に立って、一段上の段の両端に置かれた盛り塩をじっと見詰めていた。
その顔が、俺が窓から顔を覗かせた途端ガバッと持ち上がる。昨日と同じように血走った目でこちらを睨んでくるが、その口元に笑みは浮かんでおらず、むしろどこか苛立ちのようなものが感じられた。
(なんだ、こんなことで防げるのか)
俺は少し拍子抜けしつつ、布団に戻って眠りに就いた。
* * * * * * *
しかし、その翌日。
カァン!
今日は、階段を上る音がした。それに、今回は今までとは違って妙に大きく響いた。
(あれ? 盛り塩が効かなかったのか?)
そう考えながら階段を見下ろすと、例の女が下から4段目に立ってこちらを見上げていた。マジか、まさか一段飛ばしで上がったのか?
その俺の予想を肯定するように、こちらを見上げる女の顔には、どこか勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
「……」
なんかイラっとした。とりあえず盛り塩追加してやろう。
* * * * * * *
翌日、やはりいつもの時間に目覚めた俺は、階段を見下ろしてほくそ笑んだ。
そこには、2段連続で置かれた盛り塩を前にギリギリと歯ぎしりをする女の霊がいた。
窓が開く音に反応して、こちらを恨みがましい目で睨んでくるが、構わずニヤニヤ笑いで返してやると、とうとう地団太を踏み始めた。なんだ、結構人間らしいところあるじゃないか。
その日は一晩中歯ぎしりと地団駄の音がしていたが、俺は勝利の余韻に浸ったまま、耳栓をして眠りに就いた。
* * * * * * *
その翌日も、女の霊が階段を上がってくることはなかった。
しかし、そのまた翌日。
ガァン!!
一際大きな音と共に、女の霊が階段を2段飛ばしで上がってきた。……なんか、すっごいゼハゼハしながらも、こちらに向かってどうだと言わんばかりの笑み。
あ、うん。まあ2段飛ばしくらいなら普通の人間でもいけるよね。というか、もしかして溜めジャンプみたいな感じで、1日止まれば1段飛ばし、2日止まれば2段飛ばしが出来るのか? う~~ん、まだ条件が分からない、けど……そうこう言っている間にもう7段目だ。半分まで来てしまった。もう、あまり考えている時間はないのかもしれない。
* * * * * * *
という訳で、残りの6段全部に盛り塩してみた。これで1週間後に全部飛ばして一気に最上段まで来られたら、それはもう仕方がない。たぶん、そんなことにはならないと思うけど。
盛り塩したその夜、女の霊「マジかよ……」みたいな顔で呆然としてたし。歯ぎしりとか地団太とかせずにただ立ち尽くしてたし。たぶん、あいつが飛ばせる段数って人間とそう変わらないんじゃないかなぁ~?
* * * * * * *
その俺の予想通り、女の霊は1週間経っても階段を上がってくることはなかった。どうやら、流石に6段飛ばしは無理だったらしい。
相変わらず7段目で途方に暮れている女を見下ろしながら、俺は勝利を確信した。
そうだ。せっかくだから、ついでに退路も断っておいてやろう。
* * * * * * *
という訳で、下6段にも盛り塩を設置してみた。夜目覚めた時に、外から「うそん」って声が聞こえた気がしたのは、俺の気のせいだろうか。
窓から見下ろすと、女の霊が自分の上下を交互に見ながら愕然としていた。先に進めず後にも引けず、さあ一体どうするんだろうね? まあとりあえず、もう一回寝よっと。毎晩決まった時間に起こされるのが地味にきついわ。
* * * * * * *
それから5日間、割と平和な時間が流れた。
毎晩決まった時間には起こされるものの、上下を盛り塩で塞がれた女の霊はそれ以上何も出来ないらしく、地団太を踏み、縋るような眼でこちらを見上げ、遂にはその場にしゃがみこんでしくしくとすすり泣き始めた。
最初の見るからに幽霊然としていた姿はどこへやら。今はもう、男に酷い目に遭わされた普通の女にしか見えない。
え? 加害者はお前だろって? いやぁ、ハッハッハ……なんて、笑っていたその翌日のことだった。
「ん……?」
夜中に目覚め、最初に気付いたのはザーーッという激しい雨音。どうやら、夜のうちに雨が降り出したらしい。
と、思ったその時。
ガンガンガンガンガンガンッ!!
激しい靴音。それが下から上がってきて、そのまま俺の部屋の入り口に近付いてくる。
(ああ、雨で階段の盛り塩が流れたのか)
そう気付いた直後。
ダンダンダンダンダンッ!!
俺の玄関のドアが、激しく叩かれる。
叩かれる。叩かれる。叩かれる……だけ。入っては来ない。というか、入って来られない。だって玄関から部屋までの廊下の両脇にズラッと盛り塩してあるし。
この俺が、外の盛り塩が崩されることを想定していないと思ったか? もちろん対策はしてある。ちなみに窓や壁から侵入された場合も想定して、布団の四隅にも盛り塩してある。流石に天井や階下から来られたらどうしようもないが、そんなことが出来るならそもそも階段で立ち往生したりしないだろう。
ダンダンダン! ダンダンダンダンッ!!
「……入ってますよ?」
とりあえずそう言い返して、俺は耳栓をして布団をひっかぶった。
ダンダン! ダン!
ドン! ドンドン!
トン トン
ペシ ペシ ペシ
……ぐすっ、くすん
(あ、心折れた)
* * * * * * *
その翌日、女の霊はとうとう部屋の中に入ってきた……が、玄関から延々と続く盛り塩の列に愕然とした顔をし、その上いそいそと盛り塩を追加する俺に、絶望に満ちた表情になった。
この顔を見るに、やっぱり距離が短くても一足飛びに飛び越えることは出来ないみたいだな。重要なのは距離じゃなく盛り塩の数か。つまり……盛り塩で六重に結界を張っとけば、こいつは何も出来ないってことだな?
* * * * * * *
という訳で、追い込み漁の要領で上手いこと盛り塩を移動させ、部屋の左奥隅、正面窓と階段側窓の間に女の霊を隔離した。
部屋の隅に追いやられたことに気付いた最初の方こそ、こいつも必死に抵抗し、怒り、嘆いていたが、それもしばらくしたら落ち着いた。
あまり騒がれると俺も眠れないので、夜テレビをつけっぱなしにしといたら、上手いことそちらに注意を引きつけることが出来た。最近は大人しく体育座りでじーっとテレビを観てる。
当然電気代は嵩むが、家賃がずば抜けて安いので大して痛くない。まあ、最近出現時間が延びて、夜9時頃から朝の5時頃までずっといるが……その代わり夜中に起こされなくなったんだからよしとする。
奇妙な同居人がいるのを我慢するだけで、格安の家賃で住めるのだ。まあ夜に人は呼べないが、それ以外に特に害はないんだからいいだろう。
と、思っていたんだが……
* * * * * * *
『きゃああぁぁーーー!!』
「ん?」
ある日、夜10時頃に家に帰ると、隣の部屋から大きな叫び声がした。
「なんだ? ゴキブリでも出たか?」
そんな風に思いつつ、とりあえず荷物を置こうと部屋の扉を開け……
「……」
右側の壁から、脚が生えていた。
まるで、壁に開いた穴を通って隣部屋に行こうとしているかのようだが、当然のように壁に穴など開いていない。
にも拘らず、脚はジタバタと空を蹴って、徐々に隣部屋へと消えて行く。それに伴って、隣部屋の悲鳴も大きくなる。
……なにこのシュールな光景。優雅に見える白鳥は水面の下で必死に水を蹴っていると言うが、恐ろしく見える霊も壁の向こうでは必死に空を蹴ってるんだなぁ……ってそんなことどうでもいいわ。
「……おい」
『!!』
俺が静かに声を掛けると、まるで電気が走ったかのように脚の動きがピタッと止まった。
そして、胴体、頭がスルスルと壁から這い出てきて、おずおずとこちらの様子を窺い……「あ、やべっ」みたいな顔をした。
「……」
『……』
「……」
『……!!』
「?」
しばし無言で見詰め合うも、女の霊が不意に視線を俺の背後に向けたので、釣られて思わず振り向く。
しかし、そこには何もなく、首を傾げながら振り返ると……女の霊は何事もなかったかのような顔で、部屋の隅に作られた盛り塩の結界の内側で体育座りをしていた。
「いやいやムリムリ! その誤魔化し方は無理があるわ!!」
『ウア゛ア゛ァァァ!!』
「なにその取ってつけたような威嚇! なにそのわざとらしい壁があって出られませんよアピール! しかも左右の手の位置ずれてるし! パントマイム下手くそか!!」
俺が思いっ切りツッコミを入れると、女の霊は開き直った様子で横向きに寝っ転がると、リモコンでテレビの電源をつけた。
……いや、だから頭が思いっ切り結界からはみ出してるし……そのリモコン、机の上にあったはずなんだけど? というか、普通にリモコン触れんのかよ。
あまりにもツッコミどころしかない状況に呆然と立ち尽くしていると、背後のドアが急にノックされた。
(誰だ? あっ、もしかして隣のOLか?)
そう考えて半ば反射的にドアを開け、ふと霊の姿を見られたらどうしようかと思い至る。が、その時には既にドアは開かれていた。
「……?」
予想に反して、そこに立っていたのは隣人ではなく、全く見覚えのない20代くらいの女だった。怪訝に思う俺の前で、女は綺麗なお辞儀をしてから口を開いた。
「夜分遅くにすみません。単刀直入に言いますが、この部屋には良からぬものが取り憑いています。早急に対処しないと、大変なことに──って、どぅおえぇぇぇーーー!!?」
その視線が何気なく部屋の隅に向いた途端、女は目を剥き奇声を発する。あっ、やっぱり見えるんだ。
「いやいやムリムリあれは無理!! あんなにはっきりバッチリくっきり見えるとか想定外なんですけど!? どう見ても主クラスじゃん! えっ、というかなんであんなの棲み着いてて平気なんですかあなた。もしかしなくても人間じゃなかったりします? ハッ! まさか管理者!?」
「俺は人間だ!! というか管理者ってなんのことだ?」
「管理者っていうのは、心霊スポットを管理する地縛霊のことで……失礼しました。確かにあなたは人間みたいですね。霊力とかも……特に感じないです」
「そもそも霊を見たこと自体あいつが初めてだから、霊感とかも無いと思うぞ?」
「じゃあなんでそんなに平然としてるんですか……」
「特にこれといって害もないしな」
「はぁ……」
女は納得できない様子で曖昧に頷くと、そそくさと後退った。
「それじゃあ私はこれで……」
「いや、何しに来たんすか」
「軽めの霊が憑いてるなら除霊して謝礼をふんだくろうと思ったんですが、あれは無理なので帰ります。というか、逃げます」
「そんなにキリッとした顔で言うことか」
「それではさよなら。くれぐれも取り殺されないように気を付けてくださいね?」
「不吉なこと言うんじゃねぇ!!」
俺の叫びもなんのその、女は素早く身を翻すと、脱兎の如く駆け去った。……いや、マジでなんだったんだ。
「なんなんだよ……なあ、お前そんなにヤバイ奴なのか?」
ドアを閉め、そう問い掛けるも返事はない。
女の霊は変わらず畳の上に寝そべったまま、バラエティ番組で芸人のコントを見て鼻で笑っている。……うん、全然大丈夫そうだわ。
「ん?」
その時、ポケットに入れていたスマホが振動した。
取り出して画面を見ると、メッセージが飛んで来ていた。
「……なんだこれ?」
俺が画面を見た途端、勝手にロックが解除され、メッセージアプリが起動する。差出人はぬらりひょん。メッセージの本文は……『称号《やよい荘の管理者》を獲得しました』
脳裏に、先程の女の言葉が蘇る。「管理者っていうのは、心霊スポットを管理する地縛霊のことで……」
「……いや、俺人間ですけど!?」
この時の俺はまだ知るよしもなかった。
俺が人の身のまま、心霊スポットの管理者として、この女の霊と共にこのアパートを恐怖のどん底に突き落とすことになるとは。