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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第06章 頑固母娘の約束
55/150

055 親心03

「魔封石は持ってきてるかい?」


 アルとシスタノを交互に見やり、女性司祭ルナベスタは問うた。

 こうしてまっすぐ対峙してみるとよく分かるが顔つきは娘と瓜二つだ。レインが順調に歳を重ねたらきっと彼女のようになるのだろうと容易に想像できる。


「ちょ、ちょっと待っててくださいっ」


 そう答えるシスタノの声は緊張のせいか上ずっている。念の為にもってきていたレインのザックを急いで漁り、手のひらほどの大きさの黒ずんだ石をいくつか取り出した。

 魔封石――その名のとおり中に魔法を封じ込め、任意のタイミングで使用できるマジックアイテムである。魔法を封入すると内側から淡い光が灯り、魔法を使うとただの石になってしまう。そのため使い終わった魔封石は再び魔法を注がなければならないのだ。


「ありました!」

「じゃあそれは回収しておくよ。あとで回復魔法を詰め直して返すから」

「あ、ありがとうございますっ」


 シスタノから黒ずんだ魔封石を受け取ったルナベスタは、修道女をひとり呼んでそれを手渡した。修道女を下がらせると、今度は二人に座るよう促す。


「まあ立ち話も何だし座ってちょうだい」


 シスタノとアルが腰を下ろすと自分もその隣りに座る。シスタノがルナベスタとアルに挟まれる格好だ。頭が沸騰して湯気を上げ始めた彼女を横目に、レインの母は深く頭を下げた。


「すまないね、うちの子がいつも迷惑をかけて」

「ととととんでもないです! レインさんにはいつも助けられてますっ」


 目を渦巻きにして否定するシスタノと対照的に、アルは無言のままだ。

 ルナベスタは目を細めて正面へと――慈愛の女神ヨジョ像へと視線を移す。


「……私があの子を叱った理由はあれだけじゃないの。あの子が家に帰ってこないからなのよ」


 そもそも先程の惨劇を『叱る』の範囲で考えていいのか悩むところではあるが、だからといって「あなたが怖いからでは?」などとは口が裂けても言えない。だがルナベスタの気持ちもシスタノにはよく理解できるのだった。

 レインに父がいないことは本人から聞いていた。魔物に襲われた娘を助けようと身を投げ出し、帰らぬ人となったという。

 だからルナベスタは家に帰っても一人きり。娘からは何の連絡も――安否さえも届かないままたった一人で眠る。それがどれだけ心細いか、母親を一度失いかけたシスタノにはよく分かるのだ。


「あの子は昔から剣一筋でね。幼い頃に父親を亡くしてからは、自分がお母さんを守るんだって言って剣を振るうようになったのよ」


 懐かしい記憶を掘り起こし、ルナベスタはふっと微笑む。


「初めのうちはあの子の優しさが嬉しかったのだけど、彼女にはもともと剣の素質があったみたいでね。みるみるうちに実力をつけていったわ。でもそのせいで周りから『怪物』なんて不名誉なあだ名を付けられていたのも知ってる」


 あっという間に武闘大会の上位に躍り出るほどの剣の腕前を得たレインは、周囲から畏怖の念を込めてそう呼ばれ、遠巻きにされていた。よほど仲の良い友人たちとなら素直に会話もできたのだろうが、そこを一歩離れると、彼女は人々の恐怖の対象としか認知されていなかった。


「そして武闘大会での功績を認められたあの子は魔王討伐を命じられた。私はね、それを知って胸が張り裂けそうだったの。……でも私はこの教会の次期最高司祭。自分の娘だからと言ってそれを拒否させることはできなかった」


 そう言って悲しげに口の端を上げる彼女が抱くのは自嘲か、それとも――

 あれだけレインに厳しく当たっていたが、本当は彼女が無事に帰ってきてくれたことが心から嬉しいのだろう。

 ルナベスタは隣りの二人を見やり、身を乗り出す。


「お願いがあるの。なんとかあの子を家に戻るよう説得してくれないかしら」


 その姿は次期最高司祭ではなく、紛れもなくひとりの母親としてのそれだった。


「そ、それは……。やはりご本人の気持ちをちゃんと聞いてからでないと……」


 ルナベスタの気持ちは痛いほど分かる。だが、だからといってレインに無理強いをしていいわけではない。シスタノは慎重に言葉を選び、ルナベスタを刺激しないように返すのだが――


「分かった。やってみよう」


 深く頷きながらアルが即答するのだった。


「ちょ、ちょっとアルさんっ?」

「血を分けた親子は共に生活すべきだ。遠く離れているのならまだしも、これだけ近くにいながら顔も合わせないというのは間違っている。シスタノ、お前もそうは思わないか?」

「お、思いますけど、でもやっぱりレインさんの気持ちを聞いてからの方が……」


 立ち上がって熱弁しそうなアルの肩を押さえつつ、シスタノは食い下がる。

 そんな二人の様子を眺めていたルナベスタだったが、ふと何かに気付いたように目を光らせた。


「アルさんと言ったわね? あなた、もしかして……」


 まるで値踏みでもしているように、アルの身体を上から下までじっと見つめる。その顔は徐々に険しいものになっていって――


「なんだ?」

「なんだじゃないでしょ、もう! ちょっとおとなしくしててくださいっ」


 今度は両手で口を塞がれてモガモガ言い出したアルを見て、ルナベスタの表情がふっと緩む。自分の抱いた馬鹿げた想像を振り払うように数度頭を振り、


「いえ、なんでもないわ」


 そう言って再び二人に笑みを見せるのだった。

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