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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第07章 たたかうおっさん
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066 奇跡の茸04

 第一層の入口でスライムから逃げ回っていたエグバートには、第三層の魔物などそれこそ未知の生物だった。未知の食材を見つける前に本人が死んでしまいそうな状況ではあるが、同行するレインたちは涼しい顔で彼が右往左往する様子を遠目に眺めている。


「たっ、たたた助けてええええ!」


 オーク――豚のような顔をした人型の魔物の集団から逃げるエグバートの脚力は凄まじく、広い空洞を疾走する姿はまさに獲物を狙う獰猛な肉食獣のようだ。まあ立場は逆ではあるが。


「いいんですか、レインさん。エグバートさんが倒れそうですけど」

「うーん、大丈夫なんじゃないかしら。アル、一応片付けといて」

「分かった」


 よそ見をしたままのアルの手から真空の刃が放たれると、次の瞬間、オークたちの身体は上下で真っ二つに斬り裂かれた。後には力尽きて地面にうつ伏せになって寝転んでいるエグバートしかいない。

 レインは足元に生えていた草を二束ほどむしり取り、身体全体で大きく息をしているエグバートに見せた。


「エグバートさん、この草はご存知ですか?」

「はあっ、はあっ……。し、知ってます……。外にも生えて、いますので……」

「あら、それは残念です」


 別段残念そうでもなく肩をすくめると、レインはエグバートの腕を持って無理に起き上がらせた。そしてにっこり微笑むと、


「じゃあ次行ってみましょうか」


 そのまま彼を引きずるようにして下の階層へと足を向ける。


「ま、待ってくださいっ。はあっ、はあっ……。もうこれ以上は無理、ですっ」

「あはは、ご冗談を。このクエストの達成はあなたにしか分からないんですから、あなたを連れていくのは当然じゃないですか。そうでもしないと何度もダンジョンとお店とを往復する手間が発生してしまいますし」

「で、ですが……、ワタシはもう、限界が……」

「さあ、次行ってみましょう!」


 聞く耳を持たず、エグバートの腕を引くレイン。

 するとエグバートは涙目で急に周囲をキョロキョロと見回し、レインの手を振りほどいて壁の方へと駆けていく。足がもつれて転倒し、それでも手を伸ばして何かを握った。


「レ、レインシーさん! ありましたありましたっ」


 彼の手に収まっていたのは細長い赤紫色の(きのこ)だった。

 

「これですよこれ。いやー、こんな所にあったとはなあ。盲点だったなあ」

「……なんかものすごく棒読みに聞こえるんですけど」

「そ、そんなことないですよお。いやあ、初めて見る茸だなあ。嬉しいなあ」


 まったく嬉しくなさそうに起き上がるエグバート。

 どうせこれ以上魔物に追い回されたくない一心から出た嘘なのだろうが、レインとしては計画どおりである。彼が音を上げるまで魔物をけしかけ、心が折れて適当な草や茸で納得してくれるまでダンジョン内を連れ回そうという目論見だ。

 予想どおり、彼はあんな食べられるのかどうかも定かではない茸でいいと言っている。彼には悪いがこちらも生活がかかっているので、深くは考えないでおく。


「よし、じゃあ戻りましょうか」


 レインの探索終了宣言に、エグバートは心から安堵のため息を零すのだった。


 しかしそれから数日後、事件は起きた。

 エグバートからクエストの成功報酬を得たおかげで無事に宿代を支払ったレインたちは、彼の様子を伺いに再び仮面カフェへと足を運んだのだが――


「な、何よ、この列は……」


 レインが唖然とするのも無理はない。先日までの列に増して、さらに多くの人が店の前に並んでいるのである。毛布や大きな鞄を抱えている人々はもしかして徹夜で並んでいたのだろうか。たかがお菓子と軽視していたレインは驚きを隠せない。


「さあ、いらっしゃい! 新発売のミラクルシフォンを是非食べてみてくれっ」

「ミラクルシフォン……?」


 店頭で呼び込みに精を出すオクビョーマスクに、レインは首を傾げる。

 新発売ということは、先日ダンジョンで採ったあの毒々しい茸が関係しているのだろうが、あれが食用だとはどうにも思えない。むしろ舌に触れただけで数日間は寝込んでしまいそうな雰囲気ですらあったのだ。


「ワタシ自らが採取してきた奇跡の茸をふんだんに使った幸福の味だよっ!」


 素顔を隠したエグバートの演述は止まらない。いかに自分が苦労を重ねて奇跡の茸を手に入れたのか、レインたちの存在をうまく省きながら饒舌に語っている。


「……ま、まあいいけどね。私たちは約束の報酬を貰ったわけだし、これ以上を彼に望むのは野暮だって分かってるし」

「どうした、レイン。口の端が引きつっているぞ」

「うっさいわね。全部自分の手柄みたいに話されて、ちょっとムッとしただけよ」


 使えない食材だと思っていただけに、手柄と言える手柄は実際にそれでケーキを作ったエグバートにこそあるのだろうが、それでもレインは納得できないらしい。

 そんな二人のやり取りを眺めながら、シスタノは金貨袋をレインに見せる。


「レインさん、アルさん。こんなことしてる場合じゃないですよ。報酬を人数分で割ったから宿代もまた長くはもちませんからね」

「あう……。そういえばそうだった」

「そうだぞ、レイン。お前は先見の明がなさすぎる。もっと先を考えて……」

「アルさんもですよ? もっとレインさんをしっかり見張っててください」

「む、すまん」


 他愛のない会話。これでこの件は終わったと誰もが思っていた。

 だがこの翌日――残念なことに、事件は再び起きるのだった。

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