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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第05章 おとなのおんなのこ
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050 かかと01

 シスタノ・ゾーンには野望があった。

 あなたは私たちより十分大人ね――そう言ってくれたレイン。昨年の武闘大会で準優勝を果たし、魔王アルヴァリオスを討伐した弱冠十六歳の少女は、シスタノがもっとも尊敬する人物だ。レインに褒められたことがすごく嬉しくて、その言葉を思い返しては今日も顔をほころばせている。


「わたし、もっと大人になりたいな……」


 ため息と共にこぼれたその声は、誰の耳に届くこともなく。

 彼女は今日も朝早くからレインが宿泊している部屋の扉をノックするのだった。


「レインさん、おはようございます。シスタノです」


 しばらく待ってみたが返事がない。まだ寝ているのだろうか。

 ドアノブに手をかけてそっと回すと、施錠されていなかったらしく扉はちいさく軋みながら外側に開いていく。昨夜はたしか酒を飲まずに戻ってきたはずだから、酔い潰れて寝ているということはないと思う。まあ彼女は普段から朝には弱い体質なので、普通に寝坊しているだけだろう。


「……入りますよー?」


 ドアの隙間からそっと顔を覗かせると――


「ん? おお、シスタノか。おはよう」

「むーっ! むーっ!」


 頭に三角巾、片手にハタキのアルと、口にさるぐつわ、身体をロープでぐるぐる巻きにされて床に転がったレインの姿が視界に飛び込んでくる。何も知らない人がこの光景を見たら、間違いなく強盗だと思われるだろう。


「な、何やってるんですか、アルさん……」

「よく訊いてくれた。レインには前々から部屋の掃除をしろと何度も言っているんだが一向にやる気配がなくてな。仕方がないからこうしてオレが代わりに掃除してやっているんだ」

「いや、じゃあなんでレインさんがこんな姿で?」

「こいつが文句ばかり言うからだ。これはここに置いといた方が取りやすいだの、これはここにあった方が部屋のバランスがいいだの、寝転んだ状態で手が届く範囲に物がないと落ち着かないだの」

「……そ、それは確かにちょっと雑というか何というか」

「そうだろう。だからレインにはしばらくおとなしくしてもらっている」


 この調子だと今朝は剣の稽古はなさそうだ。

 それなら、とシスタノは踵を返す。


「じゃ、じゃあわたしはこれでっ。お掃除が終わったらちゃんとレインさんを解放してあげてくださいね!」

「ああ、約束しよう」

「むーっ! むーっ!」


 レインの唸り声がなんとなく「いま解放しなさいよ!」と聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。シスタノは足早に宿屋を出ると大通りを歩いてそのまま街外れへと消えていった。


 そこは大きな建物だった。朝陽を浴びて外見こそ明るいものの、窓の向こうは闇に閉ざされている。シスタノは敢えて正面を避け、裏口へと回り込んだ。

 ちいさな扉を開けると、狭苦しい廊下がまっすぐ伸びている。シスタノは慣れた様子で歩を進め、突き当たりの扉をノックした。


「……誰?」

「シスタノです」

「……入って」


 扉の向こうから女性の声。今にも消え入りそうな弱々しい響きである。

 シスタノは扉を開け、滑り込むように中へと入った。


「今日は早かったじゃない」


 部屋には木製の長机と十数脚の椅子が並んでいる。その中央付近にひとりの女が座っていた。声から察したように生気のない顔。艶のない髪。乾燥した肌。

 まだ若いのであろう彼女は大きな胸を机に乗せ、客人へと視線を向けている。


「今朝は稽古がなかったんです」

「そう。まあいいわ。じゃあさっそくだけど始めましょうか」


 そう言って立ち上がった女は途端にふらつき、机に手をついて転倒を防いだ。


「だ、大丈夫ですかっ?」

「……心配ないわよ」


 慌てて駆け寄るシスタノを片手で制し、女は背を向ける。そして奥の棚を漁ってちいさな箱を取り出すと、シスタノのもとへと歩いてきた。

 テーブルに置かれた箱。女はおもむろにそれを開け――


「ふふふ。今日はどんな色にしてあげようかしらねえ……」


 覗き込むシスタノを見やり、にんまりと笑うのだった。


 一方その頃、宿屋ではアルがロープで縛られていた。

 身体のラインが分からないほど何重にもぐるぐる巻きにされ、そこから頭だけが飛び出ている状態だ。床に転がされて腰のあたりをレインに踏みつけられている。


「おい、レイン。これは一体何のまねだ」

「うっさいわね! あんたにやられたことをそのままやり返してるのよっ」

「そうか。やり返しているのなら仕方ないな。しばらくこのままでいよう」


 まるで抵抗しないアルを力一杯踏みつけながらレインは思い返す。

 さっき部屋を出ていったシスタノ。彼女はどこか急いでいるふうだった。いつも剣の稽古のためにここを訪れている彼女にこんな朝早くから急ぐような用事があるとは思えないし、ともすれば彼女は何をあんなに急いでいたのだろう。

 まあ彼女が戻ってきた時に訊けばいいか――レインはひとり頷く。

 今はそんなことよりも――


「おい、レイン。ひとつだけいいか?」

「何よ?」

「この位置からだと、お前のパン……」


 真顔で何か言おうとするアルを、レインは再度思い切り踏みつけるのだった。

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