098 通路02
「ああもうっ。なんで負けるのよ!」
手にしたカードを卓上に放り投げ、レインは毒づく。これでもう三連敗だ。
最初は慣れるために賭け金は少額で、とトマスに言われたとおりにしていたからまだ被害は軽微だったものの、いきなり大金を積んでいたらと思うとぞっとする。
しかし負けはしたが、どの勝負も接戦だった。今度こそ勝てそうな気がする。
「ようし、もうひと勝負よ!」
「ねえ、れーちゃん。今度はあたしにも遊ばせてくれないかしら」
それまでレインの後ろで観戦していたディモルが手を挙げる。
「あんた、ルール分かってんの?」
「最初にあのお兄さんが説明してくれたとおりでいいのよね? 大丈夫よ」
「……どうぞ」
確かにゲームを始める前にディーラーから説明を受けたのだが、そんな小難しいものはとっくに忘れてしまっていた。「なんとなく強そう」という勝手な印象だけでプレイしていたレインにとって、ディモルの一言は神の啓示にも似た選手交代の合図だった。
レインが空けた椅子にディモルが座り、正面のディーラーと対峙する。
「うふふ。いいわね、この緊張感。なんだか楽しくなってきちゃった」
「ちょっと、ディモル。楽しむのはいいけど、ちゃんと勝ちなさいよ?」
「分かってるわよう」
ディーラーがシャッフルするカードをじっと見つめ、ディモルは頷いた。
奥の薄暗い通路では、アルとシスタノが向かい合っている。
あまり使用されていない通路なのか、彼らの他に歩いている者はいない。二人の歩く足音だけが遠くまで響いている。地上からの降り口を見る限りではもっと簡素な構造だと思っていたが、どうやらもっと奥の方まで続いているらしい。
「お話というか、まだちゃんと謝ってなかったなって思って……」
正面を見据えて歩きながら、シスタノは零す。
「謝る? 何をだ?」
「先日の、その、ひどいこと言っちゃった時のことです」
それまで共に旅や生活をしてきたアルの正体が、自分が世界で最も嫌悪する存在――魔王アルヴァリオスだと知った時のシスタノは、性格が変わってしまったかのように激高した。ひどい言葉もたくさん投げつけた記憶がある。
だがそれは彼女の抱く魔王像がそうさせたのであって、本来のアルを思い出した今ではもう、そんな感情は湧いてこない。アルは魔王でこそあるが、それまで彼女が抱いていたような残虐非道な魔王ではないのだ。
「ふむ。そういえばいろいろ言われたような気がするな」
「ご、ごめんなさい!」
深々と頭を下げるシスタノを見下ろし、アルは腕を組む。
「オレは別に構わんぞ。人間たちにああいった感情があるのは知っているしな」
「で、でもわたしは……、それまでずっと仲間で、ずっと一緒にいたのに……」
アルに向けたのは憎悪の言葉だけではない――シスタノは彼に刃を向けたのだ。傍らにいるレインをも『かつての仲間』と呼び、東の魔王ディモルフォセカを討伐した後に必ず殺しに来ると言い放った。
今にして思えば、一介の剣士であるシスタノにそんな力はない。アルやディモルどころか、人間であるレインにも遠く及ばないのが現状だ。彼らが本気になれば、シスタノなんて五秒もかからずに屠られてしまうだろう。
「あの時は怒りで我を忘れてしまってたんです。頭に血が昇って、アルさんたちを倒すことしか考えられなくて……」
俯いたままぽつりぽつりと吐露するシスタノに、アルは「そうか」と返す。
「だが、今はもうそんな考えはないのだろう?」
「あ、あるわけありませんよっ」
勢いよく頭を上げるシスタノは、アルのよく知っている顔をしていて。
「じゃあそれでいい」
「それじゃあわたしの気が済みません! ……わたしはここでアルさんに殺されても文句を言えないくらいのことをしたんです」
「御免だな。そんなことをしたら、それこそお前の嫌悪する魔王になってしまう。オレはお前に嫌われたくない。きっとレインも同じことを言うと思うぞ」
「アルさん……」
いつもと変わらない無表情だが、その言葉にはほんの少し熱が篭っているような気がする。彼との生活が長いからこそ分かる、本当にわずかなニュアンスだ。
「さあ、この話はもう終わりだ。戻るぞ」
「……はい」
二人が踵を返した、その時だった。
遠くの方から小さな音が聞こえた。いや、音ではない。これは悲鳴だ。
アルは声のした方を見つめて数秒動きを止めると、
「ふむ。どうやらこの奥で何かが起こっているらしいな。扉のせいでその向こう側までは確認できなかったが、黒服の男が二人、扉の前に立っている。大事な何かを守っているんだろうな」
「え? どういうことですか?」
シスタノには説明していなかったが、アルは基本、どんな暗闇であっても視界が利く。加えて視線を反射させ、遮蔽物の奥を覗き見ることも可能だ。もちろん今のように扉や壁で完全に囲われてしまうとそこまでなのだが。
アルはシスタノへと視線を移す。彼女の心はすでに決まっているようだ。
「どうする、シスタノ?」
「もちろん行きます。このまま帰ったらレインさんに怒られそうですし」
「ふむ。それは困るな」
通路の奥へと、シスタノは再び足を踏み出した。
「行きましょう、アルさん」





