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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第01章 素人魔王と怪物少女
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008 怪物02

 剣士オーギュス。斧使いグタ。魔術師ヒルダ。そして、剣士レイン――いずれも街では名の知れた、屈強な戦士たちだった。街からほど近い王城で毎年開催される武闘大会においても、彼らは常に優勝を争い、競っていた。

 国王はそんな彼らの腕を見込み、強力な魔法が付与された武器をそれぞれに与えて魔王討伐を命じるのだった。


「そんなわけで、私たち四人はあんたを討伐するために街を追い出されたの」


 人間を襲う意志のないアルを倒したところで、人間にはもちろん何のメリットもない。時折街を襲撃する魔物たちは彼が作り出したものではないし、だから魔物にそんな命令もしていない。もしアルが討たれたとしても、魔物たちは変わらず街を襲い続けるだろう。

 三年ほど前から襲撃の頻度が下がったのは、その時期にアルが、エンダナの手によって魔王になったからだ。しかしそんなことを知らない国王は、これは魔王の力が衰えてきたための現状だと理由づけた。討伐に出るなら今が好機だと。


「見当違いもいいところだな」


 アルのぼやきに、レインも「そうね」と頷く。


「でも、そのときの私はものすごく嬉しかったの。剣を振るうのが他人(ひと)よりほんのちょっと上手いっていうだけで周りから怖がられ、遠巻きにされてきた自分にも、これでようやく力の使い道ができたんだって。剣を振るってみんなに喜ばれる――認めてもらえるなんて、私にとって、それはすごく嬉しいことだったのよ」

「ふうん。そんなものか」

「そんなものよ」


 正直に言ってしまえば、魔王であるアルに自分の――人間の気持ちを理解できるとは思っていない。ただ、魔王討伐の命を受けた自分がどれだけ嬉しかったのか、誰でもいいから話したかったのかもしれなかった。

 まあ、まさかそれが魔王本人にだとは思ってもいなかったが。


「……ただ、他の三人は違ったの。あの人たちが毎年武闘大会に参加してたのは、あくまで賞金が目当て。死の危険がない安全な場所で大金を手に入れることが、彼らが戦う理由だったのよ」

「別にいいんじゃないか? 理由なんて人それぞれだろう」

「もちろんよ。でもそれは大会の中での話。魔王討伐の命を受けて、三人はひどく狼狽(うろた)えていたわ」


 街を旅立った戦士は何人もいたが、帰ってきた者は一人もいない。それこそが、彼らに二の足を踏ませる原因だった。

 自分たちはただ大金が欲しかっただけなのに、なぜ生きて帰れる保証のない旅に出なければいけないのか――命あっての物種とはよく言ったもので、死んでしまえばその金はすべて無駄になるというのに。


「だから旅の途中、あの人たちが逃げると言い出したときも、私は驚かなかった。ああ、やっぱりな――そう思っただけ」

「そうか。まあお前がそれでいいと言うのであれば、オレが口を挟む問題でもないだろう。結果としてお前はオレのもとに辿り着いた。それがすべてだ」

「すべてではないけどね。あんたを連れ出してるし」


 彼がレインを励まそうとしているのかは分からないが、とりあえず今はそう思うことにしておく。自分が倒そうとしていた魔王に同情されるというのもおかしな話だが、この際そこには目を瞑ろう。


「ところでレイン。道はこのまま真っ直ぐで合っているのか?」


 人が割と思い切った話をしているのというのに、外套(がいとう)の向こうでアルは素知らぬ顔だ。先ほど彼自身も言っていたが、他人が口を挟む問題ではないと結論づけたのだろう。

 レインとしてはもう少し踏み込んでもらってもよかったのだが。


「合っているも何も、私にはまったく見えないし……。この辺りはずっと似たような景色だったから、目印になるようなものも記憶にないわ」

「ここからしばらく歩いた先に、小さな村のようなものが見える。この速度で歩き続ければ――そうだな、あと二日といったところだ」

「……なんで二日先の距離が見えるのよ、あんたは」

「目がいいんだ」

「ああもう、それでいいわ……」


 魔王に人間の常識を説いたところで、そんなものには何の意味もない。

 まあ二日も歩けば、魔王城から漂う魔力の黒い霧も薄くはなるだろう。もちろん魔王本人が共にいる以上、完全に晴れるということはないとは思うが、多少の視界は利くようになるのではないだろうか。


「目指してる場所とは多分違うけど、とりあえずそこに行きましょう。こんな何もないところじゃあ、あんたの料理も食べられないだろうし」

「ふむ。では一旦、我が邸宅に戻るか?」

「戻るわけないでしょ! あんたバカなのっ?」

「戻ればいくらでも食わせてやれるぞ?」

「うぐっ。で、できれば私の知ってる食材が食べたい……」


 たしかに味は良かったが、出処(でどころ)不明の謎食材ばかりが並ぶあの食卓は、しばらく遠慮させてもらいたい。それでなくとも必死の思いでようやくここまで歩いてきたのだから、それをまた逆戻りなんて確実に心が折れてしまう。

 魔王の提案に若干惹かれはしたものの、二人は前へと歩き続けた。


 そして四日後――レインとアルはようやく村の門へと辿り着いた。

 小規模な土地面積のわりに、いやに頑強そうな鉄扉(てっぴ)が二人の前に立ちはだかっている。まあ魔王城からわずか数日の距離に位置しているとなれば、当然魔物もそれなりの強さを有しているのだろうし、ともすれば外敵からの守りは、どれだけ厚くても厚すぎるということはないのだ。


「や、やっと着いた……」


 積もり積もった疲労のせいで、足取りが心許ない。

 よくよく考えてみれば、魔王城で食事をして若干の休息をとったとはいえ、それは気絶していた時間を合わせてみても数時間といったところだ。旅の疲れを完全に癒やすには短すぎる。

 加えて極度の緊張による精神的な疲労もあるのだから、ほとんど休めていないと言ってもいいだろう。つまりは満身創痍というわけだ。


「……アル。あんたたしか、二日の距離って言ってたわよね」

「ああ、言ったな」

「なんで倍の日数かかってるのよ」

「お前が何度も休憩するからだ。休まず歩き続けていれば二日で着いていたぞ」

「ああ、そう……」


 アルへの文句を諦め、改めて目の前の鉄扉を見上げる。

 レインの背丈の倍はあろうかという大きな扉。その両端にはレンガ造りの防壁が村をぐるりと囲っている。

 さて、とりあえず声を上げてみようか――そう思った瞬間、


「レインシーか?」


 驚いたふうの声が、壁の上から降ってきた。

 しかし驚いたのは声の主だけではない。聞き慣れたその声に目を見開き、レインは鉄扉の頂きを見上げる。そこにいたのは、やはり自分のよく知る男だった。


「グタ……!」


 レインの視線の先で、かつての仲間――斧使いグタがこちらを見下ろしていた。

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