081 ガローゼオ05
人がようやく二人並べる程度のこの路地裏で剣を抜くのは得策ではない。
横に薙ぐことは当然叶わず、かといって上段一本に絞れば、それを見越した相手にやすやすと躱されてしまう。一度剣を収めて格闘戦に移行するか、広い場所まで移動するのが妥当なのだが、頭に血の上っているシスタノにはそこまで考える余裕はないらしい。
「シスタノ、話を聞いて!」
「またわたしを嘘で騙そうっていうんですかっ。もうその手には乗りませんよ!」
こうなってしまってはもう取り付く島もない。
かつては尊敬していたというレインの説得にも応じる気配すらなかった。
「わたしはもうあなたたちを信用しません!」
「だから話を……」
「下がっていろ、レイン」
レインの肩を掴んで下がらせると、アル――魔王アルヴァリオスは敵対の構えを見せるシスタノの正面に立った。もともと何の予備動作もなく強力な魔法を放つ彼ではあるが、今もいつもと変わらず隙だらけだ。
もしもこのタイミングでシスタノが切り込んできたら、いくら彼であっても回避することは難しいだろう。まあアルの場合、逆に剣を折ってシスタノを弾き飛ばすくらいのことはしそうだが。
「おい、シスタノ。レインが言っているだろう。話を聞いてやれ」
「嫌です!」
「……おい、レイン。嫌みたいだぞ」
「何しに出てきたのよ、あんたは!」
思わせぶりに出てきたわりにまったく役に立たないアルを強引に下がらせ、再びレインが前に出る。とはいえ今のシスタノを相手にどこまで話が通じるかは怪しいところだ。
「ねえ、シスタノ。ひとまず剣をしまってちょうだい。危ないわよ?」
その言葉に数秒考えを巡らせたシスタノだったが、やがて剣を腰の鞘に収めた。
「あ、ありがとう、シスタノ」
「もういいです。あなたたちとはここでお別れです」
シスタノは踵を返し、ギルドの裏通りへと歩いていく。
「……魔王アルヴァリオス。数ヵ月行動を共にして、あなたへの早急な対応が必要ないのは分かりました。わたしはまず東の魔王を倒します。あなたを倒すのはそれからです」
首を洗って待っていてください――振り返ることなくそう言い残し、シスタノは消えていった。レインとアルはそれを見送ることしかできなかった。
「……って、無理でしょ! シスタノ一人じゃ!」
姿が見えなくなってしばらくしてからレインが我に返る。
「私だってアルにまったく歯が立たなかったっていうのに、同等の力を持った東の魔王にあの子が勝てるわけないじゃない! 返り討ちにあうか、最悪道中で魔物にやられちゃうわよっ」
「そういうことは本人に言ってやれ」
「本人に聞く気がなかったから今言ってんのよっ」
ともあれ、このまま彼女を放っておいてはまずい。東の魔王がアルのように話の通じる相手ならまだいいのだが、とても楽観視できる状況ではない。
「行くわよ」
アルを見上げてレインは言う。
「シスタノを追うのか?」
「いいえ、先回りするわ。私たちが先に東の魔王のもとに行くのよ」
彼女が無茶をする前に危険を排除する――レインはそう言っているのだ。
「ふむ。まあいいだろう。ついでに東の魔王を説得して魔物の侵攻を抑制できればクエスト報酬もたんまり手に入るだろうからな。グルメ探訪はそれからだ」
「説得できる相手なの?」
「さあな。なにせ会ったこともないんだからな」
「…………」
魔王同士の交流はまったくないと言っていた彼に聞くべき質問ではなかった。
「馬を借りるか?」
「そうね。……いえ、やっぱり徒歩で向かいましょう。道中の魔物も減らしながらじゃないと不安だわ」
シスタノの剣の腕を過小評価しているわけではない。だが、彼女一人でどうにかできる魔物ばかりとは限らないのだ。この地方の魔物に詳しくないこともあって、もしシスタノの知らない魔物やレアモンスターに襲われたらと思うと不安ばかりが先行してしまう。
「シスタノが馬を使うかもしれないぞ」
アルの指摘ももっともだ。シスタノの乗馬の腕はレインもよく知っている。
先日、シュティーリアの北に逃げたショートテイル・ワイバーンを追いかけた時に彼女の操る馬に同乗したが、その手綱さばきはなかなかのものだった。
「だからこそよ。馬を借りるにはお店に行かなくちゃけない。そのお店を探したり手続きをしたりって手間を考慮すれば、私たちが今すぐ出発した方が彼女より先を行けるわ」
向かう方向が同じなのだから、シスタノは必ずレインたちを追い抜かさなければいけない。周りに被害の出ない拓けた場所であれば、今度こそレインは力ずくでもシスタノを止めるつもりだった。
「行くわよ、アル」
「分かった」
しかしレインは気付いていなかった。魔王城のほぼ正確な位置を知っているアルと違い、シスタノがそこまでの情報を持っていないことに。





