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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第09章 東の魔王
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091 ディモルフォセカ06

『行くというか、来るのよ――ここに』


 そう言って姿を消したエンダナ。彼女の言葉が指す二人は、相変わらずの力技でもって乱暴に部屋へと侵入してきた。二人に立ちはだかるどんな壁も、言葉どおり『ぶち壊して』進むとでも言うのように。


「おかしいわねえ。並の人間や魔族では破られない強度だったのに」


 小首を傾げてみせるディモルだが、驚いたような素振りはまるでない。どちらかと言えば、新たな来客に喜んでいるふうでもある。

 新たな来客――レインとアルは、シスタノの正面からそちらを見やるディモルに目を留めるが、優先順位としては仲間が先だと判断したらしい。シスタノへと再び視線を戻し、駆け寄ってくる。


「まったくもう! 人の話も聞かずにこんな所まで来ちゃうなんてっ」

「す、すみません……」


 自分の感覚ではまだ数時間前に会ったばかりだが、本当は二週間以上が経過している。その間、二人はどんな気持ちでシスタノを追っていたのだろうか。

 素直に謝罪して項垂れるシスタノに、今度はレインが眉を上げて驚いた。


「あ、いや、謝ってくれるなら別にいいけど……。って、あれ? なんか雰囲気、戻ってない? 最後に会った時は、なんていうかこう……」


 それは自分が一番分かっている。シスタノは申し訳なさそうに身を屈める。

 彼女の母が患った大病は魔物起因のものだ。人から人へ伝播することはないが、ある特定の魔物から放たれる微細な菌によって人間に空気感染する。罹患する者が稀であるため対処法もまだ確立しておらず、一度かかると手の打ちようがない。

 だからシスタノは憎んでいた。

 自分の愛する母を苦しめた魔物を――それを遣わせた魔王を、シスタノは心の底から憎んでいた。


「わたしが間違っていました。ごめんなさい、レインさん。……アルさん」


 正直なところ、自分の思い込みがどこまで真実なのかは分からない。

 ひょっとしたら魔王とは関係なく魔物が暴れているのかもしれないし、そもそも病気には別の原因があったのかもしれない。自分はただ、誰かのせいにしたかっただけなのかもしれない。母に何もしてあげられなかった自分を擁護するために。


「……もういいわよ、シスタノ」

「そういうことだ」


 嘆息するレインにアルが同調する。


「細かい話は後にしましょう。今は他にやることがあるんだから」

「……は、はいっ!」


 ゆっくりとベッドから立ち上がるシスタノ。体調は変わらず、極度の貧血のせいで今にも倒れてしまいそうだ。だが、それでも先ほどより明らかに力がみなぎっている。自重を支えるにはこれで十分だ。


「うふふ。感動の再会かしら。こういうのって素敵よねえ」


 頬に手をやり、ディモルは微笑む。


「こういうのを何て言うんだったかしら。うーん……、忘れちゃったわ」

「……えっと、シスタノ。こちらの方は?」


 ぺろりと舌を出してみせるディモルを見やり、レインが問う。


「気を付けてください。この人が東の魔王です」

「んなっ? この人がっ?」


 どう見ても魔王とは真逆の風貌をしたディモルこそが魔王本人だとは、さすがのレインも想像していなかったようだ。瞬時に後方に跳び、ディモルと距離を取る。


「あらあら。なんで教えちゃうのよ、しーちゃん」


 怒っているのか楽しんでいるのか――今ひとつ判別がつきにくい物言いでもってディモルは言う。そして彼女が目を向けた先には、崩壊した扉の欠片によって折れ曲がってしまった色とりどりの花――ディモルが気に入っていた数々の花の無残な姿が広がっていた。


「あたしの大事な花をこんなにしちゃうなんて、やっぱり人間って生かしておいても碌なことをしないわねえ。いっそのこと全滅させた方がいいのかしら」


 途端、ディモルの指先に光球が出現する。先程シスタノが向けられたのと同じ、薄紫色をしている。


「あたしは東の魔王ディモルフォセカ。うふふ。可愛い名前でしょう? さっきしーちゃんに付けてもらったのよ」

「ディモルフォセカ。花の名前だな」

「……え?」


 予想していなかった声に、思わずディモルの動きが止まる。

 花の名前だと言い当てたのは、この中で一番花と縁遠そうな男――アルだった。


「ディモルフォセカ。花言葉は『無邪気』だとか『元気』だとか、確かそんな感じだったな。レインの後ろの黄色い花がそうだ」


 アルに促されるまま振り返ったレインが件の花を見つけ、大して興味もなさそうに生返事をして頷いている。

 周囲に並んだ花を見回し、アルは続ける。


「そっちの薄い赤色はラナンキュラス。その隣はストケシアだ。スノーフレークも咲いているようだな。それぞれ管理方法が異なる花ばかりだが、よく見ると鉢植えごとに魔法の膜が張ってある。きっと鉢単位で温度管理をしているのだろう」

「……せ、正解よ。よく分かったわねえ、あなた」


 敵対していることも忘れてしまったのか、ディモルはアルの言葉に力強く頷いている。きっと今まで彼女の大好きな花の話をできる者がいなかったのだろう。


「あたし、あなたとお友達になりたいわ。あなた、お名前は?」


 ディモルの熱い視線を真っ向から受け止め、アルは胸を張って答える。


「オレはアル――西の魔王アルヴァリオスだ」

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