095 地下賭博02
あからさまに怪しい小柄な男――トマスを部屋に入れたのは他でもない、アルが率先して招き入れたからだ。客人を玄関先で対応するのは非礼だと主張し、嫌がるレインを押し退けて仲間たちのいる部屋へと戻ってきたのだった。
「……えっと、レインさん。そちらの方は?」
「さあね。私もよく知らないわ」
何か言いたげなシスタノから顔を背けたまま、レインは答える。仲間内で一番の常識人であるシスタノと目を合わせられない後ろめたさがそうさせたのだ。
「クヒッ。どうも、皆さん。お初にお目にかかります」
トマスは深く腰を折る。
「改めて名乗らせていただきます。ワタクシはトマスと申します。皆さんに朗報を持って参りました」
「……で? 朗報って何よ。めちゃくちゃ胡散臭いんだけど」
「おい、レイン。客人に失礼な口を利くな」
レインを窘めるアルだったが、逆に睨まれて黙ってしまう。
トマスはディモルへと向き直り、
「あなた様が城から出てこられるのを見ておりましたぞ。なるほど、あなたが魔物の群れからここガローゼオを救ってくださったのですな」
「あらあら。騒ぎにならないように隠れて行ったつもりだったんだけど、見られてたのねえ」
頬に手をやり、ディモルは「うふふ」と笑う。本性を見せない、表面だけの笑顔に取れてしまう点では彼女もトマスに負けていない。互いに値踏みするような視線を交わし、相手の次の一手を待ち構えているようにも見える。
「クヒッ。あれだけの戦果を上げられたのですから、さぞや多くの報奨金を賜ったのでしょうなあ」
「そうねえ。でもあたし、お金の価値ってよく分からないから」
そう返すディモルに、トマスは大袈裟に驚いてみせる。
「なんと! それはいけませんなあ」
「うふふ。そう言われてもねえ」
もし普通の人間であれば、ここで何かしらのリアクションがあるのだろう。良くも悪くもトマスの大仰な物言いに反応していたはずだ。
しかしディモルに感情の変化は一切なく、ただ平然と笑っているのみだった。
「ちょっと、あんた。いい加減にしなさいよ」
業を煮やして会話に割って入ったのはレインだ。基本が短絡的な彼女にとって、腹の探り合いのようなこの状況はどうにも我慢ができないらしい。
「最初に訊いたわよね、何が朗報なのかって。あんた結局、答えてないじゃない」
「クヒッ。これは失礼をいたしました」
レインの苛立ちなど意にも介さず、トマスは再び頭を下げる。
「朗報というのは他でもありません。このワタクシ、トマスがあなた様方にお金の有効な活用方法をお教えしたいと、そのように愚考いたす次第なのです」
「……レインさん。どう見ても怪しいです」
「そうね……」
背後から囁くシスタノに、レインも同調する。
初めて見たときから感じていたことだが、このトマスと名乗る男はどうにも信用できない。彼が何か言葉を発するほど、その気持ちは強くなっている。こんな早朝から宿に押しかけていきなり『朗報です』なんて言われても、それを素直に喜べるほどレインは子供ではない。まあ子供だったとしても、こんな怪しい男の言葉など耳も貸さないと思うが。
この男は信用するに値しない――レインは男を睨めつける。
「実はここだけの話なのですが、あなた様方の莫大な資金をさらに何倍にも増やすことができるのですよ」
「うそっ! ほんとにっ? どうやって増やすのっ?」
「レ、レインさんっ?」
あっさり信用してしまったレインを見上げ、シスタノは思わず声を上げた。
「ちょっとシスタノ、今の聞いた? お金が何倍にもなるんだって!」
「お、落ち着いてください、レインさん!」
「あらあら。れーちゃんったら、はしゃいじゃって」
レインの熱狂は向かいの部屋の宿泊客が怒鳴り込んでくるまで続いたのだった。
街の中心部からだいぶ離れた、年季の入ったレンガ造りの家々が建ち並ぶ一角にそれはあった。
注意して歩かなければ見落としてしまいそうな、地下への入口。両端に建つ住居との間隔は狭く、さらに奥まった位置に下り階段があるため、初見で見つけることは困難だろう。
太陽はすでにその姿を現しているが、周囲に人の気配はない。まるでここには誰も住んでいないかのようだ。耳に届くのは風の音と、自分たちの足音のみ。
「な、なんか暗い雰囲気ですね……」
シスタノが感想を漏らす。療養中の彼女ではあったが、レインたちの身を案じて半ば強引に同行していた。
人間の常識をよく知らないであろうアルとディモルに加え、レインまでもが金に心を奪われてしまった以上、もはやシスタノがパーティ唯一の理性として仲間たちに目を光らせておかなければならないからだ。
「クヒッ。この階段を下れば、あなた様方は億万長者でございます」
シスタノたちを順に見回し、トマスは厭らしく笑う。
「さあ、どうぞ中へ」





