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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第07章 たたかうおっさん
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065 奇跡の茸03

 シュティーリア商業区――街の北側に位置する商業地区である。食品から薬品、土木、鉄工などあらゆる物品が流通しており、東の隣国ガローゼオのキャラバンがやってくる日は特に賑わっている。

 レインたちが商業区に到着したときはすでに多くの人が押し寄せていた。


「すごい人数ね。なかなか前に進めないわ」

「レインさん、アルさんが見当たりません」

「ああ、放っておいていいわよ。そのうち合流するでしょ」


 こんな状況で彼に構っていたらあっという間に日が暮れてしまう。レインは何も聞かなかったことして、シスタノと共に人波の中に消えていった。


 そして一時間後――彼女たちの手にはひと抱えほどの紙袋があった。


「……こ、これ以上は無理ね。もう一度あの中に戻るなんてできないわ」

「押し潰されてカエルみたいな声が出ましたよ。ああ、苦しかった」


 人でごった返す中心部を抜けたふたりがひと息ついたところで、あちこちから鐘の音が響き始める。どうやら今日の売買は終了のようで、たった今まで熱を上げていた人々が思い思いにこの場を去っていく。

 端の方にへたり込んでその様子を眺めながら、レインは胸に抱えた紙袋へと目を落とした。


「あんなにも必死に歩き回ったのに、買えたのはガローゼオのズミ地方でしか収穫できないというズミ人参とズミじゃがいもだけなのね。なんだか虚しくなるわ」

「でもまあ一応手に入ったわけですし、さっそくエグバートさんのところに持っていきましょう」


 重い腰を上げると、帰路につく人々の間からアルが姿を現した。


「お前たち、ここにいたのか」

「ちょっと、アル。あんたどこ行ってたのよ。随分探したのよっ」

「本当は一秒も探してませんけどね……」


 するとアルは口をもごもご動かしながら、


「あっちで試食会をやっていてな。ひと通り味わっていたんだ」


 レインたちはぎゅうぎゅうに押し潰されながら必死に特産品を探していたというのに、彼は試食で腹を膨らませていたという。

 いつもならここで渾身の飛び蹴りのひとつも食らわせてやるところだが、何気に計算高い彼のことだ。きっと試食会で出されていた食材を購入しているのだろう。それをレインたちが手に入れたものと合わせれば、クエスト成功率も上がるというものだ。


「それで? もちろん食材は買ったんでしょうね?」


 レインの出した手を見下ろしながら、アルは自信満々に言い放つ。


「買ってないぞ。金を持ってないからな」


 次の瞬間、渾身の飛び蹴りが彼の顔面に炸裂したのだった。


 三人がエグバートの店――仮面カフェに到着したのは、太陽がそろそろ沈もうかという時間帯だった。昼間見た長蛇の列はきれいになくなり、店の前ではちょうどエグバートが入口の扉を施錠している。

 もう誰も見ていないというのに色鮮やかな布を顔に巻いたままで、遠くからでも彼を判別できる。


「エグバートさん」

「ああっ、レインシーさん! 昼間はどうもありがとうございまいたっ」


 レインを見るなり深々と頭を下げるエグバート――今はオクビョーマスクか。

 彼女が胸に抱えた袋に気付き、驚いた様子でレインを見やる。


「そ、それはもしや……」

「あなたの依頼の品です。ガローゼオの特産品なんですが、どうですか?」


 クエスト内容は、エグバートの知らない食材の調達。彼が名前だけ知っていて、実際に見たことのないものであればクエスト達成となる。

 レインから袋を受け取り、エグバートはいそいそと中身を確認するが――


「……これはズミ人参とズミじゃがいもですね。以前お菓子の材料として使用したことがあります」


 残念そうに頭を振る。あれだけ頑張って手に入れた食材だったが、どうやら彼はどちらも知っているらしい。


「ズミ地方の食材はガローゼオ産の物の中でも比較的有名なんです。この辺りの物と違って非常にまったりとした味わいで、シュティーリアにも多くのファンがいるくらいなんですよ」

「そ、そうなの……?」


 徒労感が半端ない。今日一日の労力がすべて無駄に終わり、実家に戻る可能性がまた少し上がってしまったのだから仕方あるまい。


「……シスタノ。私が宿屋に泊まれる日数ってあとどのくらい?」

「え? そ、そうですね。今の銀貨の枚数だと、あと二日だと思いますけど」

「あと二日か……」


 毎日家から通っているシスタノの方がレイン本人より残金をしっかり把握できていることはこの際考えないことにして――こうなったら国に預けている莫大な金の一部を使うしかないとさえ思えてくる。

 正直シスタノとしては少しくらいなら貯金を使ってもいいのではないかと思っているのだが、なぜかレインは頑なにそれを拒んでいるのだ。


「――分かったわ」


 レインは零す。


「エグバートさん。あなたの知らない食材は、あなたしか分かりませんよね?」

「ええ。それはそうですけど……」

「だったら話は簡単よ」


 振り返ってアルとシスタノを見やり、レインは言い放った。


「明日の朝、エグバートさんを連れてダンジョンに潜るわ!」

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