078 ガローゼオ02
王都ガローゼオ――国王ヴァレオンが統治する王政国家である。
往来にさほど距離のないシュティーリアとは古くから交流があり、肥えた土地で栽培される特産物の数々はシュティーリア内にも多くの愛好家がいるほどだ。
その中でも人気があるのはズミ地方の野菜とガキサン地方の牛肉で、特に後者はチャンポンチャン、ジュマペール、ハニホヘトの三つのブランド肉で有名である。
「というわけで、まずはガキサン地方に行こうと思う」
ガローゼオに到着早々、アルはそう宣言した。
乗合馬車での旅の疲れなどまるで感じさせない力強さである。
「いや、ちょっと待って。正直ちょっと今、手持ちが……」
懐から金貨袋を持ち上げてレインが言う。実際は金貨袋なんて名ばかりの、中身の伴わない軽々とした財布である。左右に振ってみせると、チャリン、チャリンと数枚のコインが当たる寂しい音が聞こえてきた。
「一日二日くらいなら大丈夫だと思うけど、それ以上滞在するのなら――と言うかここで食を楽しみたいならまずはお金を稼がないといけないわよ」
「なんだと……。おい、レイン。そんな話は聞いてないぞ」
「いやあ、早めに言おうと思ってたんだけどね。すっかり忘れてたわ。ごめん」
顔の前で両手を合わせるレインを見下ろし、アルはあごに手を置いた。
「ふむ。では最初に宿を取り、その後この街の冒険者ギルドを覗くとするか」
「そうね。それがいいと思うわ」
もちろんガローゼオにも冒険者ギルドは存在する。シュティーリアで登録した時にミゲリアから渡された指輪――登録番号が刻印されたそれはこの国でも有効で、受付で指輪さえ見せれば自由にクエストを受注することができる。
「よし。宿を探そう」
三人の先頭としてアルが中心部へと足を向けた。
「しかし、何と言いますか……」
目の動きだけで周囲を見回し、シスタノが呟くような小さな声を零す。通行人に聞かれたくない内容なのだろうか、彼女は前を歩くアルとレインに顔を近付ける。
「……この街の人たち、なんだか元気がないように感じるんですが」
「あ、シスタノもそう思った?」
レインが振り返って同意を返す。
表向きは誰もが活気あるふうに見える。だが、ふとした拍子に現れるどこか疲弊したような表情は隠しきれるものではない。十分な睡眠を取れていないのか、目の下にくまを作っている者も一人や二人ではなかった。
「何て言うのかな。こんなに多くの人が一様に疲れてるのを見ると、したくもない想像をしちゃうわよね。王様が国民全員に何かしらの無理を強いている、とか」
「ちょ、ちょっとレインさん。滅多なことは口にしないでくださいよっ」
こんな会話がもし住民や兵士の耳に届いたら、ひょっとしたらとんでもないことになるかもしれない。レインの腕を両手で掴んでシスタノが抗議すると、レインは申し訳なさそうに舌を出してみせた。
「……ふむ。ギルドが先に見付かったようだな」
二人の会話にまったく参加しなかったアルが前方を指し示す。
その先には確かにギルドと思しきレンガ造りの大きな建物がそびえていた。
「宿屋より先に見付かりましたね。どうします?」
「いいわ、入りましょう。中でついでに宿の場所も訊けばいいし」
扉を開けて中に入ると、シュティーリアの冒険者ギルドとよく似た造りの内装が広がっていた。
正面に冒険者登録とクエストの受付。右手奥の壁には依頼書が貼られたボード。受注受付の裏手に回ればクエスト登録の受付があるのだろう。
中では十人ほどの戦士たちが行き来し、ボードを眺めたり談笑したりと様々だ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付の若い女がレインたちに気付いて手を振る。癖のある長い黒髪が印象的な、快活そうな女だ。
「すみません。魔物の討伐系で報酬のいいクエストって何かありますか?」
そんなレインの問いに、受付嬢は眉を上げる。
「魔物討伐の依頼ならたくさんありますけど……。でも何でそれ限定なんです?」
「いやあ、それが一番手っ取り早く稼げますから。あはは」
「……あなた、もしかして新人冒険者さんですか?」
レインを値踏みするように見やる受付嬢。レインが不思議そうに視線を返すと、彼女は口の端をわずかに上げてみせた。
「たまにいるんですよねえ、あなたたちみたいな人。魔物を退治するだけが冒険者のすべてだと思う人っていうか」
「いや、別にそんなことは思ってないですよ。恥ずかしい話、単にお金に困ってるだけでして……」
「ああ、言い訳しなくても大丈夫ですよ。そういうのって新人の頃は誰でも通る道ですからね。でもまあ、そうですねえ。新人さんとなると、あまり強すぎる魔物を斡旋するわけにもいきませんし」
「いや、ですから私たちは新人というわけでは……」
「大丈夫ですって。ちゃんと初心者用のクエス――」
初心者用のクエストを用意しますから――とは言い切れなかった。彼女の目の前に突然剣が現れたのである。並の人間には目視できないほどの抜刀速度でもって、レインが剣をテーブルに突き立てたのだ。
「ひっ、ひいっ!」
「……人の話は最後まで聞きましょうね?」
あくまでにこやかに、レインは優しい口調でそう語りかけるのだった。





