046 高級店02
一般の商店街からだいぶ離れた、周囲には何もない広い土地の中心。魔法の光によって煌々と照らされたそれはすぐに見つかった。
高級レストラン、ハンマーズ――シスタノから貰った無料お食事券に記載されている住所と照合して確認を取ると、レインはまじまじと建物を見上げた。
「自分で高級とか言っちゃうあたりどうなのって思ってたけど……、なるほどね、これは自称したくもなるわ」
本物かどうかは分からないが金がふんだんにあしらわれた、まるで小さな王宮のような外装を、いくつもの魔法の光球がきらきらしく照らし上げている。正面には繊細な装飾が施された片開きの扉。随分と賑わっているのだろう、その隙間からは人々の歓声のようなものが聞こえてくる。
「な、なんかわたしたち、場違いじゃないですかね……」
「何を言っている、シスタノ。オレたちには無料お食事券がある。立派な客だ」
「それはそうですけど……。どうにも入りにくいというか何というか」
「ここで問答していても仕方あるまい。さあ、入るぞ」
物怖じするシスタノを残し、アルは一人で扉へと歩いていく。料理を趣味とする者として高級料理に興味を示しているのか、単に食い意地が張っているのか。
「……まあ両方でしょうけどね」
レインは息を吐き、アルの後を追う。シスタノも覚悟を決めたのか、恐る恐るといった様子ではあるが二人の後ろをついてくるのだった。
「開けるぞ」
アルが扉を開けると――
「いらっしゃいませえ! ようこそ、ハンマーズへ!」
快活な挨拶とともに数人の女性従業員が出迎えてくれたのだが、彼女たちの服装にレインとシスタノは目を丸くする。
白とピンクを基調としたミニドレス風の衣装。上半身は胸の部分しか布がなく、スカートも極端に短い。屈んだりしゃがんだりしたらいろいろと零れてしまいそうである。だというのに――いや、だからこそなのかもしれないが、女性従業員たちは全員豊かな胸をしていた。
「ちょ、ちょっとアル。こんなの聞いてないわよっ」
「あわわわ……」
目を白黒させるレインとシスタノに見向きもせず、アルは従業員に告げる。
「三人だ。無料お食事券を持参した」
アルが従業員にチケットを手渡すと、彼女の顔からさっと笑顔が消えた。しかしそれは無表情ではなく、どこか三人を蔑むような目をしていて。
「……ああ、タダ飯のお客様ですね。ご案内しますのでどうぞこちらへ」
そんな彼女の態度にいち早く反応したのはレインだった。
「あのさ、そんな言い方ないんじゃない? そりゃあタダでご飯食べようとしてるのは事実だけどさ。でもそのチケットを配ってたのはそっちでしょう?」
「ああ、ごめんなさいね。まさか本当に来るなんて思ってなかったもので。だってわざわざ高級レストランって書いてあるのに普通に利用できそうもない貧乏な方が来店するなんて思わないでしょう?」
「あんたねえ……、そのくらいにしときなさいよ」
「あら、ひょっとして暴力を振るおうとか考えてます? それはやめておいた方がいいですよ。ここには警備の者もたくさんいますから」
ちらりと店内に目を向けると、黒服の男たちが壁際に立っているのが見える。
客層は大半が男で、その誰もが裕福そうな身なりをしていた。ちらちらと従業員の胸や露出した手足を盗み見ては、だらしない顔でもって食事を口に運んでいる。
従業員たちもそれに気付いているのだろうが、あえて指摘したりはしない。それどころか逆に胸を前に押し出して強調したり、あろうことか客のひざに座って料理を食べさせてやったりしているではないか。
なるほど――レインは理解する。
高級を謳っているのは料理ではなく、その行き過ぎたサービスの方みたいだ。
「ああ、やだやだ。お胸が貧相な人って頭の中も貧相なのかしら」
「なんですってえ!」
「きゃあ! 警備員さーん、ここに不審者がいますよー!」
彼女が声を上げると、中にいた黒服たちが一斉に走ってくる。
あっという間に三人は囲まれ、その後ろに回った女性従業員は勝ち誇ったように笑みを浮かべるのだった。
「お客さん、困りますねえ。こんな所で騒ぎを起こさないでくださいよ」
黒服の一人が言う。どちらかというと彼らの方こそこれから騒ぎを起こしそうな口調である。レインがシスタノを見やると、彼女はすっかり縮み上がってしまって小さく奮えている。こんなに臆病ではやっぱり仲間として受け入れるのは難しい。
レインは嘆息し、両手を上げて見せる。
「分かったわよ。もうこんな所で食事する気にもなれないし、おとなしく帰るわ」
「レ、レインさん……」
「ごめんね、シスタノ。せっかくチケットをくれたのに無駄にしちゃって」
「そ、そんなことないです!」
「ほら、アルも早くこっちに……、え?」
しかしアルはいつの間に移動したのか、女性従業員の隣りに立っていた。アルと彼女との間には黒服の男たちが何人も立ち塞がっていたのにだ。
突然真横に現れたアルを見て、女性従業員は目を見開く。黒服たちも慌てて再び二人の間に入ろうとするが、なぜか全員その直前で転倒してしまう。まるで見えない何かに足を引っ掛けられたかのように。
「おい、お前がいま手に持っている物は何だ?」
従業員の手を指さし、アルは問う。
「え? あ、お食事券、です……」
「そうだ。無料お食事券だ。つまり無料でお食事ができる券だな」
「は、はい」
「では早く席に案内しろ。ここでたらふく食うためにオレは朝から飯を抜いているのだからな」
「ちょっとアル! あんたこの期に及んでまだここで食べる気なのっ?」
憤慨するレインに、しかしアルは「当然だ」と即答する。
「ここまで来て食べずに帰るなど、店に対して失礼というものだろう」
「むしろその店の方が失礼だから帰ろうって言ってんのよっ」
「駄目だ。オレはここで飯を食う。金を払わずに」
アルは頑として譲らない。どうしてもこの店で食事をする気らしい。そんな彼の態度にレインは顔を引きつらせるばかりだ。
「分かったわよ! だったら一人で食べてくればいいじゃないっ。私とシスタノはもう帰るからね!」
「レ、レインさん……」
「行くわよ、シスタノ。あんなやつ、もう放っておきましょう」
シスタノの手を引き、レインは店に背を向けて歩き出す。
そんな彼女たちの後ろで扉の閉まる音が聞こえた。





