062 おっさん03
緊張しないための秘策がある――そう言って闘志を燃やすエグバートを無理やりダンジョンから連れ出した翌日。
彼の要望に応えて指定された時刻どおりにダンジョン入口で待つレイン、アル、シスタノの三人の前に現れたのは正体不明のマスクマンだった。染料で適当に染め上げたような彩り鮮やかな布を顔に巻き、緩まないように後頭部で縛っている。
「謎のマスクマン、オクビョーマスク見参! このワタシが君たちの仲間になってやろうじゃないかっ」
しっかりポーズまで決めてはいるが、その声はエグバートその人だ。
レインは彼を半眼で睨めつける。
「何やってるんですか、エグバートさん……」
「ははは。何を言っているんだい、レインシーさん。ワタシはオクビョーマスク。エグバートなどという恥ずかしがり屋さんではない」
「…………」
どうやらこのキャラでいきたいらしい。
しかしそれには問題がある。どうしてもそのなんとかマスクでいくというのなら無理に止めたりはしないが、エグバートとは別人という設定の彼を連れていっても意味がないわけで。
「私たちはエグバートさんのサポートをするために来てるんです。あなたと行動を共にする義理はありません」
「し、しまったああああ!」
いともたやすくオクビョーマスクは撃沈するのだった。
「ええい、もういい! ワタシはエグバートにしてオクビョーマスク。それでいいじゃないか。いいってことにしておいてくれ。お願いしますこのとおりです」
「……まあ、あなたがそれでいいのならこれ以上は言いませんけど」
土下座でもしそうな勢いのエグバートを見やりレインは肩を落とす。
ともあれ今やるべきことは嘆息よりも探索だ。彼だけではなく奥さんとお子さんのためにもクエストを達成し、報酬を手に入れなければいけない。受けるクエストが初歩の初歩なため得られる金額はたかが知れているが、彼が冒険者としての自信をつけるためにもまずはひとつでもクエストを達成する必要がある。
「じゃあ行きましょうか。今日も昨日と同じくスライム退治よ」
「もっと簡単なクエストはないかな、レインシーさん」
「……いいからさっさと倒してくださいよ」
レインの睨みに短く悲鳴を上げ、オクビョーマスクは彼女から逃げるようにしてダンジョンに突入するのだった。
――で、彼は今日もスライムに追われているわけで。
「ひいいいい! たたた助けてええええ!」
昨日と同じ景色を眺め、レインは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
恥ずかしがり屋で臆病で剣の腕もド素人で――どう考えても彼に戦士は無理だ。
「顔を隠せば恥ずかしがりな性格はなんとかなる、と。でも訓練もなしにいきなり魔物と戦闘なんてやっぱり無理よね。結局逃げ回るだけなんだもの」
「……レインさん。わたしにひとつ考えがあります」
頭を掻きながら落胆するレインに横手から声がかかる。それまで黙ってこの状況を見守ってきたシスタノだ。
スライムから逃げ惑うエグバートを眺めつつ、彼女はある提案をするのだった。
数日後。
街の中心地からだいぶ離れた区画。住宅地からも距離があり、常であれば人通りなどほとんどない寂れた場所である。しかし今、そんな何もない区画に長蛇の列ができていた。並ぶ人々は老若男女問わず、誰もが楽しそうに顔を緩めている。
「うわあ、すごい行列ね……」
果ての見えない列の横を歩きながら、レインが驚きの声を上げる。まさかこんなすごいことになるなんて思ってもみなかったのだ。
「さすがシスタノね。ここまでの反響は予想できなかったわ」
「そんなことないですよ。わたしはエグバートさんの理想をほんのちょっと後押ししてあげただけですから。……あ、行列の先頭が見えてきましたよ」
彼女の指差す先には言葉どおり列の先頭――そしてこじんまりとした建物が姿を現した。建物には看板がかけられ、そこには『仮面カフェ』と記されている。
「へい、いらっしゃい! どんどん注文してくれたまえっ」
活気のある声を上げるのは仮面の中年――オクビョーマスク。無論、臆病なのは名前だけで、布で顔を隠している今はどこにでもいる普通の元気な中年だ。
彼は店頭で菓子を焼き、訪れた客たちに愛想よく振舞っている。
「まさか本業に返すとはねえ」
彼を戦士としていかに上手くやっていかせるかを考えていたレインには、そんな発想はまるでなかった。最悪、しばらくは自分のもとで剣の稽古をつけてやろうかとすら思っていたほどだ。
「エグバートさんのお菓子作りの腕前は本物でしたので。だったら本業を続けた方が絶対いいですし、どこも雇ってくれないのなら自分でお店を始めちゃえばいいと思ったんですよ。街のケーキ屋さんはどこもオシャレな感じですので、いっそ真逆の方向でいけばウケもいいんじゃないかなって思いもありましたし」
確かに顔を隠したままハツラツと菓子を焼くケーキ屋など聞いたことがない。
初めはエグバートの物珍しさで訪れた客たちも、一度彼の菓子を食べればその味にも納得してリピーターとなる。シスタノの狙いは見事に的中していた。
「さあ、ケーキが焼けたぞ! オクビョーマスク特製の美味しいケーキだ!」
活き活きと菓子を焼くエグバートを遠目に見やり、レインたちは踵を返す。
名残惜しそうにエグバートを――もとい、ケーキを眺めていたアルの首根っこを引きずりながら。





