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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第09章 東の魔王
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089 ディモルフォセカ04

「あらあら。ごめんなさいね、しーちゃん。えんちゃんも悪気があって言ったわけじゃないのよ、多分」

「シスタノさんには聞こえてないみたいよ」


 エンダナの指摘どおり、今のシスタノは何も聞こえない。何も届かない。

 自分の腕を強く抱き、彼女は震えるばかりだ。


「なんてことを……。わたしはなんてことを……」


 魔物たちの猛攻に、あれほど疲弊していた住民たち。自分が無駄にした二週間という日数を彼らが無事に生き延びている可能性はどのくらいあるだろうか。

 そんなシスタノを満足そうに見下ろし、エンダナは言う。


「さて、じゃあアタシはそろそろ行くわ」

「あら。まだ来たばかりじゃないの。もっとゆっくりしていきなさいな」

「それはまた次の機会にするわ。今回はそろそろ時間だからね」

「時間? どこかに行く用事でもあるの?」


 ディモルの問いに、エンダナは笑みで答える。


「行くというか、来るのよ――ここに」


 これ以上楽しいことはないとでもいうように、エンダナは顔を歪める。


「だからアタシはここに居ちゃあいけないの。食事でもお楽しみは最後の最後まで取っておくタイプだしね、アタシ」

「ふうん。よく分からないけど、えんちゃんがそう言うのなら仕方ないわね。でも絶対また遊びに来てね。約束よ」


 手を振るディモルに軽く振り返し――まるで煙が立ち昇るように、エンダナの姿はすうっと景色に溶けて消えてしまった。

 それを見届けてから、ディモルはシスタノへと視線を移す。


「ねえ、しーちゃん。しーちゃんは何でそんなに悲しそうな顔をしているの?」


 頭を下げて覗き込むが、彼女からの反応はない。ディモルはつまらなそうに頬をぷうっと膨らませる。なんとも可愛らしい表情だが、本人からすればきっと怒っているのだろう。

 ディモルは腰に手を当てて、「もう、しーちゃんったら!」と声を荒らげた。


「そんなに悲しい顔をするくらいなら、あたしに話してくれてもいいじゃないの。誰かに話すことで悲しみは半分になって、喜びは倍になるっていうじゃない。えんちゃんがそう言ってたから間違いないわよ、多分」


 エンダナを信頼しているのかしていないのか――彼女の話をするたびに『多分』が付帯する。本人はそれを自覚していないようで、いたって真面目な顔でシスタノを諭そうと試みている。


「ああ……。こんなとき……」


 誰にともなくシスタノは声を漏らす。

 敵として認識し、互いの間に確実に一線を引いたはずなのに、シスタノの脳裏に浮かぶのは、かつて仲間だった二人の姿だ。彼らはどんなときも自分というものを貫いていた。どれだけ逆境に打ちのめされようとも、二人は前を見続けていた。

 それは自分にはないもので、シスタノは二人のそんなところにも憧れたものだ。


「あの二人なら……」


 彼らから学ぶべきものはいくつもあった。まあ「絶対にこうはなるまい」と心に誓うような惨事も多々あったが、本質はそこではない。

 自分が正しいと信じた道から、彼らはけして目を逸らさなかった。だからこそ、あの二人は本当に強かったのだ。


「……わたしも。わたしも強くなりたいっ」


 涙を拭い、シスタノは顔を上げる。

 まだだ――絶望するにはまだ早い。自分には東の魔王を討つという使命があるのだから。自分が正しいと思った道は――信じた道はまだ終わっていない。


「あら。急に元気になったみたいね、しーちゃん」


 驚いたように眉を上げるディモルに、シスタノは頭を下げる。


「ごめんなさい、ディモルさん。やっぱりわたし、行きます」

「ええ? えんちゃんが帰ったばかりなのに、しーちゃんも? それじゃああたしが暇になっちゃうじゃない。あたし、退屈って苦手なのにい」

「わたしにはまだ、やらなきゃいけないことがあるんです」


 ガローゼオの住民たちの安否が気掛かりだが――いや、気掛かりだからこそ今は急がなければいけない。それが自分の役目だ。


「ふうん。やることってなあに?」

「……東の魔王の討伐です」


 答えるべきか迷ったが、これは命の恩人である彼女へのせめてもの誠意だった。

 しかしディモルは「ふうん」とそっけない声を上げるだけで、別段驚いた様子はない。この答えを想定していたわけではないのだろうが、興味なさげにシスタノを見下ろしている。


「東の魔王ねえ」

「はい。そのためにわたしは旅をしているんです」

「……ふうん」

「それでディモルさん。ひとつお尋ねしたいんですが、ここから魔王城まではどのくらい距離がありますか? お恥ずかしい話、実はわたし、魔王城の正確な場所が分からなくて……」


 せめて方角と距離だけでも教えてもらえれば、道に迷うこともないだろう。

 そう考えての問いだったのだが――


「それなら心配しなくていいわよ、しーちゃん」

「……え?」


 それまでとは明らかに違う昏い笑みを、ディモルはうっすらと浮かべる。

 どこか抜けたところはあれど、人好きのするおっとりとした彼女はもう、そこにいなかった。そこにいるのはディモルであってディモルでない、まったく別の人間――いや、人間ですらないだろう。

 シスタノの心臓は早鐘のように打ち続け、早く逃げろと警鐘を鳴らしている。


「あ……、ああ……」

「どこにも行かなくていいわ、しーちゃん」


 そしてディモルは告げる。


「なぜならここが、あなたの探している場所――魔王城なのだから」

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