082 シスタノ01
ガローゼオの外――北側にはジュディの言葉どおり、そこかしこに兵士や冒険者たちの姿が散見できた。それのみならず、これほどの大人数が哨戒しているというのに、魔物たちはまるで臆することなく彼らを襲撃する。
一体や二体程度であれば迎撃も易いだろうが、それ以上の数が一斉に襲ってくるとなると話は変わる。戦線から離脱者を出さないよう、兵士や冒険者は自分たちの職業の垣根を越え、四人から五人ほどのパーティを組んで対応しているようだ。
「ぐはあっ!」
そんな中、ダイアウルフの群れに囲まれた兵士が剣を手放した。狼たちの執拗な攻撃を捌ききれず、後方から飛び掛かる魔物の牙によって叩き落とされてしまったのだ。
「し、しまった……!」
武器を持たない人間は、魔物たちの格好の的だ。
魔力を帯びた強靭な巨体を持つダイアウルフ。彼らの長く鋭い牙が一斉に獲物へと襲いかかり――瞬時に消え失せた。
残ったのは、頭を抱えてうずくまる兵士一人。
「……え?」
ほんの数秒前まで絶体絶命だったはずの彼は、呆けたように周囲を見回した。
その瞬間、彼の両脇を一陣の風が通り過ぎる。
風――そう。それは風のような速さだった。
「アル、左をお願い。私は右をやるわ」
「分かった」
風のような素早さで大地を蹴る少女と青年。言うまでもなくレインとアルだ。
アルが腕をさっと横に薙ぐと、遠くの魔物たちが蒸発したように消えていく。
レインはそのスピードに乗ったまま真っ直ぐ魔物の群れへと接近し、的確に急所を切り刻んでいく。
二人の通った後には、魔物の姿はわずかも残っていなかった。
しかしその攻勢にも限界がある。なぜならレインは人間なのだから。
「ぜえ、ぜえ……。ちょ、ちょっとアル、待って……」
「どうした?」
急激に失速するレインへと振り返り、アルは足を止めた。
「ぜえ、ぜえ……。悪いけど……、ちょっとだけ休憩、させて……」
膝に手を置いて肩で息をするレイン。
当然だ。街を出てからここまでずっと同じ速度で走り続け、剣を振るい続けたのだから。ガローゼオの高い城壁は遥か後方――ここからでは親指の爪ほどの大きさしかない。
「まさかとは思うが、もうへばったのか?」
「そ、そのまさか、よ……。ぜえ、ぜえ……」
「ふむ。では休憩しよう」
そう言って城壁へと目をやったアルだったが、
「……レイン。シスタノが出てきたぞ」
「ぜえ、ぜえ……。早すぎるでしょ……」
アルと同じようにそちらへ目を向けるが彼女には何も見えない。しかし、アルがそう言っているのなら本当なのだろう。
膝から手を離し、レインは直立の態勢をとった。
「予想よりだいぶ早かったけど……。ぜえ、ぜえ……。いいわ、ここでシスタノを止めましょう……」
ここで待っていれば、いずれシスタノは現れる。それまでに何とか呼吸を整え、今度こそ話を最後まで聞いてもらわねば。
もちろん彼女が耳を傾けてくれるとは限らない。その時は剣を抜いてでも彼女を止める覚悟だ。しかし――
「ふむ。どうやら道を逸れたようだな」
「……え?」
腕を組んで遠くを眺めながら、アルはそう言った。
「よく考えてみればシスタノは魔王城の場所を知らないな。だったらとりあえずの勢いで北上しているだけかもしれん。あの方向を直進しても海しかないぞ」
「それはそれでマズいじゃない!」
どこか他人事のようなアルに、レインは思わず声を荒らげる。
シスタノがここに向かってくれば自分たちがいる。道中の魔物も目に付く辺りはあらかた片付けたため、彼女への危険はほぼないだろう。
だが、道を逸れたとなれば話は別だ。そちらにはまだ多くの魔物が徘徊し、兵士や冒険者たちの警戒もそこまで行き届いていない。シスタノがたった一人ですべてを相手にできるはずがないのだ。
「……アル、お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「私を担いでシスタノのもとへ走ってくれない?」
正直、息もまだ整っていないこの状態で走るのは厳しい。だが、だからといって体調が戻るまで彼女を放っておくわけにもいかない。
「構わんぞ」
アルは腰を屈め、レインの前に肩を差し出した。ここに腹を乗せろと言っているのだ。正面に抱けばアルの両手が使えなくなり、かといって背負えば、向かい風に煽られてレインを落としてしまう――それ故の肩なのだろうが、まるで女子として扱われていないことにレインは心の中で舌打ちをするのだった。
「……絶対横は見ないでよ?」
「なぜだ?」
「だってほら……。見えちゃうでしょ」
「何がだ?」
要領を得ない会話に苛立ち、レインは吠える。
「だからっ! パンツよパンツ! 絶対見るんじゃないわよっ」
「分かった」
レインを肩に担ぎ、アルは上体を上げる。
「しっかり掴まっていろ」
「さっそく見るんじゃないわよ、バカ魔王!」
レインの怒号など意にも介さず、アルは力強く大地を蹴った。





