096 地下賭博03
階段をワンフロア分下ると、質素な、しかし重量だけは十分ありそうな大きな扉が五人の前に姿を現した。トマスは慣れた様子でノックする。
三回、二回、三回の順で叩くと、扉は内側にゆっくりと開かれた。
「クヒッ。ここに入るための合言葉のようなものです。毎日変えておりますゆえ、それを知るワタクシが同行しないと入れない仕組みにございます」
そう言って肩を揺らすトマスの背を見やりながら、シスタノは彼に気付かれないよう、そっとレインに耳打ちする。
「……やっぱり怪しいですよ。決められた合図がないと中に入れないなんて、絶対何かやましいことをしてますって」
「大丈夫、大丈夫。こっちはお金さえ増えればそれでいいんだから」
金が増える保証などどこにもないのに、レインはもう浮かれきっている。鼻歌を口ずさみながら今後の贅沢について思いを馳せているようだ。
もう頼れるのは自分しかいない――シスタノは気を引き締めるのだった。
扉をくぐって真っ先に視界に飛び込んできたのは、薄暗い室内に並ぶ六卓ほどのテーブルと、それを囲む数人の男女の姿だった。誰もが上質な衣服をまとい、中流以上の階級であることがうかがえる。そしてテーブルを挟んで彼らと向かい合っているのは、白いシャツに黒のベストという出で立ちの小奇麗な男である。六卓とも似たような囲いができており、歓声や悲鳴が室内に響いていた。
「こ、ここは……?」
「クヒッ。ここはいわゆる賭博場――それも表の世界では味わえない大いなる狂気が蔓延する裏カジノという場所でございます」
闇カジノとも言いますな、とトマスは耳障りな笑い声を上げる。
「ここでは大きな金が常に右へ左へと流れております。賭け金次第では一度の勝利で街をひとつ買うことだってできるでしょう」
「ま、街をっ?」
「レインさん、乗せられないでください!」
身を乗り出して興奮するレインを、シスタノは慌てて制止する。普段はあれほど常識をわきまえているレインが、金の話になった途端、こうも変貌するとは。金に意地汚いわけではないのだろうが、だとしたら彼女はどんな幼少時代を送ってきたのだろうか。レインの母――ルナベスタを思い出し、シスタノは戸惑う。
過度に厳しいあのルナベスタのことだ。もしかすると金の重みを身を持って覚えさせるため、レインに極度の極貧生活を強いていたのかもしれない。普通では考えられないようなことを平気でやってのけるのがカイルガイル母娘なのだ。
「そのトマスって人、どう見ても怪しいですよ!」
「駄目よ、シスタノ。人を見た目で判断しちゃあ」
「そうだぞ。人を見るときは心を見ろ。相手に失礼だろう」
こんな時だけ意見が合うレインとアル。厄介な二人が手を組んだとあれば、もうシスタノに残された手はない。
「もう! どうなっても知りませんからねっ」
怒ってそっぽを向いてしまったシスタノに、レインはしまったと肩をすくめる。
「ちょ、ちょっと、アル。シスタノが怒っちゃったわよ」
「ふむ。恐らくオレたちの正論が刺さったのだろうな。困った奴だ」
「うふふ。今のは二人が悪いわねえ」
割って入ったのは、それまで黙って成り行きを傍観していたディモルだ。彼女は相変わらずのおっとりした口調でもって二人を窘める。
「しーちゃんはまだ体調が優れないのに、それを押してわざわざ付いてきてくれたのよ? もう少し彼女の言葉に耳を傾けてあげてもいいんじゃないかしら」
「うーん。そう言われちゃうとね……」
ディモルの指摘に、レインはアルと顔を見合わせる。その意見は確かにもっともだ。自分たちを心配して同行してくれたシスタノを無碍に扱うのは間違っている。
レインはふうっと息を吐いてからアルの背中を叩き、
「アル。シスタノの傍にいてあげて。私はお金を増やしてくるから」
テーブルを見やれば、どの卓にもカードが広げられている。きっとそれを用いたゲームなのだろう。どうやって遊ぶのかは分からないが、トマスはお金が増えると言った。だからテーブルに行きさえすれば、あとは勝手に増えるのではないだろうか――レインは一人納得する。
「おい、トマス」
「何でございましょうか」
トマスを見下ろすアル。背の高いアルが小柄なトマスを視界に収めようとするとほぼ真下を見る形になる。トマスは顎を目一杯上げてアルに答える。
「そこのテーブルではカードゲームが行われているようだが」
「はい。左様でございます」
「あそこに『シゲルモフ・カードバトル』はあるか? オレはあれが得意なんだ」
そういえば温泉宿に泊まったときも、彼はそのカードを持参していた。
しかしトマスは残念そうに首を振り、
「申し訳ございません。このカジノでは取り扱っておりませんな」
「そうか。ではオレは降りるとしよう」
カードゲームを諦めたアルはレインの頼みどおり、シスタノの隣に歩み寄る。
「おい、シスタノ。ちょうど暇になったからお前を慰めに来たぞ」
「なんでそういうことを本人に言っちゃうんですか!」
シスタノに怒られるアルをしばらく眺め、レインはテーブルへと視線を移す。
「あらあら。れーちゃんってば、一人で楽しもうとしてるのかしら?」
「あんたも来る? もともとあんたのお金だし、私は構わないわよ」
「そうねえ。しーちゃんのことは、今はあーちゃんに任せようかしら」
シスタノの怒声を背に、レインとディモルはテーブルへと歩を進める。





