094 地下賭博01
体感としては三週間ほどだが、ガローゼオに初めて到着してからひと月半以上が経過していた。アルとディモル、二人の魔王によって甚大な被害を受けた魔物たちはすっかり鳴りを潜め、今では穏やかな時間が流れている。
レインたち一行は街の中でもやや値の張る宿を拠点として、日々アルの食材探訪に付き合っている。ディモルから受け取った大金があればもっと高級な宿にも宿泊できたのだが、貧乏症のレインにはどうしても肌に合わなかったらしい。
「シスタノ。体調はどう?」
「おかげさまでだいぶ良くなってきてます。普通に身体を動かす分には問題ないんじゃないでしょうか。さすがにまだ全力で走ったりは無理っぽいですけど」
「いいわよ。今のところやることもないんだし。ゆっくり休んでね」
過度の出血で一時は生命の危険もあったシスタノだが、このところようやく落ち着いてきたようだ。立って歩くことや食事も問題なくこなしている。アルが彼女の世話をすると言って風呂について行きかけた時はさすがにレインが張り倒したが、それ以外は特にこれといったこともなく、シスタノは順調に快復に向かっていた。
「今日もアルさんに付き合うんですか?」
「ええ。あいつってば毎日珍しい食材を探したりして飽きないのかしらね」
ベッドに座るシスタノの見下ろし、レインは腰に手を当てる。そんな彼女を眺めながら、シスタノはふふっと微笑んだ。
「いいじゃないですか。療養中のわたしが言うのもあれですけど、この機会にうんと羽根を伸ばしておきましょう。いずれまた忙しくなると思いますし」
「そうね。じゃあまだしばらくはあいつに付き合うことにするわ」
「あらあら。二人ともここにいたのね」
開いたままになっていた部屋の扉からひょっこりと顔を出すのはディモルだ。
自身が好んでいるという薄紫色のワンピースに、可愛らしいシルバーの首飾りを下げている。こうして見るとどこかの令嬢のようだが、その実、彼女はガローゼオの住民たちを震え上がらせた東の魔王、ディモルフォセカその人である。
「あーちゃんが下で呼んでたわよ。そろそろ出発するって」
「いや、まだ夜が明けたばかりじゃない。いくらなんでも早すぎるわよ」
「今日はちょっと遠くまで足を伸ばすらしいわよ。うふふ。頑張ってきてね」
目下のところ、食材探訪に出かけるのはアルとレインで、ディモルとシスタノは留守番という形を取っている。いつどこで魔物に襲われるか分からないため、一応シスタノが宿に残るというのは十分理解できる。しかしディモルは「しーちゃんと一緒にいたいから」などという理由で同行を断るのだった。
「うふふ。今日も一緒に楽しくお話しましょうね、しーちゃん」
「は、はあ……」
「ちょっと、ディモル。あまりシスタノを困らせるんじゃないわよ?」
レインに釘を差され、「はあい」と舌を出すディモルだった。
街に戻ってきて数日が経った頃、ディモルに訊いたことがある。なぜ自分たちの仲間になりたいなどと思ったのか、と。
それに対し、ディモルはいくつかの理由を話してくれた。
エンダナが仕組んだであろう魔物の侵攻を自分のせいにされて、レインたちに刃を向けられたことに腹を立てたのもあるが、今まで一人で退屈していたこと、外を散歩していたらたまたまシスタノと出会ったことなどが挙げられるらしい。
そして何より大きい理由として、
「しーちゃんが名前を付けてくれたからね。彼女はあたしの大切なお友達よ」
とのことだった。つまりディモルはシスタノと偶然出会ったことで、自分の運命をレインたちに委ねてみようと決意したらしい。
もし彼女があの時シスタノと出会っていなかったらと想像すると、レインは背筋が凍る思いだ。確実にアルとディモルの魔法戦になっていただろうし、ともすれば誰かが命を落としていたかも知れないのだから。
「ほんとにいいんですか、レインさん?」
ディモルの仲間入りを不安視するシスタノに、レインは笑って答えたものだ。
「バカねえ。お金をくれる人に悪いやつなんていないわよ」
「…………」
それが正しい判断だったのかはまだ分からない。ただ、あの時シスタノが自分に向けた、思い切り蔑んだような視線だけは早めに忘れようと思うレインだった。
「あ、いたいた。おはよう、アル」
階段を降りると、宿の玄関先で突っ立っているアルが目に留まった。何かをするでもなく、ただただぼうっと直立の姿勢を保っている。
レインの声に振り返り、アルは片手を上げてみせた。
「おはよう、レイン。遅いじゃないか」
「早すぎるっての。なんでこんな朝っぱらから二人で散歩しなきゃなんないのよ」
「散歩ではないぞ。これは戦いだ。いいか、そもそも食材というのは……」
「はいはい。分かったから他の宿泊客の迷惑にならないようにそっと出ましょう」
ここから部屋の中まで抜けるような声量は出していないが、それでも用心するに越したことはない。なるべく音を立てないよう慎重に扉を開け、二人はこっそりと外に出た。
「おお、やっと見付けましたぞ」
宿の外――まるで二人を待っていたかのように、男が一人、声を上げた。
五十代くらいだろうか。オールバックの白髪に、同色の口髭。糸を思わせる細い双眸の奥からは紺碧の瞳が覗いている。黒で統一された上下に隠された体躯は非常に小柄で、恐らくシスタノよりひと回りは小さいだろう。
「おい、レイン。知り合いか?」
「ううん。知らない人」
男はクヒッと笑い声を上げ、それから恭しく二人に頭を下げる。
「ワタクシはトマスと申します。あなた方に朗報を届けに参りました」





