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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第04章 新進気鋭の冒険者
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042 朱月石08

 肩から流れ出る血は一向に止まる気配がない。

 それもそのはずである。本来なら一切の動きを止めて傷口を強く押さえなければいけないのに、今のレインには動きを止めることも患部に構っている余裕もないのだから。

 次から次へと襲い来る魔獣をかわしながら、アルの背後を一瞥する。


「シスタノ! 私のザックの中に魔封石が入ってるわ。それを投げてちょうだい」

「わ、分かりましたっ」


 レインとシスタノとの間で緊迫した会話が交わされるものの、二人に挟まれる形のアルは意にも介さない様子で黙々と、自分の射程距離に入った魔獣だけを魔法で弾き飛ばしている。


「おい、レイン。ここはオレに任せて下がったらどうだ。そんな怪我ではまともに動けないだろう」

「このくらい大丈夫よ。私まであんたの後ろに隠れたらはみ出ちゃうじゃない」

「とはいえその出血だ。オレは心配しているんだぞ」


 その言葉に思わずアルを振り返る――あのアルが人の心配をしている?

 しかしそんなレインの感動も、


「血は洗ってもなかなか汚れが落ちないんだ。乾き切る前に水ですすぎたいから、早めにこっちで着替えてくれないか?」

「……あんたの心配は服の汚れか!」


 大体急いで出発したせいで、替えの服なんて用意していない。携帯食すら持ってきていないのだ。街に戻るまでの道程であれほど食事の大切さを学んだというのにこの体たらく。レインは人一倍、喉元過ぎれば熱さを忘れやすいらしい。


「え……、レインさんってアルさんにお洗濯してもらってるんですか?」

「そうだぞ。上着から下着まで全部オレが洗ってやっている」

「ちょっとアル! パンツは私が洗ってるじゃないっ」

「レインさん……」


 語るに落ちたレインは、シスタノの冷めた視線から逃げるようにケルベロスへと向き直る。傷はそれほど深くなさそうだが、出血量が多いせいで徐々に痺れが発生している。このまま感覚を失うとさすがにまずい。

 やはりここは一旦アルに任せるべきかもしれない――魔獣との距離を測りつつ、レインは少しずつ下がり始めた。


「シスタノ、魔封石は見つかった?」

「すみません、まだです! 魔封石もパンツも!」

「パンツはもう放っておいてっ」


 剣を抜いているため肩を押さえることもできず流れ出る血もそのままに、レインはタイミングを見計らって後方へと一気に跳躍した。激しい運動で筋肉が柔らかくなり、出血はさらにひどくなっている。


「アル、よろしく!」

「分かった」


 レインが自分の後ろに回ったのを確認し、アルは右手に魔法を生成する。

 圧縮された真空の刃が彼の手のひらに渦を巻き、その手が前方に押し出されると同時にものすごい速度で標的へと迫る。刃は的確に三本の首を切り裂き、岩壁に穴を開けて消滅した。


「ふう……。今ので全部?」

「そのようだな」

「……ありましたっ! レインさん、魔封石ですっ」


 振り返るシスタノの両手には三つの魔石が握られていた。


「ありがとう。貰うわ」


 レインは剣を置いて腰を落とし、シスタノの手からひとつ魔封石を受け取ると、それを肩の傷口へと押し付ける。脳天を貫くような鋭い痛みに顔をしかめはするが落としたりはしなかった。


「いたたた……。『触れし者に癒やしを』」


『力ある言葉』を唱えると、魔石に封じられていた回復魔法が発動する。

 柔らかい光が傷口を包み、ほんの数秒で出血は止まった。傷口が塞がったのだ。


「……あと二つか。どうしようかな」

「まだ痛みが取れていないようですし、もうひとつ使ってください。それで様子を見ましょう」

「そうね。そうするわ」


 レインが魔封石に入れているのは簡単な回復魔法である。普段からさほど大きな怪我をしない彼女はこういうときに備えた上級の回復魔法を常備していない。今回はそれが裏目に出たというわけだ。

 二つ目の回復魔法を使うと痛みはだいぶ和らいだように感じる。ただしあくまで傷口を塞ぐだけの処置であり、流れ出た血液は戻ってこない。若干ふらつきを覚えながら、しかし帰りの道のりを考えるとここで最後のひとつまで使ってしまうわけにはいかないため、レインはなるべく最小限の動作でゆっくり立ち上がる。


「……やっぱりここの魔物も幻影だったのね」


 溶けて消滅したケルベロスの跡にはひび割れた魔封石が転がっている。


「でも、じゃあなんで……?」


 幻影から受けた傷は紛れもない本物で。

 だが、それを考えようにも血が不足してまとまらない。若手のシスタノに分かるとは思えないし、先日魔封石の知識を得たばかりのアルにしても然りである。まあレイン自身も詳しい方ではないので他人(ひと)のことはとやかく言えないが、ともすればこれは誰の仕掛けた罠だというのか。


「ここにも人の気配はないぞ」


 レインの思考を読んだようにアルが言う。

 この階層の広場は先ほどの大きな空洞とここの二箇所のみ。その二つを繋ぐ通路はとても狭く、人が隠れられる隙間などなかった。


「どういうことなの……?」


 気を抜くと倒れてしまいそうな頭を必死に起こし、レインは唸る。

 その時だった。


「――レイン、灯りを消せ」

「え?」


 アルに言われるがままにランタンの灯を消すと――


「どうやら当たりのようだな」

「……そうみたいね」


 朱色に淡く発光するちいさな石が、壁の岩肌にいくつか埋まっている。

 満月の夜にしか見つけることのできない宝石、朱月石。その姿がようやくレインとアル、そしてシスタノの目の前に現れたのだった。

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