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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第08章 露天風呂共同戦線
76/150

076 潜入05

 アルとヤニクを屋根から吊るした翌朝――


「すみませんでしたああああ!」


 床に額をこすりつけながら謝罪するヤニクを見下ろし、レインとシスタノは小首を傾げる。そりゃあ彼の行動に怒りはするものの、正直自分たちに実害がなかったこともあり、どこまで怒っていいのか図りかねている様子だ。


「もう二度とこんなことはしません! 許してくださいっ」

「うーん……。まあ今はその言葉を信じるしかないのよね」

「そうですねえ。わたしたちはヤニクさんのことを何も知らないわけですし」


 ヤニクのことを知らないから、彼の言うことを信じるしかないわけで。彼の言葉をすべて嘘だと勝手に決めつけるわけにはいかず、結局『初犯で未遂』ということで手を打つのだった。


 ヤニクを旅館の外に蹴り出してからはようやく穏やかな時間を満喫できると胸を撫で下ろしたのだが、しかしシスタノにはほんの少しもやもやした部分があった。

 温泉で襲い来る魔物からシスタノを守ろうと、彼女を抱き寄せたアル。あの時の胸の高鳴りを今も鮮明に憶えている。


 ――心配するな。お前は俺が守る。


 あの言葉はシスタノだから言ったのだろうか。それとも――


「ま、まさかこれは……」


 信じたくはないが、こんなことは初めての経験だから違うとも言い切れない。

 むしろ様々な文献でその手の情報や情緒に明るい彼女には、もうこれ以上の結論などありえなかった。


「これは……、恋?」


 ゲンティチが温泉に現れたことで、旅館内は慌ただしい空気に変わっていた。

 この一帯は昼夜問わず常に見回りの兵士が警備しているため魔物が出現するようなことはなく、もし現れたとしても弱小なものがふらふらと顔を出すくらいだったため、ゲンティチのような一般より強めの魔物が現れるのは非常に珍しいとのことだった。

 そのため旅館側は警備の強化を余儀なくされ、数日後には応援の兵士隊もやってくるとのことだ。富裕層の客が多いからこそ、安全面のアピールは迅速かつ声高に行わなければならないのだろう。


「ふうん、物騒ねえ」


 昨夜ゲンティチと遭遇していないレインはどこか他人事の様子だ。

 館内の売店で買ったつるぴかぱらだいす牛乳をちびりちびりと飲みながら、興味なさそうにテーブルに頬杖をついている。

 しかし、そんな彼女の肩をたたく青年がいた。


「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「……へ?」


 アルの言葉に、シスタノが間の抜けた声を零す。

 昨夜彼女に囁いたセリフをなぞるように、彼はまったく同じ言葉をレインに投げかけるのだった。


「別にあんたの助けはいらないわよ」

「ふむ、そうか」


 レインに軽くあしらわれて素直に引き下がるアル。だがシスタノの心境としてはそれどころではない。恋の可能性まで考えた彼の発言が、翌日には別の女性に向けられるなんて――


「ちょ、ちょっとアルさん。今のセリフって……」


 シスタノの問いに振り返り、アルは事も無げに答える。


「ああ、今のか。これは昨日ヤニクに教わってな。なんでも、これを言っておけば大抵の女は覗きを見逃してくれるらしい。シスタノ、お前も覚えておくといいぞ」

「…………」

「ついでに言えば、あいつは頭に香水をつけていた。魔物が好む香りで、もしものときは魔物を惹きつけ『魔物から逃げた先がたまたま女湯だった』と言い訳できるらしい」

「…………」

「この辺りは弱い魔物しかいないだろうと思い込んでいたらゲンティチが現れて、驚いて女湯に落下したというオチらしいぞ。あいつもなかなかお茶目な……」


 そこまで一気に話したところで、シスタノの様子がおかしいことに気付く。

 俯いたまま何やら拳をプルプルと震わせている。この感じはどこかで――なんて思い出すまでもない。レインなら彼の後ろで、記憶と寸分違わぬ挙動をしていたのだから。


「……そっか。やっぱりヤニクさんは初犯ではなかったのね」

「そうですね。初犯ならそれほど用意周到にはできないでしょうし……」

「待て、お前たち。何か勘違いしてないか? 俺はヤニクに言われたとおりにしただけで、けして自主的に風呂を覗いたわけでは……」


 ヤニクに言いくるめられたのは確かだが、自主的でなかったと言われると、それは嘘だと返さざるを得ない。カードゲームで勝利するために相手をよく知ろうと、それでなぜか彼女たちの裸を覗こうとしたのだから。


「問答無用!」


 二人の拳によって再び宙に舞ったアルは、開け放たれた窓から勢いよく飛び出していった。


「……うん、そうよね。わたしがアルさんに恋なんてするわけがないもの」

「シスタノ?」


 アルの消えた外を眺めながら、それでもシスタノは胸の奥底にほんのちょっぴりもやもやを残すのだった。

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