053 親心01
「そろそろギルドに顔を出してみてはどうでしょう」
宿屋の一室。テーブルを挟んでレインと向かい合ったシスタノはそう提案した。
たしかに日々の稽古に励むのもいいが、やはり実践でなければ得られないものもある。加えて手持ちの金も少なくなってきている。もちろん国に預けている大きな金はそのまま残っているのだが、稼げる状況で稼がなかったからと言ってその金を下ろすのには抵抗があった。
「そうねえ。私もそれがいいと思うけど、一応アルにも訊いてみましょう」
「そういえばアルさんは?」
隣りの部屋に滞在しているアルだが、昼食前のこの時間帯はいつもこちらの部屋に来ていたはずだ。そしてレインの「そろそろお昼にしましょうか」の言葉を今か今かとそわそわしながら待っているのが常だったのだが。
「ああ、あいつはここの厨房見学よ。暇だから新しいレシピを覚えたいんだって」
「暇ならもっと他にやることがあるでしょうに……」
家事全般を趣味とする彼は、とりわけ料理にはうるさい。魔王城から戻ってくる道程では謎の食材ばかりを食べさせられたものだが、それでもちゃんと食べられるよう調理できてしまう彼の腕は本物だと思う。
そんな彼がまともな食材だけを使ってご飯を作ってくれるというのなら、レインとしては見学を止める理由はなかった。
「……ん? 誰か来たみたいね」
部屋の扉の向こうから、階段を上がってくる音が聞こえる。
足音はやがて扉の前で止まり、続いてノックが二回。アルであれば構わず入ってくるところだし、だとすればやはり自分の客だろう。
「はあい、どなた?」
扉を開けると、そこには年配の男が二人立っていた。
彼らの姿を見たレインは目を見開く。純白のローブに青色の小さな装飾。首から下げたペンダントには慈愛の女神ヨジョ――あらゆる病を癒やすと言われる伝説の薬草はここから名付けられた――への信仰を表す宝石が施されており、彼らが教会の者だとひと目で分かる。
むしろ彼らのことをレインは知っている。
「お久しぶりです、レインさん」
にこりと笑い司祭は言う。しかし――
「ルナ様のご下命によりあなたをお迎えに参りました」
「……シスタノ、アルに伝えておいて。二、三日で戻るって」
友好的な司祭たちとは対照的に、レインの表情はひどく強張っていた。
街の中心部よりやや南に大きな教会がある。白亜の外観に開かれた両開きの扉。入り口の上方には女神ヨジョを象った銀のプレートが掲げられている。中に入ると奥へと続く身廊に赤い絨毯。その両隣には長椅子がいくつも並べられ、祈りを捧げる人々が腰を下ろしている。最奥には女神像。その手前には祭壇が置かれている。
「……って、そんなことはどうでもいいんだけど」
両端から司祭に挟まれる形で連行されてきたレインは背後を一瞥して呻く。
そこにはシスタノと、なぜか厨房を抜け出してきたアルまでついてきていて。
「なんであんたたちまで一緒に来てんのよっ。私のことは放っておいて早く宿屋に戻りなさいよ」
「おい、レイン。それは違うぞ。オレたちは仲間だ。仲間の行く所であればたとえどれほど苦しい状況であってもついていく。それが本当の仲間というものだろう」
「わ、わたしは厨房まではついていきませんけどね……」
恐らくシスタノが厨房のアルにレインの言葉を伝えたところ、彼が一緒に行くと言い出したのだろう。そして人数的に少数派となった居残り組のシスタノも思わずついてきてしまったと、つまりそういうことだ。
「ほんと仲のいいパーティだわ、私たち……」
「うむ、当然だ」
「……皮肉で言ってんのよ」
そして再び前方へと視線を戻す。
祭壇の前に立つ、ひとりの女性司祭へと。
「よく来たわね、レイン」
不敵な笑みを浮かべて彼女は言った。空気を貫くような、よく通る声だ。
「なぜ私があんたをここに呼んだのか分かっているわね?」
「えっと……、無茶な戦いをしたからでしょうか」
レインの答えに女性司祭は「よく分かっているじゃない」と口の端を上げる。
「えっ、ル、ルナベスタ様?」
シスタノが驚きの声を上げる。
女性司祭ルナベスタ。老いから病床に付している最高司祭に代わり、この教会を取りまとめている司祭である。数年前までは各地の教会をめぐっており、ここ王都シュティーリアの教会にはほとんど姿を現さなかったのだが。
「魔王討伐に出るときも言ったはずよ。無理だと思ったら引き返せとね」
「は、はい……」
「命さえあれば何度でも挑戦できる。でも死んでしまったらそこで終わり。あんたはそれくらい分かっていると思ってたんだけどね」
「返す言葉もありません……」
彼女に恐怖しているのか、小刻みに震えながらレインは頭を下げる。
「……ごめんなさい、お母さん」
「お、お母さんっ?」
レインの謝罪にシスタノが飛び上がる。そして――
「あんたにはキツいお仕置きが必要なようね」
女性司祭――ルナベスタ・カイルガイルはその双眸を鈍く光らせるのだった。





