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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第07章 たたかうおっさん
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063 奇跡の茸01

 金貨袋を軽く振ってみると、中からチャリンチャリンと数枚のコインが当たる音が聞こえる。何度振ってみてももちろん結果は同じで、ここに至ってレインは今の状況がかなりやばいのではないかと気付き始めていた。

 そもそも金貨袋なんて名称ではあれど金貨は一枚も入っていない。数日分の宿代を支払ったら消えてしまうような銀貨が数枚程度である。無用な見栄を張って金貨袋に金を入れてみたのはいいが、肝心の中身はずっとこんな調子である。


「クエストを受けるわよ。報酬が即日払いのやつ」


 宿代がなくなってしまう前に稼がなければ追い出されてしまう。これは国の英雄たるレインであっても例外はない。


「結構ギリギリまで休んじゃいましたね」

「しょうがないわよ。エグバートさんの一件があったんだから」


 シスタノの苦笑にレインは肩を落として答える。

 本当ならすでにクエストをいくつかこなして、しばらく宿代に困らない程度には稼いでいたはずだ。しかしギルドで出会った恥ずかしがり屋の中年男エグバートに目を付けられてしまったばかりにクエストは頓挫したままだ。

 彼と出会ってさえいなければ――結局本職のケーキ屋を始めたエグバートを思い出しつつ、レインは嘆息するのだった。


「とにかく即日払いのクエスト! 宿代がなくなったら強制的に実家に帰らなきゃいけないし、それは絶対に避けたいからねっ」


 昼のこの時間は教会にいるであろう母の顔を思い出し、レインは身震いした。


 そんなわけで数日振りに冒険者ギルドへと足を運んだのだが――


「……ない。報酬が日払いのクエストがひとつもない」

「ほんとですね。いつもはもっとあるのに今日に限ってないなんて……」


 ギルド内のクエストボードを凝視するものの、ないものはない。

 このままでは実家に出戻りかと覚悟を迫られたその時。


「おい、レイン。あったぞ」


 天の助けとも思えるアルの一言がレインに安堵をもたらした。彼が見つけたのは何枚かのクエストの下に貼られており、よほど注意深く探さなければ発見できないような存在感のないものだった。

 内容に目を通したアルは何かが目に付いたようだ。レインを見やり、言葉を発しようとしたところでその本人に紙を奪われる。


「本当だわ。報酬が即日払いになってる」

「おい、レイン」

「これで実家に帰らなくて済むわ。依頼主に感謝しなくちゃ」

「レイン」

「うっさいわね。何よ」


 感動に震えているところに水を差され途端に不機嫌になるレイン。しかしアルはそんなことはお構いなしに紙を指さして、


「お前が感謝しているという依頼主の名前を見てみろ」


 言われるがままにクエスト内容の一番下、依頼主の名前を確認する。


『依頼主、エグバート・ジフ』


「……この名前ってもしかして」

「あのエグバートだろうな。記されている住所もあの店の辺りだ」


 クエスト内容はこうだ。


『ワタシが知らない食材を持ってきてください』


「あんたが何を知らないとか、私はもっと知らないわよ!」

「レ、レインさん落ち着いてっ」


 他の冒険者たちが何事かと振り返る中、レインの怒りは収まらない。

 せっかく見つけた報酬即日払いのクエストがよりによってエグバートの依頼で、しかもまったく意味の分からない内容なのだから、レインとしてはまさに天国から地獄である。文句のひとつも言いたくなるというものだ。


「……とりあえず彼のお店に行きましょう。こういう訳の分からない依頼は本人に直接聞いたほうが早いわ」


 受注前にも関わらず、すでに疲れきった様子でレインはそう零すのだった。


 正直エグバートの店の場所をはっきり憶えているわけではないが、見つけるのはとても簡単だった。衰えを知らない長蛇の列。彼の店に並ぶ人々を辿っていけば、目的の場所は一度も迷うことなく着くことができた。

 しかし今日はどこか様子が違う。よく見ると、店頭で大声を上げる数人の男たちの姿があった。シュティーリアのような大きな街ともなると、その分柄の良くない輩も大勢存在している。店頭の彼らもその類だと思われた。


「おうおう、この店は客に虫の入った残飯を出すのかよ!」

「こっちは髪の毛が二十本は入ってるぜ!」

「俺のパンケーキには土が付いてるわ! 落としたものを売ってんのかよっ」


 どう考えてもありえないクレームだが、責任者であるエグバート――オクビョーマスクは平身低頭で彼らに謝るばかりだ。


「す、すみませんすみません! どうかお許しくださいっ」


 他の客の目もある手前、穏便に事を収めようと努力しているのは伝わってくるのだが、だからといってこんな無茶なクレームにまで頭を下げる必要はまったくないのでは、と思わずにはいられない。


「……まったくもう。しょうがないわね」


 レインは騒ぎの中心へと歩を進める。

 すべては実家に帰らないために――彼女を動かしているのはその思いのみだ。

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