045 高級店01
国中が熱狂した魔王討伐祭が終わり、数日が経過していた。
レインの容態もすっかり良くなり、今日も朝早くから剣の稽古に励む彼女とアルの姿があった。街の中心部から外れたこの広い空き地は二人にとって格好の練習場である。
「どうしたレイン、まったく当たらないじゃないか。腕が鈍ったか?」
「うっさいわね! あんたが速すぎるのよっ」
かつては『神速の剣の使い手』などと謳われたこともあるレインだったが、今回ばかりは相手が悪い。どれだけ全力で剣を振るっても、アルはそのすべてを紙一重でかわしてしまう。
「お前は自分の素早さを過信しているから無駄な動きが多いんだ。もっとよく現実を見ろ。洗濯物を溜め込み、飯を食っても食器も洗わず、部屋に入る前に靴裏の土も払わない。そんな雑な生活をしているようでは……」
「それは今関係ないでしょうがっ」
「レインさーん、アルさーん!」
レインの渾身の一振りをアルが軽くかわしたところで遠くから自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。ダンジョンでの一件以来、毎日聞いている声だ。
手を休めてそちらを見やると、レインより一回り小さな少女が手を振っている。
「ああ、また来ちゃったわね……」
その姿を確認すると、レインは途端に表情を曇らせる。
少女はこちらに駆け寄ると、満面の笑顔でもって二人に頭を下げた。
「おはようございます、レインさん、アルさん。あの、今日こそは……」
「何度来たって駄目よ。あなたを仲間に入れる気はないわ、シスタノ」
少女――シスタノの言葉を遮り、レインは言う。
シスタノ・ゾーン。十三歳の新米戦士である。重い病気にかかった母を救うために伝説の薬草を求めてダンジョンへと潜り込んだ彼女とはその過程で知り合った。良くも悪くも非常に生真面目な性格で、彼女を薬草のもとへと導いたレインとアルへの感謝の気持ちをこうして毎日述べに来るのだが――
「わ、わたし、お二人にご恩をお返ししたいんです! そりゃあすぐに返せるようなものではないですけど……、でも絶対に迷惑はかけません。わたしをぜひ仲間に加えてくださいっ」
数日で母親の容態が安定すると、彼女はレインたちの仲間に入れてほしいと願い出るようになった。
しばらくは危険な冒険をしないつもりのレインではあるが、それでも自分たちと彼女とでは実力に差がありすぎる。レインが三歩で詰められる敵との距離も、彼女はきっと十歩以上かけるだろう。正直に言ってしまえば足手まといなのだ。
そのためシスタノが話を持ち出すたびに断っているのだが、彼女はどうやら諦めるという言葉を知らないらしい。
「あなたのお母さんはなんて言ってるの? 実の娘を危険の只中に放り込みたがる親なんていないと思うけど」
「はい! 母が言うには『受けた恩は必ず返しなさい』とのことですっ」
「……ああ、そう」
親が心配するからというアプローチは効かないみたいだ。
ではどう断れば彼女は諦めてくれるだろう――そんなことを考えていると、少女は何かを思い出したようにスカートのポケットに手を突っ込んだ。
「こ、これでどうですか? 仲間にしていただけるならこれも差し上げます」
シスタノが取り出したのは光沢のある紙切れだった。
「高級レストラン、ハンマーズ……。無料お食事券?」
「先日オープンしたばかりのレストランなんです。わたしなんかには一生縁のないお店だと思ってたんですが、たまたまパーティの一人がこのチケットを持ってて。『お前が姐御の仲間になれるのなら』って譲ってくれたんですよ」
「いや、こんなので私の心は揺るがないけど……」
パーティの一人というのはきっと、件のダンジョンでレインが助けた戦士の中の一人だろう。あれ以来、彼らと街で顔を合わせるたびに大声で姐御姐御と連呼するものだから正直鬱陶しかったのだ。
「悪いけど、私たちはモノで釣られるような――」
言い終わるより早く、レインの口はアルの手によって塞がれる。
「行くぞ、レイン。このチャンスを逃す手はない」
「んもんも!」
「どうした、はっきり喋れ。そしてオレの脇腹を全力で殴るのをやめろ」
「あの、アルさん、手……」
シスタノの指摘に、アルは「ああ、そうだった」とレインから手を離す。
レインは最後にもう一度彼の脇腹に拳を入れてから、
「はあ……。あんたねえ、口を塞ぐにしてももっと優しくやりなさいよ」
「余計なことを言おうとしたお前が悪い」
「余計なことって何よ!」
「考えてもみろ。高級レストランの料理がタダで飲み食いできるんだぞ」
表情こそ変わらないものの、その口調は珍しく熱がこもっているように感じる。
「ま、まあそりゃあ私も興味がないわけじゃないけど……」
「では決まりだ。さっそく今夜行こう」
チケットには営業時間も記載されており、それによると開店は夕方のようだ。
「あ、あの、それじゃあわたしは仲間に入れてもらえるということで……?」
「慌てるな、シスタノ。これは高級レストランとオレとの戦いだ」
「た、戦い?」
「そうだ。この店の味にオレが満足したら、お前を仲間に加えてやろう」
こうして高級レストラン『ハンマーズ』とアルとの熱い戦い――という名のタダ飯食べ放題の火蓋が切って落とされたのだった。





