077 ガローゼオ01
空は青い。三日間という短い滞在ではあったが温泉を十分に堪能したレインたち一行は、久々の外の世界に伸びをしてみせた。
「ああ、たった三日間の温泉旅行だったけど、なんだかものすごくゆっくりできた気がするわ。正確には十八日間ほどのんびりした気分ね」
「レインさん、それ以上は言わない方がいいです」
そんな感想を漏らすレインを見やり、シスタノは慌てた様子で止めに入る。
「何よ、シスタノ。あなたは堪能できなかったの?」
「そういうわけじゃないですけど……。いや、温泉は堪能しましたよ。ええ」
「さて、それじゃあ十八日振りに動いてみますか」
「十八日を連呼しないでくださいっ」
名のある温泉地――つるぴかぱらだいす温泉を出た三人は、普通の流れでいけばこのまま岐路につくことにしただろう。レインとシスタノはもちろんそのつもりでいたのだが、それを阻む男が口を開くのだった。
「おい、レイン。ここはシュティーリアとガローゼオのちょうど中間だったな?」
あごに手を当て、アルはレインへと視線を向ける。
「そうよ。ここからならシュティーリアもガローゼオもほぼ同じくらいの距離ね」
「ふむ。ではガローゼオに行ってみないか?」
「ガローゼオに?」
アルの提案にレインは眉を上げる。彼は普段からレインの決めたことに従順で、自ら何かを指し示すことなどほとんどなかったのだから当然だろう。
そんなレインの驚きぶりに気付いた様子もなく、アルは「ああ」と頷く。
「以前シュティーリアで、ガローゼオ産の食材を探したことがあっただろう」
「ああ、そういえばそんなこともあったわね」
名前だけ知っていて、見たことのない食材を探してほしい――そんな難しい依頼を受けたのはほんの少し前のことだ。あのときは人という人で溢れかえる商業区の中を必死になって探したものだが、そこでようやく手に入れたガローゼオ産の野菜は得も言われぬ美味だった記憶がある。
「たしかガローゼオのズミ地方の野菜だったわよね」
「そうだ。ズミ人参とズミじゃがいも。ケーキによく合う味わいだった」
「なるほどね。まああんたの言いたいことは分かったわ。このままガローゼオ方面に行って食の探求をしようと、そういうことでしょう?」
「うむ。そういうことだ」
いつもどおり表情こそ変わらないものの、その声にはどこか浮き足立ったような響きが感じられた。
「ふうん。まあいいわよ。ちょっとくらい刺激があった方が面白いしね」
「いいのか?」
「いいって言ってるでしょうが」
ひょっとしたらレインに断られるかもしれない――そんな心配が彼にはあったのだろう。二つ返事で彼女の了承を得たアルは、逆に戸惑ったふうに聞き返した。
思い返してみれば――というほどのものでもないが、彼は食にうるさく一家言を持っている。それは食の制限を受ける旅路の途中であればありがたいことだが、街の中で安定して食事が可能である状況においては鬱陶しいだけである。
料理を提供されるたびにこの味付けはどうの、この調理法はどうのと文句を言うものだから、最終的にレインは彼に『文句を言ったら一発殴る』という約束を問答無用で叩きつけたものだ。
「よし、いいと言ったな? 後からダメって言ってもそれは無効だからな?」
「はいはい。今回は全部あんたに任せるわ」
「全部? 全部オレが決めていいのか?」
「……ごめん、やっぱそれは無し」
さすがに旅程のすべてをアルに決めさせるのは怖いのだろう。彼の嬉々とした目に不安を感じたレインはすばやく撤回するのだった。
「とはいえ、どの日程でどこを回るかってのはあんたが決めていいからね。私たちは後ろからついていくから」
「まあ、たまにはアルさんの行きたい所に行くっていうのも悪くないですね」
シスタノも賛同し、アルは何度も力強く頷くのだった。
「ではさっそくガローゼオに向けて出発するぞ。ここからなら夜通しで歩いて七日くらいで到着するだろう」
「いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ!」
「ん、どうした?」
意気揚々と歩き出したアルの背にさっそくレインの待ったがかかる。
「どうしたじゃないわよ! なんで七日も延々歩きづめなのよっ。ここに来たときみたいに乗合馬車を使えばいいじゃない!」
「大丈夫だ。何せ十八日間もゆっくりしていたのだからな」
「その話はもうそっとしておいてっ」
なんとか馬車の方向でアルを説得し、三人はガローゼオへと出発した。
東の隣国ガローゼオ――その存在は知っているものの、彼女たちの誰一人として行ったことのない未知の国である。
「きっと美味いものがたくさんあるのだろうな。楽しみだ」
「だったらもっと楽しそうな顔をしなさいよ」
「まあまあ、レインさん。わたしたちも楽しみましょう」
シスタノの言葉にレインは頷く。
しかし手持ちの金はさほど残っていない。
「……向こうについたらまず稼がなきゃいけないわね」
レインの独白は誰に聞かれることもなく、馬車の小窓から吹き込む風に消えるのだった。





