049 高級店05
「なんであんたはいつもいつも問題を大きくしようとするのよ」
運ばれてきた料理を休むことなく食べ続けながらレインは言う。
まだ開店して間もない時間帯だが、アルとレインのやり取りを見た客たちは全員早々に帰ってしまっていた。武闘大会での優勝経験もあるあのレインシー・カイルガイルが激高して突然店に乗り込んできたのだから無理もないだろう。
「事を大きくする意図はなかったんだがな。結果としてそうなっただけだ」
「その結果を作ったのは間違いなくあんたでしょうが」
「そこを突かれると返す言葉もないな。おい、料理長。おかわりを持ってこい」
「あんたねえ、私がご飯でおとなしくなるとでも思ってんの?」
「食べないのか?」
「……食べるけどさ」
唇を尖らせるレインのもとに、ウェイトレスがひとりやってきた。
見覚えがあるどころの話ではない。忘れるものか。彼女こそレインの胸をバカにした張本人なのだ。
しかし彼女は昨日のような高飛車な態度ではなく、むしろレインをひどく恐れているかのように小さく震え、近寄ってくる姿もまるで頼りないものだった。
「あ、あの……」
「何よ?」
「ひいっ!」
レインがひと睨みしただけで縮み上がってしまう有り様だ。本当に昨日のあいつと同一人物なのかと疑いたくなる。
彼女はがばっと腰を曲げ、レインに大きく頭を下げた。
「あっ、あたしヴィータって言います。昨日はあんな態度を取ってしまって本当に申し訳ありませんでした! まさかあなたがそんなに強い人だなんて知らなくて、つい調子に乗ってしまって……」
「ふうん。私のことを少しは知ってくれたみたいじゃない。でもその言い方だと、強くない人にはいつもあんな態度を取ってるって聞こえるけど」
「そ、そんなことはないです!」
ウェイトレス――ヴィータは慌てて首を振る。
彼女が先程からずっと涙目なのは、もしかしたらレインに物理的に仕返しされるのを恐れているのかもしれない。そりゃあレインほどの人間が本気で襲ってきたらヴィータのような身体的弱者などひとたまりもないだろう。
「レインさん、ここはひとつ大人のの対応を……」
「分かってるわよ」
シスタノの忠告にレインはふうっと息を吐く。
「いいわ、許してあげる。そのかわり今後は誰に対してもちゃんと接客すること。裕福そうだとか貧乏そうだとか、けして人を見た目で判断しないように」
「は、はいっ!」
「……あと、む、胸のサイズでもね」
「え?」
最後の言葉は尻すぼみして、ちゃんと聞こえなかったらしい。
「あの、いま何と?」
「な、なんでもないわよ! とにかくこんないかがわしいサービスはやめて真面目なお店としてやっていきなさい。いいわねっ?」
そう言って周囲を見回すと、従業員たちが一斉に「はい!」と返す。アルに一晩絞られただけでこの従順さ。一体どんな調教をしたのか彼に訊いてみたいところではあるが、やっぱりそれは知らないほうがいいだろう。
さて、とレインは隣りを見やる。
シスタノ・ゾーン。レインと同じ量の料理を出されているものの、こちらの話が気になるのかほとんど手付かずのままである。
「シスタノ。今回あなたにはずいぶんと助けられた気がするわ」
「ふぇっ?」
突然話を振られ、間の抜けた声を出すシスタノ。
「私が何度も怒りに任せて暴走しそうになった時、必ずあなたが止めに入ってくれたわよね。さっきだって『大人の対応を』って」
それだけではない。昨夜ひどく酔っ払って記憶が飛んでしまったレインを宿まで送ってくれたのも彼女だ。本来ならレインが彼女を送る立場だったのに、自分は酒に潰れてしまって。ついでに言うなら会計を済ませたのもシスタノだ。
彼女は見た目こそ少女ではあるが、きっと中身はレインより大人で。
「あなたがいてくれたおかげで、私は誰も傷つけずに済んだ」
「おい、レイン。オレはさっきお前に殴られ……」
何か訳の分からないことを言い出したアルの顔面に拳をぶち込み、
「……あなたがいてくれたおかげで、私は誰も傷つけずに済んだ」
「そ、そうですね……」
こんなのも悪くないな――レインは思う。
非常識に周りを振り回すアルと、それを暴力でもって抑えるレイン。だから二人だけではいつも周囲に迷惑をかけっぱなしで。
二人を正しく諭してくれる、そんな仲間がいるのも悪くない。
「いいわ、シスタノ。あなたを私たちの仲間として認めるわ」
「……え、ええっ?」
目を丸くして驚くシスタノを見やり、アルも頷いてみせる。
「そうだな。ついでにレインの雑な性格も矯正してもらえると助かる」
「それはいま関係ないでしょうが!」
「ほら、そういう所だぞレイン。とりあえずちゃんと座れ」
「大体ね、私が怒るときはいつもあんたが先に余計なこと言ってるんだからね!」
そんな二人を――これからの仲間を眺めながら。
シスタノの胸は喜びでいっぱいだった。だから――
「ちょっとお二人とも! お店で暴れないでくださいっ」
二人を諌めるシスタノの声は、どこか楽しそうに響くのだった。





