060 おっさん01
ある日の昼下がり。
久々に冒険者ギルドへと出向いたレインたち一行は、クエスト斡旋係のミゲリアに軽く手を振ってから壁の貼り紙に目を通していた。
できるだけ簡単で報酬の多いもの――もちろんレインにかかれば多少の強敵でも難なく倒せてしまえるのだが、さらに楽が出来るというのであれば、それに越したことはないのも素直な気持ちで。
「シスタノ、そっちに何か良さそうなのあった?」
「うーん、今のところは無いみたいですねえ。紙の重なってる下側もチェックしてるんですけど」
「おい、レイン。難しいクエストでもオレたちなら問題ないじゃないか」
アルが嘆息混じりに反論するのも分かる。クエストというのは基本的に、達成が難しいほど報奨金も比例して高くなる。スライム一匹を倒した報奨金とワイバーンを倒した報奨金とではもちろん後者が圧倒的に高額だ。
簡単なクエストを何度も繰り返すより、高難度のクエストを一回クリアして莫大な金を稼いだ方が効率的ではないだろうか――アルはそう言っているのだ。
「まあね。私とアルがいれば大抵のクエストは楽にいけちゃうだろうし、もし暴走してもシスタノが管理してくれてるから、あんたの言うことはご尤もだと思うわ」
「だったらそれで……」
「駄目なのよ」
食い下がるアルの言葉を遮るように、レインは頭を振る。
「……ちょっとあんたたち、こっちに顔を寄せて」
両側の二人を小声で手招きすると、あたかもクエストを選んでいるような振りをしながらこっそりと喋り始める。
「いやまあ、なんていうか……。私ね、先日の教会での一件以来どうにも尾行られてるみたでさ。あはは――おっと、キョロキョロしないでね? 見つかったら何をされるか分かったもんじゃないからね」
「び、尾行って誰にされてるんですか?」
「教会の比較的動ける若い修道女さんじゃないかしら。さすがに年配の方を私たちの監視につけるほど、お母さんは私の実力を認めてないわけじゃなさそうね」
大方、約束を交わし直したレインたちがさっそく無茶なことをしでかさないか、陰からこっそり覗いてはルナベスタに逐一報告しているのだろう。
母親の顔を思い出して、知らず自分の尻をさするレイン。あんなにひどい非人道的なお仕置き――という名の拷問はもう懲り懲りだ。
「ふむ。まあ撒こうと思えばいつでも撒けるしな。追跡者が中年であろうと若い女であろうとそれは変わらない」
アルの言葉に少女二人が頷いたその時――
「お、おおお願いしますっ。ど、どうかワタシと、パ、パーティを、くくく組んでいただけないでしょうか」
吃りのひどい、情けない男の声がカウンターの方から聞こえてきた。
そちらに目を向けると、受付カウンターに身を乗り出してミゲリアに詰め寄っている中年の男の姿があった。四十代後半くらいだろうか。短く刈り込んだ赤褐色の髪に口ひげを蓄えた中肉中背の男である。
「だからあ、あたしはただクエストを斡旋する係であって、戦うスキルなんて何も持ってないのよっ。そろそろ理解してちょうだいよ、おじさん」
「し、しかしワタシは誰にも相手にされなくて……」
「そこまでは受付の業務じゃないのよっ。一人で行くなり諦めるなりしたら?」
どうやら男はその風体から、誰ともパーティを組めなかったらしい。だから男はついにミゲリアまでも仲間の対象として声をかけていたのだろう。
そんなやり取りを遠くから眺めていたが、ふとミゲリアと目が合ってしまった。彼女は助けを得たとばかりに目を輝かせ、こちらに向かって両手をブンブン振ってみせる。
「ちょっと、レインちゃん! 早くこっち来て助けてよっ」
「おい、レイン。ミゲリアが呼んでいるぞ」
「聞こえてるわよ……。はあ……」
クエストボードを離れてカウンターに行くと、男は九死に一生を得たとばかりに満面の笑みを浮かべた。そしてレインの顔を確認するやいなや驚いて飛び上がる。
「も、もももしかしてっ、レ、レインシー・カイルガイル様っ?」
「そうですが」
「ほほほ本物っ、本物の英雄レインシー様がっ、ワワワタシの目の前にっ!」
本物も何も、最近は姿を隠すこともなく堂々と街中を散歩しているのだが。
この男も外に出ていればどこかですれ違うくらいはしてそうなのだが、今の反応を見る限りでは彼はさほど外出しないタイプの人間らしい。
「ワ、ワタシはエグバートと申します。先程冒険者登録をしたばかりでして……」
「ああ、なるほど。それで緊張しちゃってるんですね」
「き、緊張は今に限ったことではないのです。実はワタシ、極度の恥ずかしがり屋でして……」
「あー……」
レインは得心する。彼――エグバートが誰からもパーティを断られたのはきっとその見た目だけではない。仲間になろうという戦士たちの前でもずっとこんな調子で喋っていたのだろう。
そりゃあ誰だって拒否するに決まっている。こんな腰の引けた中年の男がまともに戦えるわけがなく、むしろ彼を守りながら戦わなければいけなくなるのだから。そんなものはお荷物以外の何物でもない。
「ねえ、レインちゃん。お願いがあるんだけど……」
「嫌よ。この人を一緒に連れていけって言うんでしょう?」
「そのとおりなんだけどさ。レインちゃん強いし何とかならない?」
「ならないわよ。こっちだっていかに楽をしようかとさっきから考えてたのに」
そんな二人の会話を聞きながら――エグバートはポロポロと涙を流し始めた。
「そ、そうですよね……。ワタシなんかが一緒にいたらレインシー様の足手まといにしかなりませんし。ああ、仲間になってくれるであろう人たちに感謝の気持ちとして焼いてきたケーキが無駄になりまし――」
エグバートの言葉は最後まで続かなかった。
崩折れる彼の目の前に歩み出る一人の青年――アルが言い放つ。
「おい、何をしているエグバート。さっさと用意をしろ」
「え……、ええ?」
「今からオレがお前の仲間だ。だからオレにケーキを寄越せ」





