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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第06章 頑固母娘の約束
56/150

056 親心04

 アルとシスタノ、そしてルナベスタが自分の話をしているなどとはつゆ知らず。

 うつ伏せの状態でベッドに寝かされていたレインは目を覚ました。

 この部屋は知っている。教会の聖堂の奥にある医務室だ。とはいえここが本来の目的として使われるのは昼間だけで、礼拝の時間を終えた夜の時間帯は宿直の司祭や修道女たちの仮眠室となる。レインが幼少の頃は、ルナベスタも夜の当番としてよく泊まり込んでいたものだ。


「……痛い」


 意識が覚醒すると途端に尻が痛み出す。お仕置きのあと回復魔法を使ってくれたみたいだが、完全に癒やさず痛みを残すあたりがいかにもルナベスタらしい。

 尻を圧迫しないよううつ伏せで寝かせてくれたことには感謝するが、それだって母がそう指示したわけではないのだろう。きっと自分を担ぎ上げた司祭たちが配慮してくれたのだ。


「んー……」


 無理をすれば起き上がれないこともないが、今そうしたところでアルとシスタノと顔を合わせて気まずいだけだ。ここは二人が帰るのを待ってから夜中にこっそり宿屋に戻るのが正解な気がする。

 とりあえず夜までもう一休み――などと目を閉じた時だった。


「おい、レイン。起きているだろう」

「わあっ!」


 突然耳元で囁かれ、驚いて飛び上がってしまう。

 いつの間にか自分のすぐ傍でアルがしゃがみこんでいた。


「あ、あんたいつの間に来たのよっ?」

「今だ。なんとなく起きていそうな気配がしたものでな」


 この部屋には扉がないため、足音さえ気を付ければいくらでも隠密的に侵入することができる。無論、仮に扉があったとしてもアルなら音も気配もなく同じ結果を叩き出せるのだろうが。

 ともあれレインの狸寝入りは突然の侵入者によって暴かれてしまった。尻の痛みを我慢しつつもベッドに座る格好で、恨みがましく睨み上げる。


「今、お前のご母堂が魔封石に回復魔法を詰め直してくれている」

「そ、そう……」


 母と聞いて顔を逸らすレインを見やり、アルは「ふむ」と顎に手を当てる。


「こういうのは回りくどく伝えるよりも端的な方がいいな。レイン、ご母堂が家に帰ってこいと言っているぞ」


 その言葉に、レインの肩がわずかに上がる。


「……嫌よ。あそこにいたら私、いつか殺されちゃうわ」

「彼女はお前の身を案じている。それが分からないわけではあるまい」

「だったらなんで私は今、こんな所で寝かされてたのよ!」

「お前が彼女との約束を破ったからだろう」

「うぐっ」


 アルの正論に言葉が詰まるレイン。

 レインとしては「ルナベスタが娘を魔法で攻撃したから」が正解だったのだが、だったらなぜそんな奇行に走ったのかを考えると、やっぱりレインが約束を破ったからに他ならない。娘が母との約束を守ってさえいれば、母だってあんなお仕置きを実行しなかったはずだ。

 つまり事の発端はレインだったわけで。


「う、うっさいわね! 帰らないったら帰らないのっ」


 結局はいつもどおり、子供のように感情に任せて声を上げるのだった。

 これからまた二人の問答が始まろうかというその時――


「アルさん! レインさん!」


 シスタノが血相を変えて部屋に飛び込んでくる。

 その後ろを見れば、別の部屋で業務に戻っていた司祭や修道女たちも一斉に聖堂へと集まっている。どう見ても只事ではない雰囲気に、レインは立ち上がった。


「どうしたの、シスタノ?」

「近辺の見回りに出ていた兵士さんたちがレアモンスターと遭遇したみたいです。応援に駆けつけた兵士さんたちもやられちゃって……。いま続々と聖堂に運び込まれていますっ」


 なるほど、司祭たちは救護のために聖堂に集まっているのか――状況を理解したレインは部屋の脇に立てかけてあった剣を手に取り、聖堂へと足早に向かう。


「シスタノ、他には?」

「兵士さんがひとり連れ去られたと言っていました。魔物は兵士さんを咥えて北の空に消えていったそうです!」


 口に咥えて空に――恐らく魔物は空を飛べる鳥や飛竜系なのだろう。

 聖堂に出たレインは息を飲む。先程まで静謐な空気をまとっていたそこは、今は血に染まった兵士たちで溢れかえり、彼らの苦しむ声と司祭たちが掛け合う声とで大騒ぎになっていた。

 祭壇の前。司祭たちに指示を出していたルナベスタとレインの目が合う。


「私が行く。行って助けてくる」


 そう宣言する娘を見やり、ルナベスタは目を細めて笑った。


「……行っておいで。任せたわよ」

「うん!」


 何人もの兵士をこんな姿にした凶悪な魔物のもと向かうという娘を送り出す母。本当は心配で心配で堪らないはずなのに、この人はどれだけ強い心を持っているのだろう――シスタノは唇を噛みしめる。

 そして娘も娘だ。この惨状を見ても、その双眸には何ひとつ揺るぎなどなくて。


「アル! シスタノ!」

「うむ」

「はいっ!」


 魔物が消えていったという北を目指し、三人は教会を飛び出した。

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