043 朱月石09
ざっと二十個ほどの朱色の淡い光。よく目を凝らさなければ見逃してしまいそうなそれが、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
朱月石――幻の宝石がようやく三人の目の前に姿を現す。
「朱色の光に、親指の先くらいの大きさ。これが朱月石で間違いないわね」
「すごいです……。まさか本当に見つけちゃうなんて」
感動のため息を零すシスタノを見やり、レインは後ろの相棒に声をかける。
「アル、この石から魔力は感じる?」
「そうだな。魔力を発してはいるが微弱なものだ。触っても大丈夫だぞ」
「了解。じゃあさっさと採取しちゃいましょう。まだ薬草が見つかってないし」
本来であれば、レインとアルはここで朱月石を採取して街に戻ればクエスト完了である。しかしシスタノと約束した伝説の薬草――ヨジョ草を発見するまでは戻るつもりはない。
「あの、わたしのことは大丈夫ですから、お二人は早くギルドに戻って完了報告を済ませた方がいいですよ。じきに夜も明けちゃいますし、そうなってからだと魔石の鑑定が難しくなると思いますので……」
シスタノの申し出に、「そんなことはいいのよ」と苦笑するレイン。
「人の命がかかってるのに自分だけ一抜けなんてできないわ。それにこっちは夜が明けるまでに発見できれば、鑑定は次の満月の日でも構わないわけだしね」
ひょっとしたら報酬が下がってしまうかもしれないが、その時はその時だ。今はそんなことよりも、シスタノの母のために早くヨジョ草を見つけなければ。
アルは携帯ナイフを取り出して岩壁から宝石を抉り取っている。
「むう。朱月石の光が見えづらいと思ったら、草が被さって邪魔しているんだな。ついでに刈り取っておこう」
宝石を覆うように生える草をむしり地面に捨てる。すると草は途端に枯れて変色してしまった。まるで宝石から生きる力を得ていたかのように。
「ねえ、アル。その草って……」
「これか? 朱月石の採取に邪魔だから引きちぎっているんだが」
「まさかその草がヨ――」
「ヨジョ草!」
レインの言葉を遮ってシスタノが叫ぶ。
どれだけ地面を探しても見つからないはずだ。薬草は壁――朱月石の周囲にしか生えていなかったのだから。しかしそれは宝石から離した途端に枯れてしまって。
「もしかしてこの草……、朱月石の近くでしか生きられないの?」
そうだとしたら、ここで呑気に喜んでいる時間はない。
朱月石なしでは生息できないヨジョ草。その朱月石が光の効果を発生させていられるのは満月の夜のみ。つまり夜が明ければヨジョ草の効力もなくなってしまうというわけで。
「アル、シスタノ、急いで戻――」
さっと踵を返したレインの声は最後まで発することができなかった。
視界がふっと暗くなり身体から力が抜け落ちる。流しすぎた血液とともに、彼女の意識と力もついに限界がきてしまったのだ。
まずい――そう思った時にはもう目の前まで地面が迫ってきていて。
「レインさんっ!」
シスタノの悲鳴が遠くから聞こえる。
レインは目を閉じ、意識を手放して――
「――待て」
彼女の襟首を掴み、高々と持ち上げたのはアルだった。
そのままレインを肩に担ぎ、何事もなかったかのように出口へと歩いていく。
「こんな所でゆっくりしていられないと言ったのはお前だぞ、レイン。自分の発言には責任を持てと何度も忠告したのにもう忘れたのか。いいか、そんなちぐはぐな言動を繰り返していると、いずれ誰もお前の話に耳を傾けてくれなくなるんだぞ。大体お前はいつも……」
アルの背の温もりを感じながら、レインは苦笑する。
(こっちが言い返せないのをいいことに、何を長々と説教してるんだか……)
「おい、ちゃんと聞いているのか? 聞いているなら返事をしろ」
「…………ばか」
「よし、聞いているな。では急いで帰るぞ」
朱月石とヨジョ草を詰め込んだ小袋をシスタノに投げ、アルは歩調を早める。
「シスタノ、背後からの奇襲に気を配りつつ、オレの後ろをついてこい」
「わ、分かりましたっ」
戦闘をアルとレインに任せきりだった自分が頼られている――シスタノにとってアルの言葉は飛び上がるほど嬉しいものだった。なんだか実力者に自分の力を認められたような気がして――まあそれは勘違いなのだが、それでも頼ってもらえるというのは素直に嬉しい。
「後ろは任せてください、アルさん」
奮起するシスタノに頷き、アルは続いてレインを見やる。とはいえ彼女の頭を背にして担いでいるので、視線を横に向けたところでそこにあるのは尻なのだが。
「おい、レイン。先に言っておくぞ。オレはこれから急いで街に戻る。急ぐということは走る場合もあるということだ。走れば風が起き、お前のスカートはめくれるだろう。つまりそれはオレの意図した事象ではなく不可抗力なんだ。それを覚えておいてくれ。けして後からオレを叩いたりするな。蹴るのも禁止だぞ?」
「…………」
わざわざ説明したりしなければ気にも留めなかっただろうが、こうも噛み砕いて言い含められると余計な羞恥心が顔を火照らせる。ただでさえ少ない血液が顔に上り、レインは今度こそ気を失いそうになる。
「大丈夫です、レインさん! わたしからはパンツは見えませんからっ」
(……二人とも後で覚えてなさいよ)
そんなレインの恨み節が二人に届くことはなく。
こうして三人は朱月石とヨジョ草を携えて出口へと急ぐのだった。





