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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第06章 頑固母娘の約束
58/150

058 約束02

 自分の足で歩くと気分の悪さも徐々に薄れてくる。おぼつかなかった足取りも、アルの先導で山を登り始めた頃にはすっかり回復していた。


「ここから少しばかり登った所に洞穴がある。その中をしばらく進んだ地点に兵士が倒れている。魔物に連れ去られたというのは恐らくこいつだろうな」

「すごい……。なんでそんなことまで分かるんですか?」


 感嘆のため息を漏らすシスタノ。素直に答えようとするアルの脇腹をほぼ全力で小突き、レインは愛想笑いを浮かべつつ指を一本立ててみせた。


「こいつは勘が鋭いのよ」

「勘ですか」

「今までも何度かアルの勘に助けられたことがあってね。信用できるレベルよ」


 もちろん大嘘である。

 しかし三人が登った先には彼の言うとおり洞穴が見つかって。


「…………」

「さ、さすがアルね! 今日も勘が冴えてるわっ」


 不審そうにこちらをジト目で見やるシスタノから顔を背けつつ、レインは大仰にそう声を上げるのだった。


「じゃ、じゃあさっそく中に入るわよっ」


 洞窟の幅はさほど広くない。人が通る分には問題ないが、人ひとりを咥えて空を飛ぶような大型の魔物が自由に出入りできるようには到底思えなかった。

 もしかするとここを通る時だけ翼を畳んでいるのかもしれないが、希少種とまで呼ばれるようなモンスターがそんなセコい真似をしているのを想像するとシュールですらある。


「アル、この中に本当に魔物がいるの?」

「いないみたいだな」


 訝しむレインに、アルは事もなくそう答える。


「ちょっと! それじゃあここはハズレってこと?」

「いや、傷ついた兵士が倒れているのは間違いないぞ」


 ということは、魔物は餌である兵士を巣に残し、次の獲物を探しに出ていったのだろうか。ともあれ魔物が不在であればそれに越したことはない。

 レインは二人を見やり、一歩踏み出す。


「レ、レインさん。何があるか分かりません。ここは慎重に行きましょう」

「分かってる。でも早く兵士の手当てもしてあげないと」


 兵士の容態が分からない以上、あまり悠長にもしていられない。

 レインとシスタノはそれぞれ剣を抜き、後方をアルに任せて洞窟を進んだ。


 それからわずか五、六分――洞窟の終わりは早々に訪れた。

 一般的な家屋が一棟すっぽり入りそうな空洞。視線を上にやればこの空洞と同じサイズの竪穴が口を開けている。なるほど、魔物はレインたちが通ってきた道ではなくこちらを使っているのだろう。

 空洞の中央には木の枝を積んで作られた大きな鳥の巣が置かれており、その巣の中で血に塗れた兵士がぐったりと横たわっている。

 周囲に魔物の気配がないか確認してから急いで彼のもとへ駆けつけると、レインはザックから魔封石を取り出し――


「え、あれ? 魔封石が一個もない!」

「ああっ、そういえば全部ルナベスタ様に渡しちゃいましたっ」


 使用済みの魔封石をすべてルナベスタに渡したことを思い出し、シスタノは声を上げる。しかし手持ちがひとつもないということは、すべて使用済みだったということだ。もしシスタノが渡していなかったとしても、使用済みの魔封石では当然何の役にも立たない。


「じゃあ彼を担いで急いで教会に戻りましょう。アル、頼んだわよ」

「分かった」


 鎧を着たままの兵士を軽々と肩に担ぐと、アルは来た道を足早に戻っていく。

 レインとシスタノは彼の護衛として前衛と後衛とに分かれ――


「……む、戻ってきたようだな」


 足を止めたアルが上空を見やる。

 竪穴から見える空にはちいさな黒い点がひとつ。それは翼の音と共に段々大きくなっていき、やがてこの巣に舞い降りる頃にはレインもその正体を確信した。


「ワイバーン……」


 ショートテイル・ワイバーン――『四つ足の竜』と呼ばれる通常種より幾分尾が短いワイバーンである。通常種より力は劣るものの、その分魔法は段違いに強い。空を飛び回りながら魔法攻撃を仕掛ける厄介な魔物だ。

 通常種であれば魔王城近辺で何度か戦闘経験のあるレインだったが、この希少種はまったくの初見である。

 レインたちを見つけて咆哮を上げるワイバーン。空気の振動で身体が震える。


「アル、兵士をシスタノに預けてこっちに来て!」


 ワイバーンの眼前で攻撃魔法が生成されていく。レインは地を蹴ってワイバーンへと一気に跳躍すると、剣を振り上げて魔物の眉間に迫る。しかし敵の魔法の方がわずかに早かった。レインの目の前でワイバーンの魔法が放たれ――


「アル!」

「うむ」


 しかし攻撃魔法がレインに当たることはなかった。接触する直前、アルの放った魔法障壁が彼女の前に発現しワイバーンの魔法を弾き飛ばしたのだ。

 一気に決着をつけるため、今度こそレインは上段の剣を力一杯振り下ろし――


「……うそ」


 レインは目を見開く。

 通常、魔法を行使するには予備動作が不可欠である。呪文の詠唱や先ほど魔物が見せたような魔法の生成がそれに該当する。アルは予備動作なしで発動させているが、それは彼が異常なだけだ。

 だから一度魔法を放った直後のワイバーンには次の魔法を発動させるための予備動作が必要なはずなのだが――

 魔物の眼前にはすでに次弾となる魔法が発現していた。


「レインさんっ!」


 シスタノの叫びは彼女に届くことなく。

 ワイバーンの攻撃魔法は、ゼロ距離でレインに炸裂したのだった。

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