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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第09章 東の魔王
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092 ディモルフォセカ07

「あらあら。あなたがアルヴァリオスなのね。えんちゃんから話は聞いているわ」

「えんちゃん?」


 胸の前で手を合わせるディモルに、アルは小首を傾げる。


「本当の名前はねえ、えっと……。何だったかしら」

「――エンダナです」


 代わりに告げたのはシスタノだった。途端、レインとアルの空気が変わる。

 エンダナ――西の魔王アルヴァリオスの腹心にして、恐らくアルの知らない重大な何かを知っている人物だ。アルを魔王として誕生させた魔族でもある。レインがアルと初めて出会った時、魔王城を出てどこかに姿を消していたようだが、まさかこんな所でその名を聞くことになるとは。


「ふむ。それで、エンダナはどこだ?」

「さっきまでいたんですが、アルさんたちが来る直前にどこかに消えました。もうここにはいないと思いますよ。……多分」


 多分、と付け足したのは、エンダナ自身の言葉が引っ掛かっていたからだ。


 ――あなたのことは……、いえ、あなたたちのことはようく知っているわ。


 そう言って楽しそうに笑っていたエンダナ。もしかすると、彼女は今もどこかでこの状況を監視し、シスタノたちの一挙手一投足を眺めては面白がっているのかもしれなかった。


「アルヴァリオスってことは、呼び方はあーちゃんね」

「む?」

「ということは、あなたがレインちゃんかしら。じゃあれーちゃんでいいわね」

「れ、れーちゃん?」


 戦闘態勢に入っていたアルとレインは、ディモルの唐突な命名に面食らう。


「うふふ。なるほどね。強力な魔法錠を施した扉があっさり破られちゃったのも、あーちゃんがやったっていうのなら納得できるわ。さすがは西の魔王ね」

「扉を壊したのはオレじゃないぞ。レインだ」

「ちょっ! バラしてんじゃないわよっ」


 アルに指を刺され、レインは狼狽える。しかしすぐに気を取り直したようで、


「べっ、別に悪いなんて思ってないわよっ? どうせここで東の魔王――あんたを倒しちゃうんだから壊しても問題ないでしょ!」

「……あらあら。れーちゃんが犯人だったの。びっくりしたわ」


 間延びした口調ではあるが、ディモルは本当に驚いているようだった。

 よく見れば、確かにレインの剣からは魔力が感じられる。たとえ魔法剣だったとしても、並の魔力や剣の腕ではあの扉はそう簡単には破られないはずだ。そうではないということは――


「うふふ。あたし、あなたたちがどうして一緒にいるのか、ちょっと興味が湧いてきちゃったわ。よかったら教えてくれないかしら?」


 そう言ってディモルは微笑む。ほんの少し前までシスタノの頭を吹き飛ばそうとしていた魔王の言葉とは思えない。どうにも物忘れの激しい彼女は、もしかしたらそれすら忘れてしまったのかもしれない。

 だが、それはシスタノ自身が聞きたいことでもあった。今までは魔王を討伐したレインと、魔王城に囚われていたアル――自分が助けだしたアルの面倒をレインが見ているという認識だったが、それが間違いであることはすでに知っている。

 ではなぜ魔王と、魔王を討伐しに行った人間――その二人が共に生活しているのだろうか。


「……アルの記憶を取り戻すためよ」


 ディモルに攻撃の素振りがないことを確認し、レインは言う。


「アルが魔王になってから三年。彼にはそれ以前の記憶がないの」

「え……。それは初耳です」

「シュティーリアが今のガローゼオのように魔物から激しい猛攻を受けていたのは三年前。それ以降は徐々に沈静化していったわ。つまり、アルが魔王になった時期と重なってるのよ」

「ふうん。あーちゃんもれーちゃんも大変ねえ」


 心底同情している様子で、ディモルは数度頷いてみせる。


「あんたはどうなのよ、東の魔王。記憶はちゃんと残ってるの?」

「うふふ。あたしはほら、数分前のこともよく忘れちゃうから」

「…………」


 そういえばまさに今、互いに敵対していたことも忘れているようだ。


「自分の名前も忘れちゃうくらいだからねえ、あたしって」

「お前の名前なら知っているぞ」


 何気ないアルの言葉に、シスタノが驚いて振り返る。ディモル本人はさほど興味はなそうだが、それでもゆっくりとアルに視線を移した。


「エンダナから聞いたことがあるからな。お前の名前は憶えている」

「本当ですか、アルさん」

「ああ。……だが、もう不要になった」


 アルはシスタノにうなずき、そしてディモルへと向き直る。


「お前にはシスタノから貰った名前があるからな。ディモルフォセカ――その名はけして忘れるな。友人から貰った大切な名前だろう?」


 その言葉にディモルは一度大きく目を見開き、そしてゆっくりと閉じる。

 そこにはもう、『魔王』を冠するディモルフォセカの雰囲気はなかった。


「ええ、そうだわ……。あたしの名前はディモルフォセカ。しーちゃんから貰った大切な名前よ」

「ディモル。オレたちがここに来た理由はひとつだ。ガローゼオへの魔物の侵攻を止めてもらいたい。それだけだ」


 こうしている今も、ガローゼオは多くの魔物から攻撃を受けている。アルたちが国を出てから二週間以上が経過しているとなると、本当に急がなければならない。

 するとディモルはどこか意地悪そうに微笑み、


「いいわ。でもそれにはひとつ条件を出させてちょうだい」

「条件?」


 オウム返しに問うアルに、ディモルは三人を見回して言うのだった。


「あたしもあなたたちの仲間に入れてくれないかしら」

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