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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第08章 露天風呂共同戦線
68/150

068 視線01

「おめでとうございます! 一等でーす!」


 行き交う人々でごった返す商店街に鐘の音が高らかに響き渡る。

 レインと二人で買い物をした帰り、店で貰った福引券を片手に抽選会場へと足を運んだのだが――抽選機のハンドルを握ったまま、アルは首を傾げた。


「なんだ? 何かあったのか?」

「あったのよ! すごいじゃない、アル。一等を当てるなんてっ」

「一等?」


 どうせ何も当たるわけがないと踏んでアルにやらせたのだが、まさか一等に当選するなんて思ってもいなかった。はしゃぐレインを眺め、アルは「ふむ」と頷く。


「どうやら喜ばしいことのようだな。お前が嬉しそうで何よりだ」

「おじさん、一等って何が貰えるのっ?」


 テーブルに身を乗り出して訊くレインに、福引所の男は小さな封筒を取り出す。


「超有名な露天風呂、つるぴかぱらだいす温泉旅館の宿泊ペアチケットです!」


 レインの興奮は宿屋に戻ってからも冷めることはなかった。むしろテンションはさらに上がり、チケットを両手でかざしては意味もなく部屋の中でくるくると回りながら小躍りしている。


「良かったじゃないですか、レインさん。たまにはゆっくりしてきてください」


 宿を訪れたシスタノも嬉しそうに顔を綻ばせ、幸せそうなレインを眺めている。


「何を言ってるのよ、シスタノ。あなたも行くのよ」

「え、でもそれってペアチケットでしょう?」


 二人しか行けないのなら、チケットを当てたアルとレインで行くべきだ。

 しかしレインはそんな彼女の肩を叩き、


「心配しなくても大丈夫よ。一人分くらいなら自腹でもいいわ。せっかくの超有名温泉なんだもの、全員で満喫しなきゃね」

「ほんとですかっ?」

「ほんともほんと。まあ最悪の場合、アルを旅館の外で待たせとけばいいし」

「そ、それはちょっと……」


 ともあれ、レイン一行はつるぴかぱらだいす温泉旅館に向かうため、乗合馬車に乗り込んだのだった。


 温泉地はシュティーリアとガローゼオのちょうど中間辺りに位置する山岳地帯の(ふもと)にある。山の向かいは海に面しており、夏場は海水浴を楽しむ人々で賑わう一帯だ。しかしながら温泉は大陸の中でも珍しいナトリウム炭酸水素塩泉であり、そのため希少価値から価格が高騰。今ではすっかり上流階級御用達のような位置づけになってしまっていた。


「ナトリウムなんとかって、どんな効能があるんだっけ?」

「ナトリウム炭酸水素塩泉です。美容効果が抜群で、お肌がつるぴかになっちゃうみたいですよ」


 馬車の中できゃいきゃい騒ぐ少女二人を眺めながら、アルは不思議そうに小首を傾げる。


「温泉か。そんなもので喜ぶ意味がオレには理解できんな」

「何言ってんのよ、アル。温泉よ? お肌がつるぴかなのよ?」

「アルさんも入れば分かりますよっ」

「ふむ……」


 肌が綺麗になったところで強くなれるわけでも料理の腕が上がるわけでもない。そんなものをありがたがる二人の心境がアルには今ひとつ理解できなかった。

 そのとき、馬車に乗り合わせた男がアルに声をかける。


「なんだよ、あんちゃん。温泉の素晴らしさを分かってねえのか?」


 二十代半ばくらいだろうか。短く刈り込んだ灰髪に長身痩躯。垂れた目はアルを嘲笑するように細められている。


「俺はヤニクってんだ。お前さんたち、つるぴかぱらだいす温泉に行くのかい?」

「そうだ」

「だったらもっとテンション上げちゃおうぜえ? あんなすげえ有名温泉に入れるなんて、俺だったらツレ全員に自慢しちゃうけどな」

「そうか」


 アルの肩に手を回して熱弁するヤニクだが、アルの返事はそっけないものだ。

 やがてヤニクは諦めたのか、今度はレインとシスタノへと視線を移す。


「なあ、姉ちゃんたちは楽しみだよな、温泉」

「ええ、もちろんよ!」

「すっごく楽しみですよお」


 こちらは期待どおりの返答だったようで、ヤニクは満足そうにうんうんと何度か頷き、それから笑みを貼り付けたまま二人をじっと見つめた。

 しかしレインもシスタノも、その視線に気付いていない。


「……そうだよなあ。楽しみだよなあ、温泉」

「ところでヤニク。お前はどこまで行くんだ?」


 アルの問いに、ヤニクはちらりと彼を見やり、


「ああ。俺は温泉の近くの海にな」

「海? 海水浴にはまだ早い気がするが」

「わはは。海水浴じゃねえよ。ちょっとした野暮用だ」


 海と温泉地は目と鼻の先である。ということは降りる場所は同じというわけか。


「温泉地に着くまであと三日。それまで同行よろしく頼むぜえ」


 視線を少女二人に向けたまま、ヤニクは笑うのだった。

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