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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第08章 露天風呂共同戦線
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074 潜入03

「待て、シスタノ。お前は誤解している」


 男湯との堺である岩場を乗り越え、頭に衣服を括った格好で全裸で女湯に現れたアルは、目の前で唖然とする少女に誤解だと訴える。


「俺にはお前がいま思っているであろう邪な気持ちは微塵もない」

「……そ、そんな格好でよくそういうことが言えますね」


 タオルで胸元を隠しながらシスタノは小声で返す。今この浴場には彼女とレインの二人しかいないため、ここで普通に話すとレインにすぐ気付かれてしまうのだ。

 もちろんシスタノとしてはそれでも構わないのだろうが、彼女がそうしないのは一応覗き魔の言い訳も聞いてみようという情けからなのだろう。


「ふむ。まずは俺がここにいる理由から話した方がよさそうだな。シスタノ、俺が今日お前たちを何度か誘ったカードゲームのことは思えているな?」

「知りませんよ、そんなの」

「…………」


 早々に策が尽きた。あれほど熱心に説明を交えながらゲームに誘ったというのにまるで憶えていないなんて。


「おい、ちょっと待て。さすがに今日の出来事を憶えていないはずがないだろう。『シゲルモフ・カードバトル』だぞ。ほら、お前たちの前でカードを見せて……」

「知らないものは知りません」


 アルの話の組み立て方としては、まずカードゲームの話を出し、敵を知るために何も着飾っていない素のレインとシスタノから弱点を探ろうとした――と。そんな道順を辿って現在の状況に至った理由をしっかり説明すれば、レインより頭の回る彼女であれば分かってくれるだろうと予測していたのだが。


「よし、分かった。では『シゲルモフ・カードバトル』の説明から始めよう」

「何ブツブツ言ってるんですか。もうすぐレインさんが身体を洗い終わってこっちに来ますよ。早く隠れてくださいっ」


 シスタノに事を大きくするつもりはないらしく、レインからアルを隠すように彼の前に移動した。これでレインが近付いてくるまでは見つからないはずだ。


「ほら、もっと頭を低くしてっ」

「む、分かった」


 指示されるまま、顔の半分まで潜るアル。

 ちょうどその時、向こうの方でレインの足音が聞こえた。きっと酔いが覚めずに千鳥足なのだろう、不規則な足音だ。


「あはあ、さっぱりしたあ。お肌も髪もつやつやよお、シスタノ」

「え、ええ。そうですね」


 酔っ払ったレインは腰の辺りまで湯に浸かると、両手で湯を掻きながらシスタノのもとへと寄ってくる。実に幸せそうな表情――ここにアルがいると知ったら彼女はどんな反応をするのだろうか。風呂の中だというのに、考えただけで身震いしてしまう。


「……アルさん、レインさんが来ます。潜ってくださいっ」

「え? 何か言ったあ?」


 レインがシスタノの前に着いたと同時、シスタノはアルの頭を鷲掴みにして強引に湯の中に沈めた。


「いえいえ、何でもないですよう。お湯が気持ちいいなあって言ったんです」

「うんうん、ほんとよねえ。ひっく。もう私ここで寝るう」

「そ、それは危険ですよ。あはは、あはは……」


 無理に笑顔を貼り付けるシスタノに、レインはふと視線を向ける。


「シスタノお。あなたちょっと顔が赤いんじゃなあい?」

「え? ああ、まあお風呂ですからねえ」

「うーん、それにしたって赤すぎるというか……ひっく。ひょっとしてのぼせたのかしらねえ」


 そう言うと、レインはおもむろにシスタノの顔へと手を伸ばす。

 驚いたシスタノは咄嗟にレインから遠ざかろうと身体を引くのだが――


 むにっ、と。


 自分の尻に何かが当たる感触。

 それはどう考えても風呂の硬質なものではなくて。


「…………!」


 下を見た途端、シスタノは思わず声を上げそうになる。自分の尻の下には見慣れた青年。体勢を崩した彼女は、アルの顔の上に座ってしまっていたのだ。

 しかも彼はよほど苦しいのか両手で彼女の尻を掴み、持ち上げようと指先に力を込めている。ついでに顔を左右に振って――


「あっ、だ、だめ……」

「んえ? まだ入ってるのお?」


 立ち上がったレインはふらつきながらシスタノを見下ろしている。


「それこそらめよ、シスタノ。こんなに気持ちいいお風呂なんらし、ずっと入ってたいって気持ちも分かるけろさ、そんなにのぼせるまで入ってたら倒れちゃうわ。ほら、早く出るわよお」

「わ、分かりました。じゃあレインさん、先に行っててください。わたしは最後に冷水を浴びてから出ますので」

「はあい、わっかりましたあ」


 レインが浴場から出て行くのを見送ってから、シスタノは腰を上げた。

 彼女の尻を掴んだままの両手がまず姿を現し、その手をシスタノが叩いたところでアルはようやく水面上に顔を出したのだった。


「……おい、シスタノ。死ぬかと思ったぞ」

「こっちも恥ずかしくて死にそうでしたよっ」


 齢十三にして尻で男性の顔を挟むことになるなんて誰が想像できるだろうか。

 シスタノがアルを涙目で睨んだその時――


「うわああああ! た、助けてくれええええ!」


 助けを求める男の悲鳴が頭上から降ってきた。

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