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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第10章 貧乏性と一攫千金
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097 通路01

「おい、シスタノ。何をむくれているんだ? 理由を教えてくれないか」


 カードゲームが行われているテーブルへと歩を進めるレインとディモル、二人の背を見送ってから、アルは隣で頬を膨らませているシスタノに問う。

 シスタノは一瞬アルの方を見たが、すぐにまたそっぽを向いてしまう。


「ふんだ。どうせアルさんに話しても分かりませんよっ」

「そんなことはないぞ。オレは魔王だ。魔王に理解できないものなどない」

「毎日のようにレインさんに怒られてる人が言えるセリフですか!」


 人ひとりの心情すら理解できない男が何を言っているのか――シスタノの指摘は至極真っ当で、アルは「むう」と唸るばかりだ。腕を組み、シスタノを見下ろす。


「それを例に挙げられると反論できんな。あいつは人間の中でも別格だし……」


 そりゃあそうだろう。人間たちの恐怖の象徴である魔王を「あんた」と呼んで、蹴るわ殴るわこき使うわの悪行三昧を日々繰り返すような人間はレイン以外に存在しない。彼女を基準に考えるのがそもそもの間違いなのだ。


「だが、それでもオレはお前がむくれる理由を知りたい。レインにも、お前の傍にいるよう言いつけられているからな」

「……やっぱりレインさんには、いいように使われるんですね」


 肩を落とすシスタノに、それでもアルは小首を傾げる。それを見やり、シスタノはもう一度大きなため息を零すのだった。


「はあ、もういいです。どうせ言っても分からないでしょうが、そんなに聞きたいのなら教えてあげますよ」


 それから周囲を見回し、右手に扉を発見する。扉の上部には『化粧室』と書かれていた。シスタノはアルの手を引いてそちらへと歩いていく。


「どこへ行くんだ?」

「アルさんとの話がわたし以外に聞こえたらマズいでしょう?」


 仮にも彼は魔王である。彼やディモルのような魔族しか知らない情報があるかも知れないし、それが周りの人間に聞こえたら大変なことになる危険がある。

 まあ先ほども「オレは魔王だ」などと真顔で公言していたが、それは誰の耳にも届かなかったようだ。室内の客たちは加熱しているしよほど大丈夫だとは思うが、それでも念を入れておくに越したことはない。

 扉を開けると左右に伸びる通路になっていた。正面の壁には小さな銀のプレートが貼られ、右に進めば化粧室があることを示している。


「……左に行きましょう」

「おい、シスタノ。トイレは右だぞ」

「なんで二人でトイレに行くんですかっ」


 レインであればここでアルの頭を小突いていたのだろうが、さすがにシスタノは手までは出さない。下から睨みつけてやると、アルは「そうか」と頷いた。

 左へと進路を変えて二人は通路を進む。照明の間隔が広くなり、奥側へ進むほど薄暗くなっている。


「アルさんはもっと人を疑うべきです」


 しばらく無言で歩いていたが、シスタノは唐突に切り出した。


「人を信用するのは当然のことだろう。郷に入っては郷に従え、だ」

「馬鹿正直に人の話を信用しないでくださいと言ってるんです」


 アルがレインに連れられて人間の国に来てから、そろそろ一年が経つ。それでも魔王城から一歩も出たことがなかったという彼には、いまだに様々なことが初めての経験なのだろう。何も知らない彼が人間に混じって生活していくには、人間たちの言葉を信用し、模倣するしかなかったのかもしれない。


「分からないことはわたしやレインさんに聞いてください。わたしたちは仲間なんですから、アルさんを騙すようなことはしません。まずはそうやって見極める目を徐々に養ってください」

「それはお前たち以外の人間を信用するなと言っているのと同じじゃないのか?」

「……確かにそうですね」

「ふむ。人間というのは難しいな」


 人間を傷つけるのは何も魔物だけではない。人間同士でも日々傷つけ合い、殺し合っている。人間の敵は人間で、だから相手を疑うことを余儀なくされるのだ。

 アルの言う「難しい」とはまさにそのことだろう。


「まあいいだろう。人間の世界のことは当然お前たちの方が詳しいんだ。これからはお前の言うとおりにしよう」

「はい。ありがとうございます」

「それで、最初の話なのだが……」


 シスタノがむくれていた理由――そういえばまだ答えていなかった。


「アルさんがわたしの話を全然聞いてくれないからです。さっきも言いましたが、あのトマスって人、絶対怪しいです」

「ふむ。怪しいとはどういう意味だ?」

「多分わたしたちのお金を全部搾り取るのが狙いだと思います」


 自分たちが大金を手に入れたと知って近付いてきたトマス。極論ではあるが、金を数倍にできるというのなら、わざわざカジノなんかに連れて来ずに金だけ渡せばいい話である。負けて金が減ってしまう可能性もある賭博を勧めるということは、つまりそういうことではないだろうか。

 いかにもな雰囲気を漂わせるトマスを思い浮かべ、シスタノは身震いする。


「とりあえず向こうにはディモルさんもいますし、大丈夫だとは思いますが……」


 可愛いものしか興味のないディモルには、賭博などまったく関心がないだろう。だからレインがどれだけ熱狂しても彼女が冷静に対処してくれるはずだ――と思いたい。まあ若干やりすぎるかもしれないが。


「なるほど。ではオレたちも戻るとするか。話も終わったことだしな」

「ま、待ってください」


 来た道を戻ろうとするアルの手をシスタノが掴む。


「……もうひとつだけお話したいことがあるんです」

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