067 奇跡の茸05
「レインさん、大変で……、うわきゃあ!」
シスタノが宿屋に駆け込んできたのは、エグバートの新商品が大ヒットしているのを確認した翌日のことだった。一日経った今でも――いや、多分どれだけ時間をかけてもあの毒々しい茸が食材として使われていることに納得できないが、売れているということは味も本物なのだろう。
ともあれシスタノは、部屋に入ってくるなり大声を上げた。
「な、なな、何をしてるんですか、アルさん!」
「おお、シスタノか。おはよう」
「おはようじゃありません! 質問に答えてくださいっ」
レインの部屋で片手を上げて挨拶するアルに、しかしシスタノは珍しく本気で彼に怒っているようだ。そのまま部屋に入り、アルのもう片方の手を掴み上げる。
「この手は今、何をしようとしていましたか?」
床にしゃがみこんだ彼が拾おうとしていたもの――それはもちろんレインの下着だった。小脇にはすでに服とスカートが抱えられている。
「レインの服を回収していたところだ。朝のうちに洗濯しておけば昼過ぎには乾くからな」
「そういうことは本人の許可を取って、本人の目の前でやってください!」
「ふむ。そうは言ってもその本人がこの状態だからな」
アルにつられてベッドに目をやると、衣服の持ち主は相も変わらず全裸で大の字になって気持ちよさそうに寝息を立てていた。無防備すぎるレインと無関心なアルに、シスタノは盛大なため息をつく。
「まったくもう……。とにかくまずはレインさんを起こしましょう。大変なことが起きてるんですよ」
そして半時間後、起床して服を着たレインと、彼女の手の形に頬を腫らしたアルを前にしてシスタノはようやく本題を告げた。
「エグバートさんのお店に泥棒が入ったんです!」
「あら、それは大変ね」
「って、なんでそんなに他人事みたいな反応してるんですかっ?」
「だって……。あまり関わりたい人ではないし」
今日に至るまでの彼と関わってしまったがゆえの散々な記憶を思い出しているのだろう。レインは肩をすくめて苦笑する。
しかしシスタノはくじけない。そんなレインの目の前にビッと指を突き出し、
「知ってる人が困ってるんですよ! さあ、助けに行きましょうっ」
――などと息巻いていたシスタノだったが。
「いやあ、奇跡の茸を盗られちゃいました。ははは」
当のエグバート本人はいたって平気そうで、虚勢ではない笑い声を上げつつ舌を出してみせるのだった。
「……なんで笑ってるんですか。泥棒に入られたっていうのに」
肩透かしを食らったようで不満そうにごちるシスタノ。彼女の後ろではレインとアルが眠たそうに突っ立っている。
「犯人を探しましょう。何か手掛かりはありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
シスタノの申し出にもエグバートは賛同しない。
「大丈夫なんです。犯人はもうすぐ分かりますからね」
そして彼の予言は的中した。
エグバートの店で泥棒騒ぎがあった数日後、今度は別のカフェで事件が発生したのだ。こちらは幻の素材を使用した新商品と銘打った菓子が非常に不味く、とても人間の食べるものではないと客たちから大クレームの嵐だったという。
暴動を懸念して店は一時閉店し、しばらくはとても店を開けられる状態ではないらしい。
「やっぱりあの店でしたね」
エグバート――オクビョーマスクは言う。
首を傾げるレインたちに、彼は昔を思い出しながら語るのだった。
「あの店は以前、ワタシが勤めていたカフェなんですよ」
「それって確かオーナーのダメ息子がエグバートさんを追い出した店ですよね」
「ええ。その青年の名はテオと言います」
「テオ……。あ、その名前って……」
思い出した。以前、仮面カフェに無茶な文句を並べ立てていたチンピラ三人衆。彼らが逃げる時に言っていたセリフ――『テオ坊っちゃんに報せないと』。
「そうか。そのテオって奴が黒幕だったんですね」
「この店の味がお客さんたちに認められて人気が出たので、きっと彼は嫉妬したのでしょうね。自分が追い出した、使えないはずの中年男が自分の店より人気が出てしまったのだから」
しかしそれにはひとつ疑問が残る。
シスタノは「うーん」と唸って腕を組んだ。
「でもテオが使ったのは、ここから盗んだ奇跡の茸なんでしょう? お客さんたちが怒り出すようなひどい味にはならないと思うんですが……」
「いえ、あの茸はこの店では使っていません」
シスタノの疑問に、しかしオクビョーマスクは事も無げに答える。
「あの茸は毒こそありませんが、とても料理としては使えませんよ」
「で、でも、それじゃあこのお店のミラクルシフォンは?」
食べた人全員から絶賛されていたあのケーキはどうやって作られたのだろうか。
するとオクビョーマスクは「ちょっと待っていてください」と言い残して店の奥に姿を消し、再び現れたときにはふたつの野菜を手にしていた。
それはレインたちも見たことのある野菜で。
「ミラクルシフォンにはこれを使ったんですよ」
ズミ人参とズミじゃがいも――ガローゼオのズミ地方でのみ栽培されている野菜で、レインたちが商業区で必死になって手に入れたものだ。
「この地方のものより多少高価なので今まで使用していませんでしたが、これだけ人気が出たとなると定期的に購入したほうが良さそうですね。ははは」
そう言って笑うオクビョーマスクに、シスタノは力が抜ける思いだ。
なんだかんだ言って、彼は彼なりに戦っていた――その事実に感服してしまう。
シスタノは肩越しに振り返り、後ろで眠そうにしている二人に声をかける。
「レインさん、アルさん。朝ご飯の代わりにここでミラクルシフォンを食べていきませんか? わたしが奢りますよ」
奇跡と名付けられたケーキはどんな味がするのだろうか。
ぼんやりと想像し、シスタノは期待に胸を膨らませるのだった。
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