047 高級店03
「ああもう! ほんと腹立つわね、あいつらっ」
宿に戻ってきてからもレインの腹の虫が収まることはなかった。
自分たちで無料券を配っておきながら、それを客が使うとたちまち見下してくる従業員。そしてそんな店にほいほい入っていったアル。そのどちらも許せない。
「なんなのよ、あの店は。私は貧乏でも貧相でもないってのに。ねえシスタノ?」
「え? あ、貧乏ではないと思いますけど、貧相かどうかで言えばわたしの口からはちょっと答えづらいというか何というか……」
剣の手入れをしていたシスタノは急に話を振られ、つい本音が出てしまう。
確かにレインは金に困っているわけではなく、むしろ有り余っているくらいだ。毎年国が開催している武闘大会では常に上位に食い込み、そこでの優勝経験もあるのだからその賞金だけでも数年は遊んで暮らせる。その上魔王討伐の報酬まで手に入れたのだからちょっとしたセレブとも言えるだろう。
しかし貧相云々の話になると、シスタノとしても正直に話しにくい。彼女自身もそうだが、レインの胸はとても豊かとは呼べない微々たるサイズである。その事実に本人が気付いているのかどうかは分からないが――いや、気付いているからこそあえて目を背けているのだろうが、ともかくレインは自分の胸をバカにされたのがひどく気に入らなかったらしい。
「シスタノまで何よ! 少なくともあなたよりは大きいんだからねっ」
「わ、わたしと比べても悲しくなるだけですよう」
レインより三つ年下の十三歳であるシスタノはとても小柄で、体格もまだ子供のそれから大人へと変わりつつある最中だ。そんな彼女と比べても虚しくなるだけだと思うのだが。
「大体ね、胸が大きいから何だって言うのよ。あんな余計なもん、魔物と戦うとき邪魔になるだけじゃない。剣もまっすぐ振れないようなモノ、私はいらないわ」
「まあ、あの人たちは魔物と戦いませんからね」
「ちょっと、シスタノ! なんであいつらの肩を持つのよっ」
「す、すみません。そういうつもりじゃなくて……」
ささやかな胸の前で慌てて両手を振るシスタノを見やり、レインは嘆息する。
「ああもう。なんか今日は無駄に疲れちゃったわ。シスタノ、今からどこか食べに行きましょう。私が奢るから」
「あ、はい。じゃあこの近くに美味しい魚料理のお店があるので、お食事はそこにしませんか?」
「オッケー。お腹も空いてるしすぐに出ましょう」
窓から外を見れば、空はすっかり夜の色だ。
食事を終えたらシスタノを家に送り届け、宿屋でアルの帰りを待つことにする。あの変態魔王にはそろそろガツンと言ってやらないと――そんな意気込みとともにレインとシスタノは部屋を出るのだった。
それから一時間後。
そろそろシスタノを家に送る時間だというのに、レインはいつもどおりすっかり酔い潰れてしまっていた。酒が強いわけではなく、むしろひどく弱い部類だというのに、彼女はストレスが溜まるとその発散のために豪快に飲んでしまう。
客の中には彼女の武勇を知る者がたくさんいたため当初はレインの祝勝会として大いに盛り上がったのだが、彼女がひどい酔い方をしていると見るや、そそくさと帰ったり離れた席に移ったりし始めた。どうやら彼らはレインが酔うとどうなるか知っているようだ。
「あの、お客さん。お連れさんの具合が良くないみたいだけど大丈夫かい?」
「だ、大丈夫だと思います。ねえ、レインさん」
「らいじょーぶれす! このとーり元気元気れすからっ」
心配する店員の呼びかけに真っ赤な顔で親指を立ててみせるレイン。どう見ても大丈夫じゃない客である。
しかし店員はそれ以上言わず、「そろそろ閉店時間だから」とラストオーダーを聞いて戻っていった。ちなみにレインは酒のおかわりを注文しようとしたのだが、それはシスタノが全力で止めた。家まで送ってもらう立場だったが、どうやら逆になりそうである。
「私はねえ、お金は持ってんのよ。それをあいつらときたら貧相貧相ってさ……」
「落ち着いてください、レインさん。貧乏と貧相は別の部分の話ですよ」
「そりゃあこないだの朱月石は残念らったけろさ。れもあれはシスタノのお母さんのために使ったんらもん。悔いはないよ」
朱月石――それは先日レインたち三人がダンジョン奥部で手に入れた幻の宝石である。どんな大病をも癒やすと言われる薬草、ヨジョ草とセットで見つけたのだがそれには理由があった。
ヨジョ草は朱月石が近くになければ効力を失ってしまうため、ダンジョンを出た三人はその足でシスタノの家に向かった。そしてヨジョ草を使って母親を癒やしたところまではよかったのだが、効力を使い切った薬草が枯れると同時に朱月石まで黒ずんで割れてしまったのだ。
きっと朱月石に蓄積されていた微細な魔力こそが人を癒やす力を持ち、ヨジョ草自体は宝石と人とを仲介する役割だったのだ。
「その節は本当にありがとうございました、レインさん」
「いーのいーの。らンジョンの中にまだいくつか残ってたみたいらし必要になったらまた潜ればいいらけらからねえ。そんなことよりも……」
半分ほど酒の残っているコップを両手で持ち、レインは唸る。
「一番の問題はアルよ。あのバカ、今度こそぎゃふんと言わせてやるんらから」
「で、でもアルさんは今後の勉強のために料理に興味があったんじゃ?」
「そこじゃないのっ」
レインは唇を突き出し、コップを睨みつけて言った。
「私は帰ろうって言ったのにさあ……」
その言葉にシスタノははっとする。
そうか、レインがずっと不機嫌なわけはこれだったのか。
レインはアルが一人で入店したこと自体よりも、帰ろうと促したレインより店を選んだことに腹を立てているのだ。
自分が選ばれなかったから拗ねているだけ――思わずシスタノは苦笑する。
あれだけ危険な魔物たちと戦い続け、そのどれにも勝利し続けて。そんな英雄の正体はこんなに子供じみたことで機嫌を損ねる、普通の少女だったのだ。
「レインさん、もう帰る時間ですよ」
「やら。もうちょっと飲むう……」
「駄目です。さあ立って立って」
「んー、……はあい」
だったら今だけ、わたしはレインのお母さんだ――シスタノは思う。
この大きな子供をちゃんと宿屋まで送り届けないと。
自分の財布から会計を済ませ、シスタノはレインに肩を貸して月明かりに照らされた家路をゆっくり歩くのだった。





