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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第07章 たたかうおっさん
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061 おっさん02

「ちょっと、アル! 勝手に決めないでよっ」

「仕方があるまい。ケーキなんだぞ。食べたいじゃないか」

「なんであんたはそう、欲望に忠実なのよ……」


 エグバートの持参したケーキを食べたい一心で彼を仲間に迎えようとするアルに盛大なため息を零し、レインはシスタノを見やる。こういうときは三人の中で一番客観的な意見を持つ彼女に判断を仰ぐのが最善だ。

 きっとシスタノであれば波風を立てない物言いでもってやんわりとアルを諭してくれると思ったのだが――


「誰からも断られるなんて可哀そうです……」


 うっすらと涙まで浮かべながら同情していて。

 トドメとばかりにエグバートは語り始める。


「……ワタシは数日前までカフェでパティシエとして働いておりました。毎日数え切れないほどのお菓子を作り、そりゃあ大変でしたが、それ以上に自分のお菓子がたくさんの人に愛されているのが実感できてとても充実していたのです」


 遠い目――と言っても視線の先には天井しかないが、ともかく彼は数日前までの日々を思い出しながら目を細めた。


「そんなある日、オーナーの息子さんがお菓子作りの修行と称して店で働くことになったのです」


 途端、悔しそうに顔を歪ませるエグバート。


「……端的に言えば、彼は横暴でした。修行するはずのお菓子はまるで作らない。女性従業員にちょっかいを出す。自分のミスを他の人になすりつける。オーナーの息子であることを利用して、彼はやりたい放題でした」

「うんうん、ひどいですねえ」


 両手で拳を握りながら、シスタノが何度も頷いている。よほどエグバートの過去に同情しているのか、その目は彼から離れることがない。


「ワタシはこのままではいけないと思いました。彼を放っておいたらお店が駄目になり、お客さんも去っていくと。だから勇気を出して彼を叱ったのです」

「素晴らしい勇気です! それでそれで?」

「……ワタシは解雇されました」

「…………」


 その後、彼は他の働き口を探し回ったのだという。しかし彼にはお菓子作りしか自信を持てる技術がない。カフェという若い客が集まる職場では彼のような中年は店のイメージを阻害するなどと断られ続け、結局冒険者になるくらいしか生きる道がなかったということらしい。


「ワタシには妻と娘がいます。二人を食べさせていくにはお金が必要なのです」

「なるほどねえ。でも、それで冒険者になるって結構安直な気もするけどね。戦えなければクエストも失敗するだろうし、それじゃあお金は稼げないし」

「仰るとおりです……」


 レインの呟きにエグバートは縮こまるばかりだ。


「クエストに挑戦するどころか、誰も仲間に入れてくれない状況でして……」

「レインさん、なんとかエグバートさんを仲間に入れてあげられないでしょうか。わたしが言うのも差し出がましいんですけど……」


 エグバートとシスタノ――二人から熱烈な視線を受け、レインはもう一度大きなため息を零すのだった。


「分かったわよ。ただし無理だと思ったらすぐ抜けてもらうからね」


 そして街郊外のダンジョンで。

 スライムに追い回されるエグバートの情けない姿がそこにあった。


「ひいっ! たたた助けてええええっ」


 ダンジョン第一層の入り口。大声で泣き喚きながら右往左往する中年の男を横目に、他の冒険者たちは次々とダンジョンの奥へと消えていく。襲い来るスライムを軽々とかわして剣を一閃。何事もなかったかのように通り過ぎていく。

 壁に背を預けて座り込んだレインとアルは、小一時間ほどこの茶番に付き合っている形だ。正直そろそろ宿屋に帰って剣の手入れでもしたいのだが。


『ダンジョン第一層のスライムを十体討伐せよ』


 こんな初歩のクエストでまさか一体も倒せないとは思わなかった。

 アルはエグバートから貰ったパンケーキをすでに食べ終え、よほど美味しかったのだろう、表情こそ変わらないがどことなく満足した様子で元パティシエの行方をぼうっと眺めている。


「エグバートさん、頑張って! 攻撃してくださいっ」


 シスタノはずっと応援しているのだが、その声が彼にちゃんと届いているのかは(はなは)だ怪しいところだ。レインはゆっくりと立ち上がり、


「……ふう。どうやら駄目みたいね」


 瞬間、彼女の姿は掻き消え――エグバートを襲っていたスライムの群れはあっという間にすべて真っ二つに斬り裂かれていた。

 その場にへたり込むエグバートに手を差し伸べつつ、レインは告げる。


「これ以上続けても意味がないわ。エグバートさん、申し訳ありませんが私たちはそろそろ帰りますので」

「ああっ、ままま待ってください! もう一度だけ、もう一度だけチャンスをっ」

「あなたの実力はもう分かりました。残念ですが――」


 レインが言い切るより早く、エグバートは声を張り上げる。


「ひ、ひひ秘策があるんですっ!」

「秘策?」

「ワタシが緊張しないための最後の手段ですっ」


 ただのハッタリではない気迫が、彼の目には宿っていた。

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