080 ガローゼオ04
「アル。あんたの知ってる限りの情報を教えてちょうだい」
「分かった」
「シスタノ。あなたも心を強く持ってよく聞いていてね」
「え? あ、はい……」
クエスト依頼書に契約のサインをし、ギルドを出てすぐ脇の通りから裏路地へと入ってレインはアルへと向き直った。
これから話す内容は誰にも――本当ならシスタノにもまだしばらくは黙っているつもりだったが、事が事だけにそうも言っていられない。何も知らずに自分たちを慕ってここまでついてきてくれた彼女には気の毒だが、そろそろ真実を――アルの正体を明かす時が来たようだ。
「これから話すことのすべてが本当だとは思わなくていいぞ。オレもエンダナから聞いただけで、実際に自分で経験したわけではないからな」
レインとシスタノを見下ろしながら、アルはそう切り出した。
背の高い建物に挟まれたこの路地は、まだ真昼だというのにひどく暗い。陽光の狭間に生まれた影は、まるでアルの話に同調するかのようである。
「とはいえ、オレも多くを知っているわけじゃない。ただの表面だけの情報として聞いてくれればいい」
「分かったわ」
頷くレインに頷き返し、アルは語り始めた。
「まずこの大陸には三人の魔王がいる。西と東、そして北だ」
「北にもいるの……?」
シュティーリアとガローゼオは、どちらも国土の南側が海に面している。つまり両国は大陸の南端に位置しているわけだ。そのためかは分からないが、残る三つの方角にそれぞれ一人ずつ魔王が存在しているという。
「しかし魔王同士での交流はまったくない。少なくともオレはこの三年間、ただの一度もなかったぞ。もしかしたら北と東の魔王は何かしらあったのかもしれんが」
「やめなさい。あんただけハブられてる可能性を自分で示唆するのはやめなさい。なんか悲しくなるから」
「あの、それって……?」
ここでようやくシスタノが割って入る。
今まで黙って二人の話を聞いていたが、どうにも看過できない情報に気が付いたようだ。まあそのために事前に断りを入れておいたのだが。
「今の話を聞いてると、なんだかアルさんも魔王みたいな内容に思えるんですが」
「そうだぞ」
間髪を入れず、アルは答える。
「オレはかつて『西の魔王』と呼ばれていた。名はアルヴァリオス。お前も聞いたことがあるだろう」
アルヴァリオス――数ヶ月前、レインが倒したとされていた西の魔王。数多くの魔物を率いてシュティーリアを襲っていた、王都の人間であれば誰もが恐怖と敵対を抱く魔族の王である。
「……い、いやあ、そんな馬鹿な。ちょっと、アルさん。普段冗談を言わない人がそんなことを言ったら本気に捉えられちゃいますよう。やだなあ」
「本当だ」
無理に笑顔を貼り付けるシスタノに、アルは容赦なく端的に答える。
「オレの名はアルヴァリオス。失くした三年より前の記憶を探すため、レインと旅を共にしている」
「ごめんね、シスタノ。本当はもっと落ち着いた環境であなたに伝えるべきだったんだけど……」
「そ、そんなあ。あはは。レインさんまでこんな笑えない冗談に乗っかるなんて、二人とも人が悪すぎますよう」
眉を下げるシスタノに、二人は何も返さない。返す言葉がないのだ。
どれだけ説明したところで、それは言い訳にしかならない。本当のことを彼女に語らず、今の今までずっと騙してきたことに変わりはないのだから。
「う、嘘ですよね……?」
「本当だ」
もう一度、今度は先ほどよりしっかりとした口調で答えるアル。
「わたし……、憧れてたんですよ? 魔王を倒して、囚われていたアルさんを救出して颯爽と凱旋した格好いいレインさんが……、大好きだったんですよ?」
「……ごめんなさい」
その実、魔王は討伐されておらず、それどころか味方面をしてずっと近くにいたなんて。そんな状況の中、自分は何ひとつ真実に気付くことなくへらへらと笑っていたなんて。滑稽を通り越して――哀れだ。
「……だったらわたしが変えます」
「シスタノ?」
俯いたシスタノの表情は見て取ることができない。だが、これだけははっきりとしている。
彼女はもう、今までの彼女ではない。
「アルさん。いえ、魔王アルヴァリオス。わたしが今ここであなたを討ち、魔王が討伐されたという虚構を――真実に変えてみせます」
そう宣言し、腰の剣を抜く。
「や、やめなさい、シスタノ! お願いだから最後まで話を聞いてっ」
「これ以上あなたたちの口車には乗りません」
陽光の遮られた路地裏に、彼女の刃が煌めくことはなかった。





