072 潜入01
少女たちの部屋に向かうヤニクの狙いはひとつ――彼女たちの脱いだ衣服だ。
透過の魔法で姿を消してはいるが、それでも彼は泥棒らしく足音を殺してそっと扉の前に立つ。耳を当てて中の様子を探るが、音は一切聞こえてこない。どうやらあの男はいないようだ。
「まあ、そりゃあそうか。年頃の女の子があんな男と一緒の部屋で納得するわけがねえもんなあ。だがどうせ隣の部屋にいるってオチだろうし、ここは慎重に慎重を重ねて行動すべきだって俺の第六感が警告してるぜえ……」
アルといったか――いくら透過の魔法がかかっているとはいえ、あの男はきっと見抜いてくるだろう。そして自分はまたひどい目にあわされるのだ。
馬車移動初日の出来事を思い出し、ヤニクは身震いする。
「……ようし、ゆっくり開けるぜえ」
音を立てないよう細心の注意を払いながらノブを回し、手前へと引き寄せると、扉はすうっと開いていく。
「くくっ、鍵もかけずに行っちまったのか。まったく不用心な女の子たちだぜえ」
隙間から中を覗くと、思ったとおり誰もいない。
部屋の隅には彼女たちの物だろう、見覚えのあるザックが置かれていた。
ヤニクは室内に身体を滑り込ませると、やはり慎重に扉を閉じる。
「きっとあのザックの中に、脱いだ服や下着が入っているんだろうなあ」
「そうだな。あいつらは服を畳みもせずに入れていたぞ」
「それもまた可愛いじゃねえか。どうれ、さっそく……え?」
違和感を覚えて肩越しに振り返ると、目と鼻の先に彼の第六感とやらがあれほど警告していた男――アルの顔があった。
「うっ、うわああああ! 出たああああ!」
「落ち着け。お前に危害を加えるつもりはない」
その瞬間、身体の自由が奪われる。逃げるどころか指一本動かせない状態だ。
アルがレインと初めて出会った時に彼女に使った『束縛』の魔法である。
「お、お前……、いつからそこに?」
発言は許されているらしく、かろうじて動く口でもってアルに問う。
「最初からいたぞ」
「う、嘘をつくなっ。部屋の中には誰もいなかったはずだ!」
「嘘じゃないぞ。まあ突然身体が透明になったから何事かとは思ったがな」
「何を言って……」
眉間にしわを寄せるヤニクに、アルは手にしていた物を掲げて見せる。
「そ、それは……?」
「ふふん、知らないのなら教えてやろう。これは『シゲルモフ・カードバトル』と言ってな。最近シュティーリアの街で流行っているカードゲームだ」
「いや、そこじゃねえよ! 身体が透明になったって部分だよっ」
するとアルは口を尖らせ、カードについて話し足りないとでも言いたげに憮然として答えるのだった。
「この中には特殊なカードが入っていてな。『相手の特殊能力を模倣する』というスキルが使えるんだ」
「いや、だからよお……」
「俺はいつレインやシスタノと勝負しても勝てるよう自主練を欠かさない。自主練とはすなわちカードの気持ちを感じることだ。だから俺はこのカードと同じように『近くにいる敵のスキルを模倣』する魔法を使っていたというわけだ」
『模倣』の魔法を使いこなせる人間は非常に稀で、使えたとしても模倣した能力に振り回されたり身体がついていかなかったりすることが多く、よほど文武に長けた者でなければ使う機会すらない魔法である。
そしてよほど文武に長けたアルがカードゲームの練習でそんな上級魔法を使っていたところ、ヤニクの透過魔法に反応してアルも透明人間になってしまったというわけだ。
「お、おいおい。冗談だろう……?」
「冗談ではない。俺は本気でレインたちにカードバトルで勝利するつもりだ」
「だからそこじゃねえよ!」
気が付けばいつの間にかヤニクの透過魔法も消え失せて、全裸でアルと対峙している状態だった。アルが『魔法解除』の魔法を使ったらしい。
「……くっ、くくっ。こうなりゃもうヤケだぜえ!」
ヤニクは思い切り口の端を上げてみせる。
「なあ、あんた。俺と一緒に風呂を覗かねえか?」
「断る。そしてお前の行為も阻止する」
レインの報復を恐れているのか、アルの意志は固そうだ。
しかし退路のないヤニクは止まらない。
「あんたさっき、カードゲームの練習にはカードの気持ちを知ることが一番だって言ってたよなあ?」
「ああ、言ったぞ」
「だったらよう、敵をよく知ることも重要なんじゃねえかあ?」
「……む」
アルの固い意志の揺らぐ音が、ヤニクには確かに聞こえた。
「敵を知り、己を知る――これが勝負に勝つための絶対条件だろうがあ」
「ふむ……。一理あるな」
「彼女たちが何も着飾っていない『今』を観察することで得られるものも絶対あるはずだぜえ。むしろ今でなきゃ気付かないことだってあるだろうさあ」
「…………」
そしてヤニクはそっとアルに囁く。
「確かにあんたは強い。だが今のあんたではあの姉ちゃんたちと僅差だろうよお。さあ、確実に勝つために敵を知りに行こうぜえ」





