069 視線02
乗合馬車での移動は三日。三日目に目的地であるつるぴかぱらだいす温泉旅館に到着するため、残りの二日は停留所付近の宿を探す必要がある。
日が沈む前に停留所で一旦降りたレイン一行は、ぐるりと周囲を見回す。
「……もしかしてあそこに泊まるの?」
「みたいですね。他に何もないですし……」
停留所の看板の先にはただただ広い草原。その只中に一棟、詰めれば十人くらいなら入れそうな小屋がぽつんと立っている。薄い木の板を貼り合わせただけの、風が吹いたら吹き飛んでしまいそうな佇まいに、一同は唖然とする。
乗合馬車の客はレインたちを合わせて七人。御者を含めれば八人である。何とか全員入ることはできそうだが、だからといって余裕があるわけではなさそうだ。
「ま、まあ明後日には温泉なんだし、多少は我慢しましょうか」
二日辛抱すれば夢の温泉地――そう思い込むことで自分を奮い立たせ、レインは率先して小屋へと足を運ぶのだった。
小屋の中は外観から想像したとおりでベッドすらない有り様だった。壁際に布団が畳んで積まれているため、これを床に直に敷いて眠れということらしい。
窓から外を見やれば、少し離れた所に背の高い木板の囲いがある。屋根が付いているので恐らく風呂とトイレではないかと推測する。しかし水道も通ってなさそうなこの場所でどうやって水を調達しているのだろうか。考えると怖くなるので早々に切り上げる。
「おいおい、こんな汚え場所で雑魚寝しろってのかあ?」
真っ先に不満を口にしたのはヤニクだった。
彼は窓の外に視線を移し、
「一応風呂とトイレはあるみてえだな」
そう言ってレインとシスタノに振り返る。
「なあ、レインちゃん、シスタノちゃん。おたくら慣れない馬車の移動で汗かいて気持ち悪いだろ? 先にひとっ風呂浴びてきたらどうだい?」
「あ、いや、別に大して汗はかいてないし……」
「いやいや、おたくら女の子じゃん。女の子ってのは飯は食わずとも毎日かかさず風呂に入るもんだぜえ?」
やけにレインとシスタノに風呂を勧めてくるヤニク。そりゃあレインだって身体を洗いたい気持ちはあるのだが、しかしあの外観である。風呂として機能しているかどうかさえ分からないくらいだ。
「入ってきなって。ここの男たちは俺が見張っとくからさあ」
この小屋にいるのはレインとシスタノを除けば全員男である。さすがに風呂場を覗かれるようなことはないと思うが、それでも板きれ一枚を隔てただけの場所で肌を晒すのには抵抗があった。
だが、せっかくの厚意を無下にしてしまうのは申し訳ない気もする。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて行ってみようかな」
「それがいいぜえ。見張りは俺に任せときな」
大袈裟に胸を叩くヤニクに、レインは苦笑する。
「シスタノ、お風呂に行きましょ」
「そうですね。行きましょうか」
連れ立って小屋を出るレインたちを見送り、ヤニクは内心でほくそ笑む。
彼は服の内側で石を握っている。それは魔封石――魔法を封じ込めて持ち運べるマジックアイテムだ。彼が魔封石に封入している魔法は『建造物透視』だった。
本当は衣服が透けて見える『装着物透視』の魔法が良かったのだが、それを魔法屋で注文するのは自分の犯行を前もって宣伝するようなものなので、さすがに躊躇したのだ。
(……くくっ、上手くいったぜえ。二人が風呂に入ったタイミングで魔法を使ってやる。二人とも可愛かったからなあ。ああ、ゾクゾクするぜえ)
そんなヤニクの心の中など知らず、レインとシスタノは風呂場と思われる小屋の扉を開ける。
「わあ、普通のお風呂ね!」
レインが驚きの声を上げる。
そこにあったのは二人がちょうど肩を並べて浸かれそうな浴槽だ。槽内には水がたっぷり注がれており、底には魔封石が沈んでいる。壁の貼り紙には魔封石の魔法を解放するための力ある言葉が記されており、レインがそれを口にすると石から熱が放出され、水はあっという間に程よい温度の湯となった。
「さっそく入りましょうか」
「ふふっ、レインさんと一緒に入るのは初めてですね」
レインたちが服を脱ぎ始めたのと同時――
(……今だ!)
宿泊小屋ではヤニクが透視魔法を発動させる。
途端、目の前の壁が溶けるようにすうっと消えていき――視界が真っ暗になる。
「え? あれ?」
「ヤニクよ。小細工を弄するな」
非常に残念なことに、彼の隣に座っているのはアルだった。魔力に敏感なアルはヤニクの魔法に気付き、一時的に視力を奪う魔法で彼の目を封じたのだった。
「な、何も見えねえっ!」
「心配するな。二人が戻ってきたら解いてやる」
アルが危惧しているのはヤニクの犯罪行為ではない。それがレインにバレた時の彼の安全である。これまでも何度か彼女のあられもない姿を目にしてきたが、そのたびにアルはひどい仕返しを受けている。ヤニクのような並の人間では命がいくつあっても足りないだろう。
「悪いことは言わない。あの二人はやめておけ」
混乱するヤニクには届かないであろう忠告を、アルは心から彼に送るのだった。





